絶対に溺れないプール

結騎 了

#365日ショートショート 161

「絶対に溺れないプールなんて、あり得ませんよ」

「それがあり得るんです!お任せください!」

 私立大学の事務局長である三ノ宮は頭を抱えていた。この営業マン、思っていたより押しが強い。

 三ノ宮が勤める大学は、スポーツ科で有名だった。野球、バレー、サッカー、ラグビー、体操…… 大学リーグでは軒並み好成績を記録し、なかでも水泳は国内で五指に入る強豪として知られている。卒業生は、プロの水泳選手やライフセーバーなど、目覚ましい活躍を見せていた。しかし、恐ろしいのは練習中の事故だ。昨今、すぐに管理責任が問われ、マスコミに取り上げられでもしたら大きく叩かれてしまう。胡散臭いと感じながらも、絶対に溺れないと断言するプールにはつい興味を惹かれてしまった。

「こちらをご覧ください!我が社のお見積りです!」

 サクン株式会社の営業マンを名乗る男は、プール建設の見積もりを提示した。特別安くはない、むしろ相場よりやや高い額である。

「しかしだね、君……」三ノ宮は頭をぽりぽりとかいた。「絶対に溺れない、というのが本当なら、すぐにでもお願いしたいのだが。信じていいものか……」


 来る日も、来る日も、来る日も。サクン社の営業マンは三ノ宮を訪ねた。やがてその熱意に押される形で、三ノ宮は見積もりを大学経営陣に提出した。あれよあれよ。経営陣は「絶対に溺れない」の枕詞に飛びつき、とんとん拍子で契約が成立してしまった。


 一年後、大学構内に立派なプールが建ちあがった。お披露目も済み、今日は運用の初日。三ノ宮が見学に行くと、水泳専攻の学生がいきいきと泳いでいた。

「まあ、彼らが満足しているなら、これでよかったのかもな」

 そう呟いたあと、ふと気づいた。いつまでもプールに入らず、プールサイドでじぃっと椅子に座っている学生がいる。

「どうしたんだい、君は。せっかくの新しいプールだ。存分に泳ぎたまえ」

 学生は申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

「すみません、自分バイト中なんです。ここでプールの監視員をやって、もし溺れた人がいたら助けるやつ。サクンって会社に雇われて……。時給は安いんですけど、学校の中でバイトできるのが助かりますわ」

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