おまけ2:どうしてだかこうなった人々2

 娘が意識を取り戻したときそこは日陰で、隣には隻腕の魔術士がひとり座って団扇をあおいでいた。

 彼女は状況を理解すると跳ね起きて土下座する。


「ももも申し訳次第もございませぬっ! 私が不甲斐なきばかりにお手数をおかけいたしましたあっ!」


「私じゃなくてわらわですよ」


 あまり関心なさそうに口にする相手に娘は露骨に眉を寄せた。


「それ、誠に続けるのでございまするかあ?」


「当然です。我らが主がやれと言ったでしょう?」


「それはさようでございまするけれども……」


 彼女が暫定的とはいえ騎士団長に任じられたときのことだった。


『あんたが職業騎士で一番偉いんだから、もう少しそれっぽい喋り方しなさいな』


『じゃあお前今日からわらわなあ!』


『は、はあ!?』


『いいわねそれ。あんた今日から自分のことわらわって呼びなさい。程よく偉そうで悪くないわ』


『悪くな……いや、それは、えええ……』


 その場に居た盲目の拳士が発した一言が原因でそのような話になってしまったのは確かだ。別に彼女とて忘れていたわけではない。


「あれは、あの場限りの冗談だったのでは?」


「冗談だろうが本気だろうがあのふたりは忘れてませんよ」


「誠にございまするかあ……」


「もちろんですとも。私たちが以前どう名乗っていたかだってご存知でしょう?」


 わずかに塩を入れた水の入った筒を彼女に勧めて隻腕の魔術士が溜息のように言う。


「ああ、それは……」


 傷物きずもの薄鈍うすのろ宿六やどろく。彼らが長らく使っていたのは三者三様に酷い呼び名だった。

 彼女は減衰魔術で筒の中の水を冷やして喉を潤し、かねてよりの疑問を口にする。


「御三方のあれは、まあ主殿はあのお顔でございましょうけれども」


 指先で顔面に十字を切って首を傾げる。


「おふたりにはなにか由来がございまするので?」


 その言葉に隻腕の魔術士はとひとの悪い笑みを浮かべる。


「まあ、あなたは口も堅いでしょうし他言無用を約束できるのであれば教えても構いませんが」


「ええ、そのような物騒な由来が?」


「物騒というほどではありませんが、安易に吹聴されると若干不都合がないでもないですね」


 娘は少し悩んでから頷いた。


「出来れば、共犯者としましては皆様の事情は承知しておきたく存じまする」


「ふむ、共犯者ときましたか」


 楽しそうに微笑んだ彼に、娘はやや疲れたような笑みを返さざるを得ない。


「他に申し上げようがございましょうか?」


「ははは、確かに。あなたも染まって来ましたね」


「染まってはいかぬような気もしておるのでございまするが……」


「その辺りはお任せしますよ。あなたが綺麗な身である必要があったのはあの場限りですし」


「身も蓋もございませんなあ!」


「ははは、与太話はこの辺にして。傷物きずものについてはあなたの想像通りの理由です。もっとも、あの顔は彼女が自ら傷付けたものなのですがね」


「なんと、自ら……」


「領の再興を誓ってしばらく、やはり彼女の容姿は目立ってしまいました。即座に正体が知れたわけではありませんが、あの髪と美しい目鼻立ちはどこぞの貴人ではと幾度も疑われまして」


 この世界では貴族は概ね金、銀、白金などの美しい髪を持っている。そうではない貴族ももちろん存在するが多くはなく、逆となると更に少ないのが常識だった。


「身元の発覚を危うんだ彼女は長かった白金の髪を売って代わりにくすんだ金髪のかつらを買い、両の眉を剃り落とし、石を研いだ粗雑な刃で自らの顔に十字の傷を刻みました」


 貴族にとって美しさとは財産であり身元証明であり、それを維持することは祖先への敬意の表れ、ともすれば平民を統べる貴族の義務ですらある。


「な、なんという壮絶なお覚悟」


「彼女が知らない髪色に顔面血塗れでお戻りになったときは、僕らはそれこそ城が燃えたとき以来の大騒ぎでしたけどね」


「ですよね」


 たったふたりの家臣にしてみれば、主にして姫君でもある彼女が自分の髪を売り顔を切り裂いて意気揚々と帰ってきたら尋常ではいられまい。娘は心のなかで彼らの当時の心労を偲んだ。


「ちなみに全員が全員その場で名を改めたわけではありませんでした。僕が薄鈍うすのろと呼ばれるようになったのは口喧嘩が理由です」


「はあ、口喧嘩でございますか」


「実は城が燃えたあの日、偵察に出ていた僕は馬を失い右腕にも深手を負っていたのですが、そのせいで合流が遅れてしまいました。そのあいだに彼らは追手に手酷くやられてしまいましてね。彼が失明したのもそのときです」


「それはなんとも……」


「お互い頭に血が上っての口論だったもので、そこで『お前がもっと早く戻ってりゃこうはならなかったんだ薄鈍うすのろが!』などと言われてしまいましてね」


 彼の困ったような笑顔を、娘は初めて見た。お互いが必死にやるべきことを模索した結果であり、それを責めたり責められりするのは筋違いだと頭ではわかっているだろう。けれどもお互い心のどこかに引っかかっていたのだ。


「以来自戒も込めて薄鈍うすのろと名乗るようになった次第です。まあ、開き直りの気持ちのほうが強いですがね」


 そう言った彼はいつもの調子でにやりと笑みを浮かべた。


「なるほど。もしかすると……言った彼も随分と気まずい思いをしておられるやもしれませんね」


「でしょうね。そうでなくては困りますとも。それだけのことを言ったのですから」


 娘は意地悪く笑う隻腕の男の陰湿さに震え上がったが敢えて言葉には出さなかった。もうこの話は止めて次に行こうと早々に気持ちを固める。


「そ、それでは……宿六やどろくというのは……」


 彼が笑顔のまま眉間にしわを寄せた。飄々というか泰然自若というか何事にもどこか他人事のような達観を感じさせる人物だと思っていたのだが、仲間のことになるとこれほど表情豊かなのかと、娘は意外な気持ちになる。

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