エピローグ
月が沈みゆく毎に僕らの進路は西へ西へと
「きれいだね」
「うん。ほんと」
黙って立って見ていると、月は輪郭を和らげ歪み、みるみると水平線に吸い込まれてゆく。光の道も朧となって掻き消えた。ランプが消されたかのように辺りは俄かに暗くなり、また心持も静かになった。朝の気配はまだ弱く、夜に掲げられた月が退場したこの合間が、一等寂しい時間なのではないだろうか。莉茉の顔を覗こうかと思ったが、先に莉茉の声が掛かった。
「私ね。結婚するの」
定かでない。言葉とすることは到底できない。できるとするならばそれは、僕と莉茉の出会ってからのこの六年近い月日の物語を語り尽くすことでようやくだろう。衝撃は僕をしゃがみ込ませた。見えるものは一瞬で乳白色の砂で一面となった。続く言葉は精一杯のプライドが支えて出たものだった。
「おめでとう」
声となっていたかは分からないが莉茉は聞き取ったのだろう、「ありがとう」と答えていた。あっけらかんとした答えだった。不思議ではあるが、それで何だかどうでもよくなった。十分にも思えた。僕はしゃがみ込んだまま尻餅をつき、砂浜に大の字になって仰向けに転がり、遠くに向けて、
「あーあっ。馬鹿だなあ。好きだったのに。もっと早く言えばよかった」
「ほんとだよ。もっと早く言ってれば変わったかもよ」
けたけたと笑う莉茉に釣られて僕も笑った。仰向けになっていたからか、息が吸いづらく、それでも笑った。
莉茉はそこに立ったまま、姿は視界に入らず声だけが上から届き、また大学時代の思い出話となった。いつ僕が莉茉を好きになって、莉茉に彼氏ができたと聞いたときの気持ちなんかも自然と言えた。莉茉は笑って聞いていた。僕が好きでいるのかもしれないと感じたことはあったけど、そんなに早くからだとは知らなかったと驚いてもいた。莉茉が彼氏と別れた理由が僕だったと初めて聞けた。僕のことを楽しそうに語るのが彼氏にしてみれば面白くなかったそうだ。そうじゃないかな、そうだといいなという期待はあったけど、口にしたことはなかった。
「そろそろ帰ろっか」
「うん」
莉茉が一人先に車に向かって歩いて行くのが分かった。真上の空はちょうど朝と夜の狭間、混ざり合わずに隣あい滑らかにほどけあって、朝とも夜とも呼べない空模様は朝と夜で、きっと莉茉の歩いた先には朝が見えていて、立ち上がって海を見ればまだ夜が残っているのだろうと思ったけど、僕はすぐに立ち上がることはできなかった。
ゴールデンムーン 杜松の実 @s-m-sakana
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