第31話 ダンジョン脱出とそれから……

 ダンジョンを激震が襲い、地の底から何者かの絶叫が木霊した。


「なっ、なにこれ?!」


「ダンジョン」


「ダンジョン?! ダンジョンって吠えるの?」


「生き物だもの」


「そ、そうか……でも、何――」


 で~、と続く言葉は目の前に落ちてきた大岩に遮られた。


「フィル、脱出しよ」


 もちろん、否やはない。出口に向かってぼくらは揃って駆け出した。


「何が起こっているの?」


「ダンジョンが逃げようとしている」


「どういうこと?」


「《リビドラオン》がやんちゃしすぎた」


「……つまり、どういうこと?」


「《リビドラオン》に脅威を感じたダンジョンが、この区画を切り離して逃げようとしている。巻き込まれたらシルキーもフィルも仲良くぺしゃんこ。……わかった?」


「わかった!」


 特に、全力で逃げなきゃダメってことが!

 天井が崩落し、落ちてきた大岩によって床が崩れ落ちる。


 こんなところで呑気にしていたら、待ち受ける運命はふたつだ。

 天井から落ちてきた大岩に潰されるか。

 崩れ落ちた床に巻き込まれて深淵の底まで落とされるか。


 当然、どっちもゴメンだ。

 逃げよう! とにもかくにも脱出だ! 


「フィル、早く」


 同じタイミングでスタートしたはずなのに、変だなぁ~、ぐんぐんとシルキーとの距離が開いていくよ。そんなに足が速いとは思えないけど、ひょっとしたぼくが遅いのか?


「はぁはぁ、悪い、シルキー……先に行ってて」


 ギガマラテスの《秘訣》のおかげで疲れないはずなんだけど、なんだか凄く体が重い。それに体中が痛い。……そりゃそうか、ちょっとは治ったとはいえ重傷だったんだから。


「急ぐべし」


 シルキーが戻ってきて、ぼくの手を取ってくれた。

 引っ張ってくれているようだけど、その力はあまりにか細い。

 逆に、ぼくという重石にシルキーの足が止まる。

 ……ん?


「シルキー、羽は?」


 前にぼくを持ち上げたことのある羽根つき形態だったら、と思ったのだ。


「MPからっぽ」


「そか、……シルキー、もういい。君だけでも先に行くんだ」


「無理、置いていかない」


「君まで巻き込まれてしまうよ?」


「そのときはそのとき」


 ……くぅ! またか! 初めてシルキーと出会ったときと同じに、またぼくのせいでシルキーを危険に巻き込もうというのか! 英雄の力を得ても、新しい魔法を覚えても、ぼくという人間は心底そうなのか? 度しがたい! そんなのは絶対に、ダメだっ!


「バカシルキー!」


「……むぅ!」


 シルキーの顔が不機嫌に歪む。何かを言いかけたが、ぼくは耳など貸してやらなかった。気合一発、鉛のように重い体を突き動かし、シルキーを掬い上げる。

 俗に言うお姫様抱っこというやつだ。


「バカっていう方がバカ。これ、世界の常識」


「はいはい、ぼくは大バカですよ」


 奴隷用の鉄球が鎖で繋がったんじゃないか、ってくらい重い足を一歩二歩と動かし、三歩目で早足、四歩目からは駆け足で、五歩目には自分でも信じられないことに全力で駆けた。


 まるで魔法ように、でも魔法じゃない。ぼくの意地だ。

 シルキーを死なせないため、何よりもそんな自分であることが許せなかったから。


 金色に輝いてさえ見えた出口が、虚飾を取り払い、蒼穹をくり抜いた青に染まる。

 出口で誰かが手を振っている。

 双子のお姉さんたちとニッケルトンさんだ。

 さび丸とざおー、ちゅるるもいる。

 さび丸とざおーの2匹は豆柴とお猿さんに戻り、手を振り、盛んに吠えている。


 ダンジョンが崩壊する轟音にまみれて何を言っているのかわからなかったけど、「早く来い!」と言っているのが唇の形でわかった。


「フィル、後ろ」


 嫌ぁ~な予感。後ろを振り返ると、……ああ。こういう予感だけはよく当たる。

 ほとんどの床を呑み込んだ深淵が、ぼくをも呑み込もうと追いかけてくるじゃないか!


 折り悪く出口までは坂道。

 あぁ~、心が折れそう。……がんばれっ、ぼく! 負けるなっ、ぼく!


 いくら励まそうと虚しいだけ。ひとりだったらそう思っていたことだろう。

 でも、今のぼくの腕の中にはシルキーがいる。諦めるわけにはいかないのだ。


「うりゃ!」


 限界の限界を超え、全力の全力を解き放つ。

 あと、5メートル……くらい?

 テトルお姉さんが手を伸ばす。


「シルキー!」


「任された」


 シルキーが飛び、お姉さんの手を掴む。

 続いて、ぼくもジャ――って、もう床がない!

 落ちる、と思った瞬間だった。シルキーの手が伸びてきて、ぼくの手を掴んだ。


「た、助かった……」


 でも、なんで急にシルキーの手が伸びたんだろ? 妖精って手が伸びる生き物なの?

 ……って、そんなわけない!


 シルキーの手をテトルお姉さんが、テトルお姉さんの手をテトラお姉さんが、テトラお姉さんの手をニッケルトンさんが掴み、ぼくを助けてくれたのだ。


「はっ、早く登ってこい!」


 苦しげなニッケルトンさんの声。

 ぼくの足下には、底知れない深淵が口を開いて、ぼくらが落ちるのを待ち望んでいるかのようだ。

 このままでは5人仲良く真っ逆さま、……なんて冗談じゃない!


「ごっ、ごめんね、シルキー、お姉さんたちも」


「千切れる。……5秒前」


「い、いいから早く~」


 踏みつけるのは気が引けたけど、なるべく早く登ることにした。



 


 ダンジョンがあった場所は、すでに元の草原に戻っていた。

 ダンジョンが地中深くに撤退したおかげだ。

 ごろんっ、と葉っぱのベットの上に横たわり、空を眺める。

 雲ひとつない空。

 数日ぶりの空は、ぼくらの生還を喜び、輝いて見え、


「――ぐぇ!」


「フィル、これからどうする?」


 ぼくの腹の上に跨がり、シルキーが無邪気に聞いてくる。


「これから?」


 ……考えたこともない。けど、やるべきことはある。

 英雄辞典。

 この力はぼくには相応しくない、真の英雄にこそ相応しい力だ。

 だから、真の英雄にこの力を届けようと思う。

 とりあえず勇者の末裔が建国したという王都でも目指そうかな?

 王都を目指すならレベルアップとクラスチェンジは必須だ。

 王都までの道中には、いくつもの強力な魔物が牛耳る『魔境』が広がっているからだ。

 まずは冒険者ギルドに行って……『実績』を報奨金に買えて……あとは……。


「――フィル?」


 シルキーがどこか遠くで呼んでいるような気がするけど……。

 とりあえず、今はちょっとだけ寝ることにした。

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ただの村人ですが英雄辞典のおかげでダンジョンで追放されてもへっちゃらでした。今では魔物にも無双できるようになり、お金もウハウハ、女の子にももてるようになりました。英雄辞典、最高です! かなきち @btm34881

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