血統。誇り、あるいは頸木

 ヴァルデック。


 冷床に伏す今ですら憑いて回る私の家名。子供は親を選べないと嘆く者もいるが、親だって子供を選べないと思う。蝶よ花よと育てた息子に恥を晒された母上が気の毒で堪らない。この忌々しい躑躅色の目も、醜い癖毛も、何一つ皆と似ていなかった。しかし、しかし。未だ『撤退』を知らないというただ一点に於いて、確かに私はヴァルデックの人間だ。


 血統。  

 誇り、或いは頸木。


  ◇


「──そう言えば、先生。どうして前回の講義で私を名指ししたんですか?」


「お前ンの人間は揃いも揃って執念深い。何かを諦めるのがすごぶる苦手なんだよ。ああ、全く、言葉にしたらムカついてきた。証拠を数えてやる。優しい優しいザッハブルク人との長い商談、お前らの所為で8時間くらいかかった盗品のオークション、身に覚えがある民事訴訟の控訴と控訴と上告、無駄に広い庭の無理な拡張……いちいち『』が寄ってくるのは俺なんだがな!全く!」


「それは私ではなくて母上の……いえ、いつもとんだご迷惑を。先生にもいつか庭園の一部を割譲しますので」

「へえ、そりゃ良い。そこだけ除草剤とブヨを撒き散らして廃土にしてやろうかな。あの赤い薔薇を見てると苛々するんだよ。大嫌いだ。あんな植物」


 赤い薔薇。

 掃いて捨てるほど咲いていた大輪の花。

 誰かに渡したかった。


「えっ?でも、この前999本くらい持ってエリザベスさんの所に……」

「ルイ!また、お前か!お前はどうしてそんな事ばっかり真面目に追うんだよ?あと、そんなに買ってない。急にそんな数渡されたら迷惑だろ?」

「へえ〜〜〜〜?人違いだって言えば良いのに。師匠ったら馬鹿ですね──いててっ!耳はズルいって!いてててて……」


  ◆


「それで、ちゃんと『撤退』の実践はしてるんだろうな?課題から『撤退』したとか言い出したらはっ倒すからな」

「揚げ足取りの講義ではないんですから。流石のルイもそんな事言いませんよ……そうだろう、ルイ?」

「まあな。今日はちゃーんとやって来たぜ。つーか、『撤退』なんてわざわざ言われなくても毎日してるよ。──えっ?俺、超優秀じゃね!?師匠、今の聞いてました?褒めても良いんだぜ、師匠!」

「誰が褒めるか。普通だ。毎回どの課題でもちゃんとやってくる奴の方が何倍も偉い。……一応聞いておいてやるが、何から『撤退』したんだ?」

!」


 君は「どうだ、凄いだろう」と言いたげな笑みで景気良く机を弾いた。皆が君から目を逸らす。今思えば、「大丈夫か」と声を掛けるならこの日だったのかも知れない。


「は?」君は本気で驚いていた。「おいおい!何だよ、この空気!みんな毎晩諦めてるだろ?」

「まあ、中にはそういう奴も居るみたいだが……お前らまだ16のガキだろ?嫌味かよ。まだ若いんだから諦めるな」


「いやあ、そんな事言われてもな……じゃあ他に何から逃げれば良かったの?ってハナシですよ。家?運命?むりむり!俺らロミオ・モンタギューじゃないんですよ。流石の師匠だって自分の名前からは逃げらんないでしょ?お前だって無理だよな、デュロア?」──



  ◆



 ──「役者になりたかったんだよ。スポットライトを浴びたかった」



 いつかの晩に君が告白した。



「へえ、そうだったのか。道理で……」

「……今、道理でって言ったよな?道理で何だよ、言えよ」

「ああ、いや、何でも……その、スポットライトならもう充分浴びてるじゃないか。君の夢は今でも叶ってるぞ」



「今当てられてるヤツは、こう、なんか……なんか、ちげーんだよ。お前なら分かってくれるだろ?」

「いや、さっぱり分からないが……変に例えたりしないで、もっと直接ものを言ってくれ。スポットライトを浴びて、その後はどうしたいんだ?喝采を浴びたいとか、人を笑顔にしたいとかだろ?──ほら、もう叶ってる」



「あー、そうか?そうだな……」

「そんな事よりペンを走らせたらどうだ?一緒に課題に取り組もうと言ったのは君だぞ。とっとと終わらせて、いつもの観劇に行こう」

「あー、そうか。そうだな……」


 違う。


 君は役者ではなく君以外の誰かに成りたかったのだ。自分以外の誰かに素敵に化けて、自分が抱えている全てのものを忘れて羽を伸ばしたかっただけだ。


 誇りが君から羽を捥いだ。

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好奇心は君をも殺す~吸血鬼が見たデイ・ドリーム~ 金鶴雨仁 @kntr_1120

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