後始末の記 

 教育庁は都庁の新宿第二本庁舎に入っている。


「監督不行き届きの件、大変申し訳ありませんでした」


 超絶のソロで幕を引いた卒コンから2日。大騒動の幕を引くため、坂下薫は朝からいくつもの会議室をハシゴして、お詫びの連続だった。


 すでに3時を回っている。


 もう、フラフラだった。


 誰に何回謝ったか覚えてない。丸一日、都庁第二本庁舎で「お詫びツアー」だが、まだ終わりは見えてない。明日はいよいよ、第一本庁舎の知事部局まで遠征して、お詫びするらしい。


 校長は激オコ。


 そりゃそうだよね、と坂下先生は苦笑い。


 なまじ、あのAmazingGraceはすごすぎた。音楽関係者が聞けば誰しも鳥肌が立つだろう。無断で撮影された動画がUPされて、世界中で注目されたのも当然だった。


 一説には、あの巨匠までもが「完璧だ」というセリフを呟いたらしい。


 そんな凄いモノを見せられれば、都知事だって興奮する。


 大感激したところまでは良い。


 記者会見で「都立高校はすごいだろう」と威張りたかったのも良い。


 しかし、そこに歌姫と巨匠・酒井をセットで招いた記者会見をセットしたのが間違いだった。


 巨匠と都知事が待ち構え、TVまで入ったところに「留学や~めた」のお知らせである。しかも、本人は既に「逃亡」済みだ。


 これで激怒しない政治家なんていないだろう。教育庁関係者の面目も丸つぶれである。


『校長自身が第二本庁舎で土下座しまくったってウワサになってるし、仕方ないか』


 フラフラになって次の会議室に向かうその表情は、不満と言うよりも苦笑いだ。


 坂下薫は、エレベータの中で独りごちるのだ。


 あ~ 校長って確か来年定年か。あれだと再雇用がヤバいかもね、


 ……って、あんまり他人事じゃないよ。決まっていた異動がチャラになったって、今朝言われちゃった。けっこうショック。家から近くて気にいってたのにな。


 あ~ 人事の嫌がらせでしょ? たぶん、通勤時間が2時間くらいは掛かる学校に飛ばされちゃうんだろうなぁ。それなら、逆に島にでも行っちゃおうかな? 希望すれば優先的に行けるらしいし。


 某アニメの聖地、神津島とか? 利島としまと式根島には高校がないけど、三宅島辺りなら海がすごく綺麗だろうし。それとも、いっそ亜熱帯の小笠原まで? あそこって海開きが1月1日なんだよね、っていうのはムダ知識。


 へへへ。


 島なら通勤時間はゼロみたいなものだろうから、音楽室でピアノ三昧になって、放課後はスクーバとか楽しんで、サーフィンなんかを覚えても楽しいかも……


 あぁ、現実逃避をしてても仕方ないよねと思いつつ、27階で降りて、次の会議室へ向かう。


 それにしても、新井田さんのお母さんって、すごい。

 

 まさか、こうなるのを読んでたの?


 娘にも内緒で鳴門教育大学の教育の後期日程に願書を出していたなんて。


 今日が後期の試験日でしょ? もう、試験も終わった時間か。


 共通テストの点数は、あそこのボーダーラインを軽く越えてるし、彼女の学力からしたら受かるよね。


 面接だって、楽勝だっただろうしっていうか、音楽専攻だったら100パーセントウエルカムでしょ。


 あそこなら小中高の教員免許が取れる。


 将来の彼女は私と同じ道か~ なんか、嬉しいような、背中がムズムズするようなヘンな感じね。


 でも、あのお母さん、どう考えてもホントにすごい。読みがミラクル過ぎだよ。


 だって、演奏会の直前まで留学以外、絶対にありえなかった。それは間違いない。本人だって、それ以外の道なんて考えてなかったはず。


 なのに、歌い終わったら古川君と一緒に徳島に逃げちゃうなんて、何をどうしたら予想できちゃうわけ?


 あのお母さんって超能力者なの? それとも母親のカンってヤツ?


 しかも、古川君も、古川君よ。


 スゴ過ぎちゃう。ホントは、これが一番のミラクルかも、だけど。


 なんで、新井田さんを許せちゃうわけ? 巨匠と身体の関係になってる新井田さんに悩んでたよね?


 ネトラレが趣味ってことじゃ無さそうだし、かと言って、あの日、私のスカートにすがりついて泣いていたよね? あれはいったいなんだったの?


 ふぅ~


 彼に何があったのか知らないけど、普通の高校生で、あそこからの復縁なんて普通はできないと思うけど。


 すごい子だよね。


 すっごく大きな男。


 やっぱり、大きな男がいいよね。大きくないとダメ…… あ、ヤダ「大きい」って心のことだからね?


