第30話 リビドラオン 

「……な、なんだ?」


 爆音が連鎖し、地面からいくつもの火柱が噴き上がる。

 光線に撫でられた地面が、その圧倒的な熱量に堪えきれずに爆発しているのだ。

 と、妙に冴えた頭で理解。


 ぼくらは……そうか、あれに巻き込まれて……凄い衝撃だった。

 高熱を帯びたハンマーでぶっ叩かれたかのような衝撃だった。


「雷光よ、疾く弾け、疾く癒やせっ、――《スパーク・ヒール》」


「……シルキー?」


 横たわるぼくの横でシルキーが回復魔法をかけているんだけど、……何事?

 でも、シルキーが無事でよ……くない! シルキーの額から血が出てるじゃないか!


「シルキー、血が……ごめん……怪我させた」


「大丈夫。それよりフィルの方が重傷」


「重傷?」


 実感はない。だってどこも痛くないもの。手や足だって、ほら……あれ? 感覚が。


「シルキー、なんか……感覚がないみたいなんだけど?」


「爆発の衝撃で体は中までぼろぼろ。五体が残っているのは奇跡」


「うわっ、そんななんだ。……治る?」


「治す」


「んじゃ、ぼくも。雷光よ、疾く弾け、疾く癒やせっ、――《スパーク・ヒール》!」


 とりあえず自分に回復魔法をかける。あ~、癒やされる~……って、


「ジェネラルは?」


 そのとき、どぉん! どぉん! どぉん! とけたたましい音が鳴り響いた。

 寝起きにはきつい騒音だ。

 何だよ? と音の方に顔を向けると、


「こっちだ! こっちだ! ぎょろ目野郎!」


 さび丸とざおーがぼくを守るように立ち塞がり、その目の前では……。

 ニッケルトンさんだ――ニッケルトンさんがボコボコになった自前の盾を、半分に折れた自前の長剣で叩き付け、方々に逃げ回りながら何やら大声で騒いでいる。


 ……何をしているのだろう? ちょっと理解できない。


 あんなことをしたらジェネラルの気を引くことになるのに。

 案の定、ジェネラルはニッケルトンさんを追って右往左往している。


 そ、そうか! ぼくのために囮となって注意を引いてくれているのだ!


「にっ、ニッケルトンさんを助けないと……」


 ……くっ、起き上がろうとするが体に力は入らない。クラゲになったみたいだ。


「ざ、ざおー!」


「うほ?!」


 ざおーが振り返る。

 ぼくの無事が嬉しいのか「うほほん♪」と小躍り。愛い奴め♪ ……じゃない!


「ニッケルトンさんを助けろ! ――《真価を示せ!》」


「うおおおおおおおおお!」


 本来の姿を取り戻したざおーがジェネラルに躍りかかる。


 流石のジェネラルもアンゴルモアトロールの乱入は捨て置けないのか、ニッケルトンさんを追うのを止めて、油断なく構えた。


 これでニッケルトンさんに集中していた注意がふたつに分かれた。あとは……。


「フィル君!」


 テトラお姉さんの手を引き、テトルお姉さんが駆け寄ってきた。


「酷い怪我っ! 光よ、天地創造に倣い、今一度奇跡を示せ――《ハイ・ヒール》!


「お、お姉さん、隠れてないと……」


「いいえ、今のうちに逃げましょう」


「でも、ニッケルトンさんが……」


「彼の作戦よ」


「ニッケルトンさんが?」


「『俺が引きつけておくからフィルを連れて逃げろ』って」


「そんな――」


 ……あっ、なんか感覚が戻って、


「いだだだだだっ!」


 感覚は感覚だけど、これ激痛だ。や、やばいっ……これだけで死に、


「あっ――」


 ぼくが大声を出したせいか、ジェネラルが振り返る。……目が合った。


「い、いゃばい!」


 ジェネラルの単眼が金色に輝く。十中八九、件の魔法を吐き出す気だ。


「どこ見てやがる!」


 ニッケルトンさんの怒声が響き、直後に何かがジェネラルの単眼に飛び込む。

 何かが、……いや、ニッケルトンさんのボコボコの盾だ。

 次の瞬間、ジェネラルの絶叫が木霊した。両手で顔を押さえ、激しく悶える。


「お? お? やったか?」


 ……ニッケルトンさん、それフラグです。 


 いや、冷静にツッコミを入れている場合じゃない!


