僕らだけの物語

織園ケント

僕らだけの物語

 千葉県某所、とあるホテルの宴会場。『104 期君川第一中学校卒業生3年2組様』と書かれた張り紙の元に、約 30 名の男女が集い、再会の喜びを分かち合っている。

「久しぶり!!元気してたか!!」

「本当に久しぶり!!卒業以来だもんね!!10 年ぶりか!!」

 同じ教室で学び、同じ校庭を走り、同じ給食を食べたあの頃から早 10 年。立派に成長し、大人としての魅力を身につけながら、それでもどこかあの頃の風貌を残した旧友達。その光景に自然と皆表情を明るくする。

「とりあえず入ろうぜ~。みんな揃ったみたいだし。」

「よっ!生徒会長!今日も仕切って行け~。」

「うっせぇ、てか今日は幹事お前だろ」

 生徒会長と呼ばれた青年のかけ声で、一団は一斉に動き出す。そこに交じる軽い掛け合いに、一同から笑いが起こる。10 年振りであろうと、かつて交わしたやり取りが寸分の狂いなく再現される。そこに変わらない関係性を感じることができる。どれだけ時が経とうとも、友は友なのだと。

「今日は飲むぞ~。」

「お前垢抜け過ぎだろ!めっちゃかわいいやん!!」

「逆にお前は老けすぎな。おじさんかよ。」

 昔と変わらぬ友の姿と、それでもどこか成長を感じさせ、大人へと変わった友の姿。両者が共存する不可思議な旧友達を前に、聞きたいこと、話したいこと、語り合いたいことを、各々が募らせていく。

 彼らは今宵、語り尽くすことだろう。思い出話やこの 10 年の話、そしてこれからの未来の話。彼らだけが知っていて、彼らだけが思い出す、彼らだけの物語を。


「みんなとりあえず座っといて、全員分椅子はあるはず。料理は机に来るから、飲み物はあそこでそれぞれ注文して作ってもらってー。グラス交換制でーす。」

 鞄を置いたり上着を脱いだりと、まだ落ち着かない面々に聞こえるよう大きな声で、本日幹事の翔太は指示を飛ばしている。元生徒会長の賢悟が指示を伝言ゲームしてくれている所を見るに、やはりあいつはできる奴だと思った。

 宴会場は天井が高く、実際の面積より広々と感じられた。フロアの奥にはちょっとしたステージとマイクが設置されており、飲み会を開催するのにはぴったりだ。まぁだからこのホテルを選んだ訳なのだが。

「席どこでもいいの?」

 集団でフラフラしていた女性陣に話しかけられ「どこでも~」と適当に返した。ひとまず席決めをしないと進行も何もあったものじゃない。

 会場には円形の机が 5 つに、それぞれ椅子が 6 つ設置されている。あとで席替えすればいいし、なんならみんな勝手に動き出すだろう。とりあえず着席願いたいものだ。

「翔太、席決まったやつから飲み物取りに行かせても良いか?その方が早いだろ。」

 後ろから声を掛けてきたのは、やはりできる男だった。一家に一賢悟欲しい。

「いいよ、頼んだ。」

 できる男のお力添えもあって 5 分後にはみんな落ち着いて席に着いていた。翔太もジョッキを片手にステージに立つ。1 つ咳払いをしてから挨拶。

「えー10 年振りということでね、この場で話すのも少し緊張しますけれども…」

「よっ翔太!いいぞ!!」

 冒頭から放り込まれた野次に、もう酔ってるやつがいるのか?と甚だ疑問だったが、一旦無視する。

「まぁこうしてみると美男美女になったなぁと思う奴もいるけど、老けたなぁと思う奴もいるわけで、中身まで老けてないことを祈るばかりです。」

 会場から笑いが起こる。「誰のことだよー」なんて野次も飛ぶ。掴みとしてはまずまずだろう。幹事の仕事はここまでだ。後は会場の盛り上がりに託す。

「とにかく今日は楽しもう!!乾杯!!!」

「乾杯!!!」

 音頭と共に鳴り響く甲高いグラスの音、そこに並ぶ友の表情は明るく、楽しかったあの日々を思い起こさせる輝きがあった。それを目の当たりにしてようやく、今日こうして集まれたことの喜びを翔太も実感することができた。

「せっかくなら全員とグラスを交わそう。」

 そう思って、大役を終えた幹事はゆっくりとステージを降りた。


「3 年の時と言えばさー、社会担当の飯田の字がー」

「めっちゃ汚い!!」

 その場にいた全員の声が揃い、共感と笑い声が上乗せされて、10 年振りの同窓会は大変な盛り上がりを見せている。机に運ばれてきたポテトをつまみながら、その光景を見ていた優輝は、まるで学生時代のクラスに戻ったようだと、一人感慨に浸っていた。

