おまけ2:どうしてだかこうなった人々3

「これはもう一言でまさに宿六やどろくとしか言いようのない事件がありましてね」


「ほ、ほう……それは」


「あの野郎、ある晩あるじに手を付けたのです」


 沈黙の支配した場に娘が水を啜る音だけが響いた。


「……ええと、それはつまり」


「合意の上というか若い男女が距離を詰め続ければ起こり得る当然の事故が起きた。という話ですね」


「なるほど……」


 お家再興を目指すお嬢様と騎士見習いの身分違いの恋愛談。まるで物語のようだが、それだけならむしろ美談ではないだろうかと娘は首を傾げる。


「僕が気付いてふたりをこってり絞ったところ、あの野郎、あるじの純潔を奪っておきながら領主にはなりたくないし結婚もしないとほざき出しまして。それを聞いたあるじが『私を養えないっていうのこの宿六やどろくが!』と怒鳴りつけられたのがきっかけですね」


 娘は真顔で男と見つめ合い、温い微笑みを浮かべた。


「いやあこれはひどい」


「自警団から子供たちが面会に来たときも『俺様に子供の世話なんぞ出来るわけねえ』って最初に逃げましたからね。初対面のときは率先して説教してた癖に」


「はー……あの御仁、割りと勢いだけで生きてございまするな」


「昔からずっと言われてますよ。考えなしの癖に小心者なのです」


「いやはや……しかし目的を成し遂げた今もおふたりはご結婚なさらないのでございましょうか。ひと段落ついたことですし気が変わったりは」


「しないでしょうね、ああ見えて根っからのヘタレですから。他人のために自分を犠牲には出来ても、他人を背負う気概なんてありませんよ」


 男は深い溜息を吐く。

 娘は隻腕の魔術士に意外な側面を認めた矢先に、その相棒とも言える盲目の拳士もまた想像がつかない側面を秘めていると知って驚きを隠せないでいた。

 その顔を見たからだろうか、男はにやりと笑って付け加える。


「なお落ち着いてから密かに蒸し返してあるじに処刑を進言したのですが、もう良いとおっしゃられたのでこの件は終わりとなりました」


「容赦ございませんなあっ!?」


「罰するにせよ許すにせよ、あるじにとってもどこかで区切りが必要でしたからね。家臣として当然の務めです」


 そう言って澄まし顔で眼鏡を押し上げる男は面倒見の良い兄というか、やはり“狂犬一家”としては彼こそが兄貴分なのだなと感心せずにはいられなかった。




~ほんとうにおしまい~

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三悪人、城をとる。 あんころまっくす @ancoro_max

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