05 決着

「堀を乗り越えよ!」


 ハスドルバルは少なくとも臆病ではなく、彼と愛象サランボーが先陣を切り、大地を揺るがしながら、パノルムスの都城へ、メテッルスのところへと、疾駆する。


「吼えよ、サランボー!」


 サランボーの咆哮が、大気に震わせる。

 つづくカルタゴの戦象もまた、吼えた。

 ハスドルバルが鞭をひとつくれると、サランボーは前足を上げた。


「このような堀などに!」


 ハスドルバルの怒声と共に、サランボーは上げた前足を、堀の向こう側に下ろした。

 ずしん、と周辺の地面が揺れる。

 堀の中、ファルトらローマの軽装歩兵ウェリテスは本能的にすくみ上ったが、それでも作戦を放棄することなく、まずは投げ槍を放った。


「サランボー?」


 サランボーはさすがに戦象の群れの頭らしく、腹部に刺さった槍に、必要以上に暴れることなく

 だが、他のカルタゴの戦象は――ちょうど堀を越えている最中の他の戦象は――ちがった。

 カトゥルスやアルビヌスらの軽装歩兵ウェリテス部隊も、象の無防備な腹を突く。斬る。薙ぐ。


「落ち着け!」


「暴れるな!」


「ハスドルバルどの、象が!」


 むしろ象使いたちの悲鳴と怒号の方が響いた。

 彼らが必死で象を制御しようとするも、サランボー以外の象は突き刺さる槍や斬りつける短剣の痛みに抗うことなく、身もだえして暴れた。

 暴れ狂って、逃げた先は――。


「ま、待て!」


「そっちは、カルタゴの歩兵が!」


「サランボー、仲間たちを止めよ!」


 ハスドルバルの軍は、まず戦象を敵に叩きつけ、しかるのちに歩兵により制圧することを旨としていた。

 その歩兵の軍団が、戦象軍団につづいて、ちょうどオレスタル川の渡河を終えたところに。


「な、何だ」


「象!?」


「おれたちは、仲間だぞ?」


 パニックになった象たちが――堀から退いて、元来た道を戻り、そこにいたカルタゴ歩兵軍団に。


「や、やめろぉおお!」


 突っ込んでいった。



 これを見ていたパノルムス城壁のメテッルスは全軍突撃を命じた。


「重装歩兵、騎兵、私につづけ! 今こそカルタゴの、戦象の嵐を止める時!」


 同時に堀に潜んでいた軽装歩兵ウェリテスも一斉に飛び出して、果敢にも戦象に向かって行った。


「もはや勝敗は決した! 戦象を倒すか捕らえるかせよ!」


 これはアルビヌスの声で、彼とカトゥルスは暴れ狂う戦象を一頭ずつ、しかし確実に倒し、あるいは捕らえて行った。

 一方でファルトは。


「わがサランボーを傷つけたのは貴様か!」


「われこそはクィントゥス・ウァレリウス・ファルト! いざ、尋常に勝負!」


 サランボーを、その上の輿にいたハスドルバルと取っ組み合いを演じていた。

 クィントゥス・ウァレリウス・ファルト。

 のちに、史上初の指揮権インペリウム持ちの法務官プラエトルとしてローマ艦隊を率い、アエガテス諸島沖の海戦でカルタゴ艦隊を撃破して、第一次ポエニ戦争を終わらせる男である。

 ちなみに、その時の執政官コンスルが、アルビヌスとカトゥルスである。



 メテッルスの率いるローマ軍団本隊が戦場に突撃すると、それで勝敗は決した。

 カルタゴ軍を指揮するハスドルバルがファルトの相手に手間取り、ろくな指揮を執れなかったことが、一番大きかったらしい。

 敗北を悟ったカルタゴ軍は降伏し、象たちも大半は捕らえられた。

 ただし、最後までハスドルバルを守ろうとしたサランボーは死んだ。


「サランボー、お前の牙だけでも」


 ハスドルバルはメテッルスの許可を得てサランボーの象牙を削り、それを懐中にしまった。

 それを終えたハスドルバルは、カルタゴへ戻ることを求めた。

 それは決して生き延びたいからではない。

 カルタゴの法では――敗軍の将は殺されることになっていた。


「……それでいいのか、ハスドルバル」


 メテッルスがサランボーを埋めるよう命じながら、聞いた。

 ハスドルバルはひとつうなずいた。


「かつて、ローマの執政官コンスルレグルスは、カルタゴに戻るという約束を守った。それで死んだ」


 レグルスを潰したのはサランボーだ、とハスドルバルは洩らした。


「……ゆえに、われらカルタゴとて、おれとて、そういう決まりを守らずにはいられようか。だ」


 メテッルスは武装解除したカルタゴの兵と共に、ハスドルバルの帰国を認めた。

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