第29話

私が道場に通い始めたのが小学3年生で、ノブ兄はその時小学5年生

その時から既にノブ兄は周りから“神童”ともてはやされていた

私は最初、姉のように恵まれた人なんだろうとノブ兄の事をあまり好きにはなれなかった

むしろ才能だけであのようにちやほやされるノブ兄がどこか姉と同じ様に見えて嫌いにさえ思えた


だけどそんなものは一時の感情でしか無かった

道場の息子だから。才能があるから

そんな薄っぺらな言葉や妬みが、ノブ兄にとってなんら関係無い事を私はすぐに知ることになった

毎日誰よりも練習に取り組み、小学生の身でありながら中学生や高校生とも組手をする

誰よりもひたむきに努力を重ね、只々寡黙に汗を流していたノブ兄


そんなノブ兄の姿を目の当たりにした時、私は自分がなんだか恥ずかしく思えてしまった

確かに姉に負け続けてきた私だけど、だからと言ってこんなにもひたむきな“努力”を私はしたのかと?

ノブ兄には空手の才能は無い

それは道場に通って1年程した時に陰ながら中学生や高校生と言った年上の人達が口にしていた言葉

確かに1年も通って私も空手と言うものに触れて見れば、ノブ兄があまり空手が上手くないと言う事をなんとなく理解してしまっていた

ノブ兄が上手く出来ない“技”も“型”も私は既に習得してしまっていたからだ


だけど陰口を叩く年上の人達は決してノブ兄を嘲笑うつもりで才能が無いと言っているのでは無かった

むしろその逆、何故あんなにも才能に恵まれないノブ兄があんなにも強いのかと言うある種の妬みに似た何か


これこそがノブ兄が“神童”と言われる所以

道場でのノブ兄の姿をろくに見もせずに、大会での記録ばかりに注目した世間の評価

その事に私は自分の事じゃないのにすごく腹を立てたのを今でも覚えている

普段のノブ兄を知らないくせに

ノブ兄の努力を知らないくせに

何も知らないくせに勝手な事ばかり言う世間に私は鬱陶しさを感じていた


だけど同時に私だけがノブ兄の本当の姿を知っていると言う優越感も抱いていた

今にして思えばこの時が初めて私が“恋心”と言うものを抱いた瞬間かも知れない


でも中学の時の事件をきっかけに空手から遠ざかってしまったノブ兄を私はずっと待っていた

最近になってやっとまた空手をやり始めたノブ兄を見て、私は嬉しさで涙が溢れるのを我慢したくらいだ

体型が変わってしまっても、昔のような動きが出来なくても、新たな目標に向かって“努力”するノブ兄の“目”は今も昔も変わらずに輝いて見えた



…………なのに!そんなノブ兄と姉が簡単に仲良くなってしまったとあればそんなものは冗談じゃない!

また姉は私から今度はノブ兄すらも奪うつもり?

負けられない。今まで数々と負け続けた私だけど、今回ばかりは負けてはいけない。そんなときに姉の言葉を思い出し貯金を崩して購入したCBWと言われるゲーム


普段ゲームなんてあまりしたことが無かったけれど、ノブ兄と一緒にゲームが出来る事を夢見て即決で購入を決めた

そんな折で見かけたイベント開催の情報

そこで私は決めた。このイベントで姉に勝つと。ノブ兄の隣に立つのは私だと言うことを私は自分の実力で証明するんだ

幸いにしてこのゲームではそれが出来る

なんの因縁があろうとも姉にいきなり戦いを挑む事など普通ではありえない


だけど現実世界では出来ない事がこのゲームでは可能になる

目指すはメダルの最多獲得。いろんな強敵であっても私は絶対に負けない。そして運が良ければ姉を見つけ出して正々堂々と勝負したい

格闘技の経験年数は一緒かも知れないけれど、私の方が強くなっている筈だ。それだけの“努力”をノブ兄の真似をしてやってきたという“自負”もある


「うぉ⁉君カワイイねぇ?」

「ホントだ!ねぇねぇチーム組もうよ!俺達結構強いから君を絶対に守れるよ」

………だと言うのに先程から相手にエンカウントする度にこのような言葉ばかりかけられる

いい加減うんざりしてきた

「……そんな事は私に勝ってから言いなよ」

「え⁉」

瞬間私は走り出す

相手が回避行動を取ろうとしているけれどももう遅い

私はそのまま1人の男に向かい蹴りを出す

強攻撃による回し蹴りの一撃は油断していた男の頭へと吸い込まれていく

「な⁉」

そして気絶する1人を尻目に、回避に間に合った男を追いながらそのまま突きを出す

「まじか⁉」


回避直後の硬直?みたいなもので動けない男に向かい右の逆突きから左の順突き、そして再度逆突きを放つ3連突き

ノブ兄が得意としていた技はもちろん、私も得意な技となる

ボディーから胸元、頭へと連続で攻撃を食らった男は、最初の男と同様に気絶したのか驚いた声を喚きながら姿を消していった


ゲームなんて普段はしない私だけど、存外プレイキャラクターが“私”自身だからか思いの外戦えている

装備は貧相かも知れないけれど、避ければどうって事はないし、何より私の空手であれば、女の力であっても大の男ですら倒す事ができる


その事に少しだけ優越感を懐きながらも私は再度進みだす。現在メダルは12枚

欲しいアイテムなんて無いけれど、勝手に敵とエンカウントするから仕方がない

私は早く姉を探したいと言うのにどうして皆は私に寄ってくるのか?

まぁ目指すはメダルの最多獲得ではあるけれど、なにか釈然としないものがある


「ねぇ君強いね?どう?僕と一緒に組まない?」

明らかに近い相手を無視してこちらに来た男

「………………」

「ぎゃ⁉」

私はもはや無言で13枚目のメダルを獲得した





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ゲームの世界もそんなに甘くない ロコロコキック @220819

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