「い、今のうちに――」


 シルキーに肩を借り、立ち上がろうとした、そのとき。


『いいか、フィル――』


 大兄ちゃんの声が脳裏に蘇った。


『巨人族の急所を狙うときはそいつの息の根を止めるときだ。さもなければ――」


 ……さもなければ?

 轟音が大兄ちゃんの声をかき消し、巨大な影がぼくらに舞い降りる。


 わざわざ顔を上げる必要さえない。ジェネラルが滅茶苦茶に暴れ回り、蹴り上げた地面が――地面だった土の塊が、視界いっぱいにぼくらに迫ってきているのだ。


「や、やばいっ!」


 ごきゅん、と唾を飲む。

 絶望が押し寄せ、恐怖に支配されるよりも先に、頭が激しく回る。


 ――《鉄槌》は……ダメだ、使い切った。


 ――なら《瞬間建築》で防波堤を……今度は強度が、それにMPもヤバい。


「ばぁう!」


 ――さび丸?!


「一か八か! ――《真価を示せ!》」


 さび丸が瞬時に元の姿を取り戻す。もはや可愛いだけの豆柴はそこにはいない。

 サムライの鎧に、刀と呼ばれる武器を腰に佩いたもののふが一匹。

 サムライと化したさび丸は刀を抜き放つことなく、ただ柄に軽く手を添えて――。


「――サミダレ・ギリ!」


 ちぃん、と鈴の音にも似た音が響いた。

 それが、刀の鍔と鞘の鯉口がぶつかった音だと理解するのに数秒。

 直後、斬撃の軌跡が光を帯び、無数に土砂を切り刻む。

 時間にして1秒、……いや2秒。

 大波のようであった土塊が無量の粒となってかき消えた。


「すっ、すげ……」


 ぼくが呆ける間に、さび丸が追撃を駆ける。

 ざおーもそれに加わるのに、ジェネラルは大きく後ろに飛び去った。


「まずいな……」


 流石のジェネラルも上位種&高レベルの二匹に脅威を感じたのだろう。

 けど、距離を取ったのは決して逃げるためではない。その方が有利だからだ。

 案の定、ジェネラルはかがみ込むと、両腕で地面を掴み取み、ごごごごごっ、と地鳴りを上げて、地面を――もはや岩盤と呼んでも遜色ない大岩を持ち上げた。


「や、やばい……シルキー、MP貸して!」


 ざおーとさび丸がジェネラルの攻撃を阻止しようとなおも駆ける。

 けど、遅い!

 ジェネラルは全身をバネのようにして大岩を放り投げようとした。


 ――ぱちぃん!


 その瞬間、ジェネラルの足下に大穴が開いた。

 アイギス様の《瞬間建築》でジェネラルの足下に特大の落とし穴をこさえてやったのだ。

 ジェネラルは穴に吸い込まれるように落ちた。

 遅れて大岩が後を追い、ずぅん、と足下の奥深くで激震が響く。


「あ、危なかった……」


 我ながら咄嗟によく思いついたものだ。

 これでジェネラルを倒せたとは思えないけど、時間くらいは――


 ずぅん! ――ずぅん! ずぅん! ずぅん!


「な、何の音?」


 足下から響いてくることの音は……段々に大きく、段々に近くなってくる。


「まっ、まさかっ!! もう登ってきている?!」


 信じられない!

 な、なら! 穴を塞ぐだけだ!


「シルキー――」


 またMPを借りようと思って振り返ると、シルキーは無表情のまま首を横に振った。


「MPからっぽ」


「……ぁぅ……」


 誰のせい、ってぼくのせいだ。なら回復を……ああ、ダメだ! MP回復ポーションはお姉さんたちに使ってなくなってしまったんだった! かくなる上は!!


