おまけ2:どうしてだかこうなった人々

おまけ2:どうしてだかこうなった人々1

「どうも教官殿。彼女はいかがですか」


 城内の一角にある鍛錬場を訪れた隻腕の魔術士は、見習い騎士たちの監督をしている男に声を掛けた。


「そうですなあ」


 男は指の三本欠けた左手であごを撫でながら、鍛錬場の外壁に沿って黙々と走り続けるひとりの娘へ視線を向ける。彼女は顎が上がり姿勢も正せないほどに疲労していたが、それでも意志だけは挫けないのかふらつく足を踏み出し続けている。


「やる気はあります。素質もありましょう。しかし……」


「やはり子供の時分に身体を作っていないと厳しいですね」


 走り続ける娘は最近まで運動らしい運動を ―あくまで職業騎士から見た次元の話ではあるが― してこなかったので、とにかく基礎体力が不足していた。

 知識の吸収は他の見習い騎士たちより遥かに良い。技の覚えも悪くはない。しかし体力だけは未だに物足りないのが現状だ。


「まあ、今はやるべきことをやれる限りやるだけです。どのような形になるにせよ、などというものは許されませんからな」


「お飾りとはいえ騎士団長ですから尚更です。例の三人はどうです?」


 眼鏡越しの視線の先には兄弟なのだろう、よく似た顔つきの三人の少年少女が模造剣を振り回している姿が見える。


「実技は優秀ですよ。山野で生きてきただけあって体力もある。ただ……」


「読み書きですか」


「はい。算術も出来ません。“まつろわぬ民”として生きるならばそれでも良かったのでしょうが……」


「まあ……こちらは腰を据えてやればまだ解決しそうですが、簡単ではなさそうですね」


 魔術士が「頭の痛い話です」と眉間を揉む。

 戦が終わって世間が落ち着きつつあったある日、三人の少年少女が一通の手紙を携えて領主へ面会を求めてきた。

 それにはこう書かれていた。


【下流街自警団の協力報酬のひとつ【希望者への騎士位授与】に基づき、この三名の騎士位を申請する】


 つい先日まで山奥で暮らしていた親もない“まつろわぬ民”の子供たちだ。さすがにはいそうですかと受けるわけにもいかず自警団の元締めへ直談判に赴いた彼だったのだが、結果は一言で惨敗だった。


『ヒヒヒ、オレに売ったんだぜ? オマエらが、な! ヒヒヒ。だったら、なんだ。“まつろわぬ民”のガキ共は、なあ? オレが、ヒヒ、その日のうちに、な。自警団に入れても、構わねえだろうが、よ! なあ!? ヒヒヒヒヒ』


 魔術士は思い出しただけで頭が痛くなると言わんばかりの顔で首を横に振る。


「我らが主が押し付けたときに小遣いまでせびってしまってますからねえ。それを逆手に取って返されるとは。いやはや、先生には敵いませんよ」


「腕利きの暗殺者だとかいう、かの御仁ですね。知らず私もお世話になったとか」


「ええ、ええ。身元も誰かが引き受けねばなりませんでしたし、おかげで僕は未婚にして三児の父ですよ、まったく」


 そう言っている彼らの目の前で、走っていた娘が前のめりに転倒した。

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