第四話 ジャックは努力家
ジャックが2階に上がったことを確認し、テイラーさんは口を開いた。
「お嬢ちゃん達も大丈夫だったかい」
「大丈夫です、それよりもジャックは大丈夫でしょうか」
そう問うとテイラーさんは言うべきか戸惑いながらも、話を始めてくれた。落ち着きのない雰囲気で、その辺りを歩き回る。
「そうじゃの……。本人がいないところで話すことではないかもしれんが、見られてしまったからには話すしかないの」
彼は暖かな日が漏れる窓際に向かい、置いてあったテディベアを抱き上げる。
「それは……」
「これはジャックがうちに来てから、練習用に作っているぬいぐるみなんじゃがの……。見てもらえれば分かると思うが、黒い痕があるじゃろ。これはあの子が燃やしてしまった痕なんじゃ」
いくつもの糸は焼きちぎれてしまい、中から綿が出てきてしまっている。なんとも見るに堪えない痛々しいぬいぐるみだった。
そう、まるで彼の心を表しているような、そんな感じがして、胸の痛みを感じた。
「おそらく、じゃが……。ドレスのすそが少し
悪いことをしてしまった。と悔しさが滲み出ている。私は何と声を書ければいいのか分からず、黙り込んでしまった。
ソフィア様は私とは違い、言葉をかけられないというわけではなく、あえて声をかけずに待っているように感じられた。
「そういえば、ノアは魔力がないのじゃったな」
「はい……」
「そう怯えることは無い。お嬢ちゃんに魔力がないからと言って悲観になることは何もない。ただ、ジャックは魔力が人よりも強すぎたのじゃよ。それが彼を苦しめている」
――――魔力のない私にはよく分からないことだった。
だけど、魔力が強すぎて制御が効かないのも困ったものだと思う。それが火の魔法だから余計に際立っただろう。テイラーさんは、深く息を吸って意を決したように話し出した。
「今日、ドレスの直しができたというのは本当じゃ。けれど、それ以上に大切な頼みごとがあるのじゃが……」
「私にできる事なら、何でもやります。いつも素敵なお洋服を作ってくださる御礼です」
「ありがとう」
この話の流れからして、きっとジャックの話なんだと私は悟った。そんな話を聞いていいのか分からず、私はその場から立ち去ろうとした。
「ノアも聞いてくれんかの。ジャックと同じように魔法に苦しめられている者だ。境遇は違えど、同じような苦しみがあったかもしれない。なにかジャックにしてやれることがあれば、教えてほしいんじゃ」
「私が力になれるかは分かりませんが……。善処します」
ニコリとあの優しい笑顔を私に向けてくれた。
「彼は火の魔法を使うのですか? 以前のお話だと糸の魔法に変換したと聞いていましたけど……」
「一応、中央都市で属性変換をしたんじゃが……。どうにも火の魔法に取り憑かれておるみたいでの」
そう話しながら、テイラーさんは腕の中にいるぬいぐるみを撫でる。
「ジャックは、元々火属性だった。そして、ジャックのもつ魔力と非常に相性が良かったようでの……。しかも、魔力も人より多くて強い物だった。それは喜ばしいことだ。じゃがの、彼は大切なものを、その天性の才能で焼き尽くしてしまったんじゃよ」
彼は撫でていた手を止めて、自分のことのように眉を
「魔力にも魔法属性との相性が少なからずある、というのは聞いたことがあります……」
「ジャックはそれが人よりも優れ過ぎていたのだ。それを制御できずに、過去に何か大切なものを自らの手で焼き尽くしてしまったようでの……」
遠くを見つめる彼は、再び深く深呼吸をして、大切なものについては触れなかった。その間、ただただ腕の中にいるテディベアを優しく撫でるのだった。まるで、ジャックを慰めるかのように。
「初めここに来た時も、ジャックは自分の能力に怯えていた。だから糸の魔法に変換することで、少しは気も紛れるだろうと考えたんじゃ。糸の魔法は周りに危害を加えないからの……。でも、それ以上に火の魔法が彼の魔力には合っていたのだろう。完全に属性が変換されなかったようなのじゃ」
そう言って、ガサガサと取り出したのは、さっきと同じように縫い目やミシン目が黒く焼き焦げた、服やぬいぐるみ、布切れだった。それをいくつもいくつも、積み上げて、彼はソフィア様を見つめた。
「ジャックはよく頑張っている。わしのいないところでも沢山練習をしている。でも、そのたびにジャックは傷つき、悲しんでいるのが目に見えて分かる。わしはどうしたらいいじゃろうか」
糸が燃えることに気づいたジャックは、テイラーさんに隠れて練習をしていたらしい。ジャックは不器用だからか、テイラーさんには気づかれていたようだけど。
どんなに頑張って裁縫の腕が上がっても、完成すると縫い始めから縫い終わりに向かってチリチリと燃えていく糸。
それを見るたびに彼の絶望する瞳、涙をいっぱいためて、「ごめんなさい」と布に、糸に、話しかけていたのだろう。
だけど、めげずに彼はそれを毎日毎日繰り返していたのだろう……。
そう思うと、胸の奥がキュっと締め付けられて、鼻の奥や目の奥が熱くなるのを感じた。
「……ジャックとお話してもよろしいでしょうか?」
「いいとも……」
ソフィア様はゆっくりと立ち上がり、ジャックのいる2階へと向かうのだった。
姫様と堕天使の人間観察(仮) 梅雨日和 @tsuyuhiyori
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