「ざおー!」


 早足で大穴に近づき、駆け寄ってきたざおーからガンバルムンクを受け取る。


「お前たちはお姉さんたちをつれて脱出しろ」


「主、は?」


「あいつにとどめを刺す!!」


「無謀、は、良く、ない」


「勝算はある」


 キョトンとして首を傾げるさび丸。

 豆柴なら可愛い仕草だったけど、今の姿ではただオラついているみたいだ。

 ……ちょっと怖い。


「急げ! 豆柴に戻ったら事だぞ!」


「わか、った」


 四歩足で走り去るさび丸。

 ふとざおーがぼくを振り返って、  


「主、健闘、祈、る」


 どこで覚えたのか騎士のような敬礼をしてから走り去っていった。


『よかったのかい? 彼らの効果時間はまだ残っていたはずだろ?』


 ソフィ様が顕現して呆れたように言った。


「従魔が倒してしまったらぼくの『実績』にならないですからね」


『強がりを言うね、この後に及んで君は。従魔の1匹や2匹、平気で使い潰せるくらいの非情さが持つべきだよ? 大事を成そうとするならなおさらだ』


「そういうのは嫌です。誰かの屍を超えなければ栄達できないというのなら、ぼくは村に帰って畑仕事に汗を流していた方がいい。その方が、よっぽど夢見がいいですからね」


『好きにしたまえ』


 やれやれ、と肩を竦めてソフィ様はかき消えた。


 ――さて、と。


「どするの?」


「ここであいつを迎え撃つ。シルキーは――」


「逃げない。ここでフィルを回復させる」


「ありがとう。正直、ありがたいよ。立っているのもやっとだからさ」


 強がりです。本当は、ガンバルムンクを持っているのも辛い。まるで、岩に突き刺さって勇者しか抜けない伝説の剣みたいに、重くて重くてしょうがないのだ。


「右手から治す」


「助かる」


『情けない姿ぢゃの』


 今度は……ギガマラテス様だ。

 ギガマラテス様が腕を組み、難しい顔をして現れた。


『泥のまみれ、血と汗を流し、全身に傷を負い、今にもぶっ倒れそうなていたらく』


「あぅ……」


 ギガマラテス様を見るシルキーの目差しはぎろりと鋭さを増すけど、当のぼくは何も言い返せない。泥まみれに、血と汗だらけで、全身ぼろぼろ。まさに、その通りだ。


『だが、我が輩はそれこそが真に英雄にあるべき姿だと思うのだ!』


「……え?」


『泥にまみれぬ者が何をなせるものか! 血と汗を流さぬ者が人の苦労を、苦しみを本当に理解できるものか! 強がりで大いに結構っ! 仲間のため、激痛に堪え、強敵に臨むその姿のなんと雄々しきことよ! おおっ! まさに益荒男のあるべき姿よ!』


「は、はぁ……」


 なんか、ひとり大盛り上がりしてるんですけど……。


『故に、我が奥義の一片を授けよう! その名も《リビドラオン》! 逆境にあればあるほど力を増し、やがては悪魔を千切り、神をも堕とす、滅脚の槍よ!』


「パンパカパ~♪ フィルは《リビドラオン》を獲得しました~、おめでと~♪」


 と、シルキーのいつものあれ。


『励めよ、フィルよ!』


 ギガマラテス様を象った碧い炎は最後にサムズアップをしてかき消えた。


「……」


「……」


「……はっ!」


 うっかり息をするのを忘れていた! 

 短い時間なのに、まるで嵐のような一時だった。


 相変わらず凄い人だ。まさに英雄、英傑とはあのような人のことを言うのだろう。

 ……って、いまさらギガマラテス様に感心している場合じゃなかった!

