After Story
電話ボックスを出ると、心地よい風が彼の頬を撫でた。
不意に目を向けると、そこに夕暮れにたたずむ案山子が見えて、ゆっくりその前に立った。
「そういうことだったのか」
あの晩、彼女が必死で涙を流し、合掌していたのは、別にお願いをしていたわけではなく、お祈りしていたのだ。亡き祖父のことを思って。
「勘違い甚だしいな」
苦笑い一つ、目を瞑りじっと合掌した。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。仄かに良い香りがして、不意に目を開けると、隣に目を瞑り合掌をする雫が立っていた。
オレンジ色の中に佇み合掌をする彼女はとても皇后しく、思わず芽友は口を滑らせた。
「女神みたいだ」
その言葉に今までオレンジ色に染まった頬が紅潮した。
「我孫子君って、時々凄く恥ずかしいことを平気で言いますよね」
そう言って目を開け、合掌したままで、芽友を横目で見る雫。
「あ、すいません。きもかったかな」
「いいえ、その、嬉しかったです」
そう言って、雫は落ち着かせるように、一つ息を吐いて手を降ろした。
「告白の結果はどうでしたか?」
ここに呼び出した時点で全てお見通しのようだ。
「ああ、キモイって言われた」
雫は思わず吹き出した。
「そうですか。残念でしたね」
「ああ、でももう少し頑張ってみるよ。そんな奴でも好きと言ってくれる人が隣にいてくれる限り」
きっとサツキのことが好きなのと同じぐらいに、彼女に憧れていたのだ。
そしてここ数日間、芽友が雫の元に向かうのと同じぐらいに、サツキに向かっていたのだ。
「だから、きっと捨てる必要はないし、出来ないんだよ。これを捨ててしまうと、きっと僕は僕でなくなる。君が好きと言ってくれた僕を」
一つ息を吐いて、芽友は雫の方を向き、彼女に手を伸ばす。
「これが僕の出した結論だ。こんな僕でも君は一緒にいてくれるかい?」
しばしの沈黙。内心はドキドキ。緊張で差し出した手が汗で滲んでいないか、とても心配だった。
「凄いです。私もその結論に達していたら、この髪を切らずに済んだのかな」
そう言いながら、自分の髪を撫でる雫に「その髪もとても似合っている」と言ったら、彼女は微笑んだ。
「ありがとうございます。一つお願いしても良いですか?」
「何?」
首を傾げる芽友と向き合い雫も逆の手を彼に差し出す。
「私も、これからずっと、シズクのこと好きでいて良いですか?」
涙を浮かべながら、微笑む雫の手を掴み芽友は自分の胸に引き寄せた。
今まで、掴んではすぐ消えるものを手繰り寄せようとしていた。
だから初めて掴んで引き寄せた確かなそれに、思わず彼は涙する。
「もちろん。でも、負けないから。いつか、絶対シズクよりも僕のことが好きだと言ってもらえるように頑張るから」
抱きすくめた彼女の体温が上がっていくのを感じる。とても細くて小さいこの子を一体、これから何度傷つけるのか心配で、それでも絶対離したくないと芽友は思った。
「……ID聞いとかないとな」
「そうですね。いつまでも友衣ちゃんを伝言役にするわけにもいきませんしね。でも、偶には公衆電話から電話をかけて欲しいです」
思わず噴き出す芽友。
「そんなことしている高校生カップルなんて僕らだけだろうな」
変わり者同士、どこまでもこの二人は思考が何処か大人びてるというより、年寄りめいているようだ。
「変人同士のカップルにはいいかと。
それに、良いじゃないですか。スマホの画面に公衆電話と映し出されるだけで、誰が、どこからかけているのかが、分かるっていうのも」
「それも、そうだな」
それからしばらくの沈黙の後、彼はゆっくり彼女の体を離して、その肩を抱く形で向き合う。
お互いが、お互いが見つめ合う。いざやろうと思ったら、急に恥ずかしくなり、芽友は慌てて話題を探す。
「ところでさっきは、拝んでいたの?」
不意を突かれて、雫は思わず吹き出す。
「いいえ、願っていました」
「その内容は秘密なのかな?」
「そうですね。じゃあ、同時に言いませんか?」
「うん、わかった」
二人は真っすぐ相手の瞳を見つめた。まるで二人の中にいるサツキ、シズクにも聞こえるように。
「「僕(私)は。君(あなた)と」」
「「話がしたい」」
彼(彼女)が話したいのは異世界の自分でした @esora-0304
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