第2話

まったく、うるさいな、真希まきは。

まるで、小さい母さんみたいだ。

そう思っても、結局は言うことを聞いてしまう。


洗面所で、髪を整える。

高校、大学の頃は、髪とか服とかやたら気を使ってたけど、社会人なったら全然だなー。

ヒゲとか休みの日は伸ばしっぱなしだし。

鏡に写った自分、ホームレスみたい。


鏡の自分を見て、ふはっと笑った。



服も髪も整え、リビングに戻る。


修哉しゅうやまだ来ない?」

「まだ」


と、その時、ピンポンとチャイムが鳴った。


「来た!」

「おい、真希!」


真希が一目散で玄関へと向かい、修哉を出迎える。


「あ、真希ちゃんだね。久しぶり」

「修哉くん、いらっしゃい」


声色を変え、上機嫌で修哉を出迎える真希。

真希の奴、完全によそ行きの顔になってる。


「よう、修哉」


俺も真希に続いて、顔を出す。


「おう、りん。お邪魔します」


修哉の両手には、大きなビニール袋が提げられていた。


「修哉くん、すごい荷物!半分持ちます!」

「あ、ありがとう。けど、大丈夫。重いから俺が持って行く」

「修哉、俺が持つよ。半分貸して」

「凛、ありがとう」


片方を修哉から受け取ると、ビニール袋が指に食い込む程、重かった。


「修哉、これ何買ったの」

「食材。ほら、俺、料理得意じゃん。凛が、この前3食ちゃんと食べられてないって言ってたからさ」

「それは、そうだけどさ…」

「ごめん。重いよね、こんなの」

「…重いな」

「…そうだよね」

「何、入ってんだ」


袋から出すと、じゃがいも、大根、キャベツ、ニンジン、鶏肉…大量の食材がキッチンカウンターを埋めつくした。


「修哉、俺、ニンジン苦手なんだよ」

「お兄ちゃん、子供っぽーい」

「凛がニンジン苦手なの知ってるよ。だから買ってきた。克服して欲しくて」


修哉は、手を洗うと「キッチンお借りします」と言って、調理を始めた。


「ピーラーとかで薄く切ると、あの特有の味が薄くなって食べやすくなるんだよ」


修哉の手元を落ちたニンジンがまな板の上に重なっていく。


「へぇ、そうなんだ!修哉くん、すごい!何で知ってるの?」

「俺もそうだったから。凛と同じで」


修哉と目が合う。理由はないのに、俺は、修哉から目を逸らしてしまった。



「はい、1品目完成!」

「1品目?修哉、まだあんのか」

「あと、もう1品だけ作っちゃうから。凛、これだけ向こう持って行ってくれる?」

「お、おう」


修哉から渡されたのは、味噌汁の入ったお椀だった。ニンジンがメインの具材なんだろう。一面オレンジ色で埋め尽くされていた。


「入れすぎだって…」


「私の分も作ってくれたの?!」

「もちろん、3人で食べよう」

「やったー」


ダイニングテーブルに味噌汁と箸を置いて、修哉の料理が完成するのを待つ。

こう見ると、修哉って意外と華奢なんだな。


「お待たせしましたー!」


修哉がテーブルまで料理を運ぶ。


「わ!修哉くん、これ、肉じゃが?!」


目の前に置かれた肉じゃがは、もくもくと湯気を放ち、キラキラしていて、とても美味しそうだった。


「そうだよ。あとはご飯も炊ければ良かったんだけど…」

「あ!ご飯なら冷凍してるのがある!私、解凍するね!」

「ありがとう、真希ちゃん」


真希、ダイエット中だって言ってなかったか?随分と食に積極的だな。


「いただきます」


真希が椅子へ戻り、3人で手を合わせる。

真希と俺が食べるところを、修哉は心配そうに見守る。そんな目で見なくても修哉の料理は十分美味いのに。


「美味い」


俺が言うと、修哉は安心したように食べ始めた。



「修哉くん、ご馳走様でした!」

「美味かった。普通にニンジン食えたわ。ありがとう」

「いえいえ、お構いなく」


そう言うと、修哉は少しはにかんだ。


「また、修哉くんの料理食べたい!」

「ほんと?じゃあ、また来月お邪魔した時にでも」

「やったー」

「今度は忘れんなよー、真希」


真希に言うと、テーブルの下で足を思いっきり踏まれた。


「イテッ」


凶暴だな…。俺の妹は…。



「修哉、そろそろ俺の部屋、行く?」

「…そうだね。じゃあ、後片付け…」

「あ!私やっておきます!ご馳走になったので!」


おい、普段自分から家事しないだろ。

これは、完全によそ行き仕様だ。いい顔しちゃって。


「え、真希ちゃん、悪いよ」

「いいよ、任せておけって。じゃ、よろしく、真希」


最後、真希に睨まれた気がしたが、自分からやるって言い出したんだ。俺は悪くない。



自分の部屋に入ると、まずはベッドにダイブする。それを後ろで笑う、修哉。

これがお決まり。


「やっぱり、修哉といると高校生気分が抜けないわ。ゲームしようぜ。ほい!」


そう言って、修哉にコントローラーを渡す。

修哉は料理も出来るがゲームも出来る。いや、俺が何も出来ないのかもしれない。

案の定、対戦ゲームは九割負けた。


「やっぱ、修哉強ぇ!」

「そうかな。凛このゲーム好きだよね。高校からやってる気がする」

「そう?なんか飽きないんだよねー。でも、何回やっても修哉は超えらんないな」


俺がそう言うと、修哉はハハっと笑った。


「何で笑ってんだよ」

「そうやって凛が俺の事追いかけてんのが…」

「何だよ!馬鹿にしてんのか!」

「…違うよ。嬉しいって話」

「嬉しい?…何で?」

「何でって…、それは、その」

「あ!もしかして、優越感に浸れるから…とか?」

「は?」

「高校の時から修哉って、勉強も運動も俺より出来たしさ、女子からもモテてたじゃーん…」


そう考えると、俺、何一つ修哉より優れてる所ないわ…。


「いや、そんなこと無いって」

「謙遜すんなよ。なんか悲しくなってくる」


ゲーム画面には『YOU LOSE』の文字。


「そう言えば、修哉って高校のとき、色んな女子に告白とかされてたのに彼女とか作んなかったよな」

「…告白されたからって付き合うようなものでもないでしょ」

「まあな。俺てっきり、ずっと好きな人がいるのかと思ってた」

「…いるな」

「え?!いるの。てか、現在進行形?」

「え?…いや」


修哉とこんな一緒にいるのに、そう言う話は全然してこなかったな。どういうタイプが好きとか全然知らないな。


「…結構、一途なんだな。修哉って」

「もう、いいってこの話は」

「何でだよ、いいじゃん。で、誰なの?」

「…凛」


…は?…俺??


「え…」

「凛、真希ちゃんが用あるっぽいぞ」

「は?」


修哉の指さす方を見れば、真希が半泣きでこちらを覗いていた。


「んだよ、真希!」

「お兄ちゃん、お皿割っちゃった。お母さんが気に入ってたやつ」

「え?大丈夫?ケガは?俺、片付けるから」




------



バタンと閉まるドア。

遠ざかる二人の足音。


「言えないだろ。こんなん…」


胸の痛みは、まだ続きそうだ。






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