 そうこうしている間にも、穴の奥の激震は着実に確実に近づいてきているのだ。


「どうやって使うの? その……《リビドラオン》?」


「手の平に全身の痛いを集める感じ」


 いまいちよくわからなかったけど、とりあえずやってみた。


 イメージとしては、全身の激痛をかき集めて、右手の手の平に持っていく感じで。

 バチッ、バチバチッ、と手の平にいくつもの赤い稲妻が弾けて、


「……できた」


 見る間に、直径がぼくの身長と同じくらいの黒い球が出来上がる。

 なるほど、納得だ。

 ギガラマテス様が言った『悪魔を千切り、神をも堕とす』とは伊達ではない。


 深淵を覗くかのような黒い球体は、赤く――禍々しく輝き、その周囲を龍が舞うかのように稲妻が駆け抜け、内から外に、呼吸するように鳴動しているのである。予備知識がなければ、呪法によって生み出された邪悪極まりない何かと勘違いしていたことだろう。


「猛獣王との激戦によって左手と両足、あばら骨を八本も折られたギガマラテス様がこの技によって逆転勝利し、捕らわれていたエルフ族を救ったのは有名な話。――くる」


「いや、知らないけど――」


 何が? と問い返そうとしてやめた。これ以上、間抜けな質問もない。

 ずぅん! ずぅん! ずぅん! とすぐ足下から響いてくる。


「どう使うの?」


「武器をイメージして投げる」


「……わかった!」


 バチィン、と稲妻が弾け、球体だった《リビドラオン》が内部から藻掻き苦しむかのようにその形状を変え、巨大な――捕鯨用の銛と見間違えんばかりの、巨大な槍を形作った。


「くる、くる、……くる!」


 ずぅん! とすぐ側で激震が響く。ごきゅん、と喉が鳴る。

 激震が止み、静寂が重くのしかかる。安寧のない、敵意と殺意に満ちた静寂だ。


 ごきゅん、とまた喉が鳴り――、

 直後、押しのけた空気を暴風に変えながら、ジェネラルが穴から飛び出した。


「くっ……!」


 天井を覆い隠す圧倒的な巨体、ぼくを押し潰するかのような圧倒的な威圧感。

 怪我のせいか、今さら怖くなった。


 さっきまでのぼくはまともじゃなかったのだ。

 こんなのアリがドラゴンに挑むようなものじゃないか! ぼくが奥義を出すのに、あいつはただ足をぼくの上に落とすだけなんて、こんなに分の悪いことはない! 

 勝てっこない! 逃げよう、シルキーを連れて、すぐに――、


「――っ!?」


 開いた左手が日だまりのような温もりに包まれ、思わずはっとした。

 ちらりと見るとシルキーがぼくの左手を両手で包み込むように握っていた。


「……がんばれ」


 魔法のようなひと言だった。ただひと言で、ぼくの中で渦巻いていたものが一瞬にして凪いだ。あれほどまでに巨大に見えたジェネラルがもう相応のものにしか見えない。


「がんばる! ――《リビドラオン》!」


 ぼくの呼びかけに《リビドラオン》は、どくぅん! と脈打つ。

 《リビドラオン》を思いっきり振りかぶる。


 ――そして、投擲っ!


 解き放たれた《リビドラオン》から一斉に赤い雷がほとばしり、その形状をより禍々しいものへと変えながら、段々と、段々とジェネラル目掛けて加速していく。


 ジェネラルは咄嗟に腕を十字に組んで直撃に堪えようとした。

 ……無駄だった。

 腕ごとその頭部を食い散らされた。首なしの胴体がまた穴へと落ちていく。


「……ふぇ?」


 勝った、という実感さえないまま《リビドラオン》がダンジョンの天井を貫き、赤い稲妻を走らせ、蜘蛛の巣のような亀裂を穿った。そして、天井を埋め尽くせば、次は壁、その次は床と、赤い稲妻によって亀裂はどんどんと広がっていくのである。


「まずい、かも」


 シルキーの独り言に「何が?」と問おうと思った、そのとき。


 ――おおおおおおおおおおおおおおっ!


 ダンジョンを激震が襲い、地の底から何者かの絶叫が木霊した。

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