第一章 最強執事くんは手紙について悩む

勇者に会いに行く

 


 勇者に会いに行くのは、簡単である。

 魔界から人間界に繋がる魔術の込められた穴──通称"魔穴"が、僕の住む世界には沢山存在しているからだ。

 魔鳩が、人間界を通って手紙を勇者に届けられたのも、この魔穴の中に入ったからである。


 そう、その手紙が重要だ。


 てっきりレイアス様の手紙は、魔界の者の手に届くと思いきや、まさかの勇者アイリスの元に行くとは。


 そのまま魔穴を通って人間界にいるアイリスに、手紙返してくれない? なんて言いに行けば、間違いなく僕はボコボコにされる。


 正直、防御や執事スキルには自信のある僕も、戦闘能力だけは皆無に等しい。

 対して、アイリスの方はレイアス様と互角の勝負。相当な手練れだ。


 そもそも、魔族が人間界に行くだけで戦が始まってしまうのだ。

 非力な僕が単独で行けば、何されるか分からない。


 そこで、僕の別の能力を使う。

 それは、《変身魔術》だ。


 変身魔術──文字通り、自分の姿形を自由に変える事が出来る能力だ。

 一度見たものは、何度でも変身出来る。

 昔、レイアス様に人間界のスパイを頼まれた時、必死に覚えた魔術である。


 そんなわけで、変身魔術を発動。


 掛けている黒縁眼鏡は消え、尖った耳は丸くなり、執事服は人間の村人の服へ変わる。


 髪は、元々黒髪サラサラおかっぱヘアだ。

 人間界にも、こんな髪色や髪型の少年は沢山いる。故に、このままで良いだろう。


 あとは、少し鋭い目つきを柔らかくして……よし、完璧だ!


 自室に置いてある姿見で、自分の格好を確認して、僕は大きく頷く。


 これならば、どこをどう見ても人間にしか見えない。


 そう確信した僕は、魔王城の門から出てすぐの所に出現している魔穴に向かう。




 ──ここで、更に魔穴の説明をしておこう。


 複数ある魔穴だが、どこに出るかは穴によって決まっている。


 つまり、出口の先を把握して魔穴に入らないと、とんでもない所に出てしまうのだ。


 僕は、記憶力が良い方なので300はあると言われている魔穴の出入り口を全て把握している。


 という自信があるので、まさか着地地点を間違うはずがないと、この時は思っていた。


 そんなわけで、人間界の森に出てくる予測を立てて魔穴に入った。

 出たら驚いた。

 確かに森には出たのだが、木々の間から魔穴の出口があると思っていたら、空中にそれは存在していて着地魔術を展開するタイミングを逃してしまった。


「えっ……ええぇぇぇぇーーーー!?」


 そのまま僕は地面に真っ逆さま。

 地面に激突する事を予想して、反射的に目を瞑る。


「……?」


 だが、いつまで経っても衝撃や痛みは来ない。

 僕が恐る恐る目を開けると、真っ赤な髪の美少女が笑顔で僕を抱えていた。


「大丈夫?」


「え……あ、あなたは……アイリス!?」


 見間違うはずかない。

 何度も、何度も、僕達魔族の野望を邪魔してきた張本人。


 勇者アイリスが、そこにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強執事くんの悩み事〜魔王様が勇者に恋しようとしているので、全力で止めてみせる〜 meg @totoro5461

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