 って、誰に言い訳しているんだろ、私ったら。


 でも、ホント羨ましい。あんな男の人、私の前にも現れないかしら。


 それとも高校生だから成長できたのかな? 実際、古川君に限らないけど、生徒達ってホントに輝いているもんね。


 ま、せんせーなんて、若い子達の後始末も仕事のウチよ。しょーがない、しょーがない。


 しょーがないって言えば、巨匠酒井がプッツンした事件は「バトルロイヤル事件」だとか言われて、ますますヒートアップ中みたい。


 見事に輝いた歌姫にすっぽかされた怒りで、セットされた共同記者会見で暴れてしまった。


 記者のつまらない一言に怒ったのか、それとも知事が何かを言ったのかわからないけど、隣に座った都知事に目の前のマイクを投げつけちゃった。しかも、短気で有名な都知事だけに、そこで殴り返しちゃったんだから、ヤバい事件だよね。


 で、ただでさえヤバいのに、それを国営放送がバッチリ生放送しちゃった。


 あれが、やっぱり問題だったよね。


 巨匠の秘書は「怪我の後遺症なんです」って一生懸命フォローしてたけど「都知事と巨匠のバトルロイヤル」はSNSでネタにされまくってるし。


 今バズってるのは、女体化した巨匠と都知事が、キュウリとナスをお互いに持ち合ってのキャットファイトの絵。


 不謹慎だけど私も笑ってしまった。ま、マスコミにもネットにもからかわれてる分、お役人様の怒りがヒートアップして、私のお詫び行脚はなかなか終わらないんだけどさ。

 

 あ~ 学校教育課の指導主事。約束は15時15分のはずなのに、まだこない。やっぱり、ここでも嫌がらせの「待て」か。


 お役人様って、何で、揃いも揃って、同じ嫌がらせをするんだろ。約束の時間よりも遅れてくるのは、もはや伝統芸みたいよね。


 ははは。


 スマホを見てるわけにもいかなし。ひま~


 はぁ~


 でも、巨匠と都知事のバトルロイヤルも、発端となった巨匠の振る舞いが一番の問題。ネットを中心に、やっぱり反発が大きかった。あれだと、少なくとも国内の仕事はなくなるでしょうね。ずっと客員教授にしてきた芸大も縁を切る宣言をしちゃったし。


 まだまだ、波紋は広がるに決まってるし、都知事は、この後「お詫び会見」の予定があるみたい。ここぞとばかりに議会の多数派が、都知事下ろしに走っているだとか。


 エライ人は、このあと色々と大変ってことね。


 教師は、その点良いわ~


 後始末のお詫びは大変だけど、ちゃんと生徒は感謝してくれるもん。


 古川君からも丁寧なお詫びの電話が来たしね。


 お詫びって言っても、古川君が悪いわけじゃないのに。でも、新井田さんと一緒に住むから自分の責任もあるって。いかにも真面目な彼らしさがにじみ出るお詫びだった。


 いいなぁ。私も彼氏が欲しいよぉ。ぜーたくを言うなら、おっきな人。


 ホントは私ってマッチョ君が好きなのよね。どこかにいないかなぁ。片手をムキっとしたら、私くらい、ぶら下がれちゃうような筋肉男マッチョ


 そんな人がいてくれたら、こんな仕事辞めちゃっても、ぜんぜん悔いはないのに。


 ま、プラスって言えば、今年の東大合格者が二ケタになったくらいか。進路部としては喜ぶべきよね。


 合唱部からも神田雷漢君が文一に合格してくれた。同じ東大でも文三よりぜんぜんハードルが高いのによく受かったわ。さすが天才の呼び声高い雷山亭遊海の息子ね。文一合格が出るなんて、何年ぶりよ。


 あ~あ、本来なら、この実績をひっさげて、見事、自宅から自転車で行ける、ごく普通の高校に異動できたのに。


 もう、ヤケよ。


 古川君が「お詫びに」ってご招待してくれるんだし、私も今週末に行ってみようかな。その奇跡の村とかいうところ。


 行って「同棲したてのカップル」を、う~んと邪魔してやるのよ。


 そのくらいやっても罰は当たらないわよね? ……って、お父さんも、つい最近再婚したって言ってたわ。


 しかもお嫁さんが私よりも年下ですって?


 じゃあ、そんな村に行けば、ひょっとして運命の出会いが私にだって…… あるわけないか。きっと、ジジババだらけだもんね。


 あ~ 音楽教師を嫁に欲しいと思う、筋肉男子って、どこかに落ちていませんかね!





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作者より

後日談を坂下先生が語ってくれました。

この数ヶ月後に、東京都のひとりの音楽科教師が、通勤時間の長さを嫌って退職し、黒山村でスピード結婚したことと、祐太君に弟か妹が誕生することがわかったことは別のお話となります。

巨匠は、一人寂しくウィーンに戻りましたが、国立フィルの指揮者の話は立ち消えになっていたそうです。

お願い:間違っても鳴門教育大学の入試日程を確認するのは止めてください 笑

追伸:静香は当日、受験票を持っていませんが、どこの大学でも、受験票忘れの受験生を特別措置で受験させています。特に今回は、坂下先生が事前に連絡しているので、問題なく受験できました。

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この作品を最後まで読んだ方なら、必ず気に入ります。

いかがでしょうか?


「辛かったけど真の彼女ができました」

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最後まで一気に読むと、必ず泣けます。


 



 

  









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ただ、君を応援したかった 新川 さとし @s_satosi

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