「せっかくだし、それぞれが1番記憶に残ってる中学時代の思い出話でもしようぜ。」

 翔太が率先して話題作りをする。これも当時から変わらない。

「じゃあまず優輝から行こう。」

「え、俺?」

 ここまで黙って聞いているだけだったため、まさかトップバッターに指名されるとは思わなかった。むしろ話してないから話せという気遣いだったのかもしれない。

「1番の思い出かぁ。」

 皆が優輝に期待の視線を向けている。もう完全に優輝が話す流れなので、真剣に当時を思い返す。しばらく考えて、1番と言えるのはあの時しかないだろうと思った。

「やっぱり1番はねぇ、体育祭かなぁ俺は。」

 そう前置きし、優輝が語り始めた思い出は、皆の記憶を 10 年前へと誘う。9 月の陽光が差す、溺れるような熱を孕んだ白熱の体育祭へと。


「ラスト!!アンカー勝負!!」

「抜かれんなよ優輝!!」

 体育祭では定番と言っても良いクラス対抗リレー。優輝はそのアンカーを託されていた。アンカーは超重要ポジションなため、チームで最も足が速い選手を置くのが通例となっている。優輝はクラスで1番足が速かったため、その大役を担うこととなった。

「ゴール!1位白組!!他の追随を許さない圧倒的な速さで見事リードを守り抜きました!」

 本番さながらの実況が放送委員会によって行われた。今日は前日リハーサル、明日の本番に向けて、かなり本格的な通し練習が行われている。練習とはいえ1位で終えることができたのは、チームにとって大きな弾みになるはずだ。

「明日楽しみだなぁ、絶対俺らが総合優勝しようぜ!」

「取り組み賞はほぼ1位確定だからな、競技優勝できればまず俺らで間違いない。」

 学校からの帰り道、目標達成への野心に燃える翔太に、それが現実視できる所まで来たと優輝も頷いた。一緒に白組の応援団を務めているため、最近は一緒に帰ることが多い。

「下馬評通りなら、うちのクラスは身体能力高いし、下級生も強いらしい。今日のリレーも良かったし、競技優勝はかなり白組に分があると思う。」

 3色の組に分かれて行う君川第一中学校の体育祭の賞獲得ルールは順位制で決まる。当日行われる競技の総合得点が高い順に1位から3位、1位の組が競技優勝。当日行われる応援合戦の審査得点で1位から3位、1位に応援賞。当日までの取り組み、身だしなみや練習態度等による評価で1位から3位、1位に取り組み賞。これら全ての順位の数字を足して、1番数が少ない組が総合優勝となる。白組は取り組み賞でほぼ独走状態だったため、競技優勝できれば総合優勝がほぼ確定となる。応援賞まで取れれば、夢の三冠も夢では無くなってくる。

「明日絶対勝とう、俺らなら行ける。うん、できる。」

 自分に言い聞かせるように、翔太がもう一度そう呟いた。平静を装っているが緊張しているのだろう。今日まで共に応援団として白組をまとめ、頑張ってきた翔太を知っているから、それも理解できる。だから優輝も1つある覚悟を決めことにした。

「明日総合優勝したら、裕華に告るわ。」

「は?え!は?」

 突然の告る宣言に翔太も目を丸くしてしまっている。裕華とは3年2組のクラスメイトで、優輝や翔太と同じ白組応援団でもある。一緒に応援団として汗を流すうちに、気づいたら彼女にのかっこよさに惚れてしまっていた。まぁありがちなやつである。

「そうかあ、お前、そうかあ!!」

 しばらく黙っていた翔太が、少しずつ冷静さを取り戻し、段々とニヤニヤした気持ち悪い笑顔になった。そのまま一生黙っていてくれれば良かったのにと思う。

「まぁ何にせよ明日だ、今日はたくさん飯食って早く寝ろよ!じゃあな!」

「おう。」

 そうして翔太とは別れた。とにかく明日、世紀の大勝負。覚悟と不安を両脇に抱えながら、優輝は早くに眠りについた。


「なんか・・・違くね?」

「うん、なんか・・・違うな。」

 体育祭当日、焼き切れるような日差しの中、嵐のように現われた白組が、数々の競技で大旋風を巻き起こし 1 位を奪取。下馬評通りの大躍進で、観衆の視線を一点に集め、見事夢の三冠を達成。裕華に告白した優輝も幸せまみれの青春を謳歌する・・・という展開にはならなかった。

 蓋を開けてみれば、午前の部終わって白組の競技 1 位は驚異の 0。他の組に大差を付けられ、逆転すら苦しいという異常事態に陥っている。スコアボードに掲げられた大敗の兆しを眺めながら、翔太と優輝は呆然とする他なかった。なんなら恥ずかしいからスコアボードを下げて欲しい。

「どうする?これ。」

「いや、どうするったって、どうしようもないだろ。」

「でもこのままじゃお前の一世一代の告白が無くなるぞ。」

「いや、それはいいよ別に。」

「良くねぇだろ!!」

「あー!2 人こんなとこにいた!!」

 しょうもないやりとりをしている翔太と優輝に、後ろから可愛い声がした。長くて綺麗な黒髪を後ろで 1 つに束ねた小顔の少女が、2人に向かって駆け寄ってくる。そう、裕華だ。

「もう午後の部始まるよ!応援団は早く行ってみんなを誘導しないと!午後から絶対巻き返すんだからね!」

 早口で言いたいことだけ言った裕華は「先行ってるよ!」とだけ残して、さっさと走り去ってしまった。翔太と優輝はこれまた呆然と、その後ろ姿を眺めていた。

「なあ優輝、午後から巻き返すらしいぞ。」

「ああ、そうらしいな。」

 やけに落ち着いた翔太の声に、優輝も落ち着いた声で返す。それでも、頭の中に浮かんでいる感情は互いに一致しているだろう。一度向き合って、頷きあって、口から発せられる言葉は当然、

「やるしかねぇよなぁ!!」

 声を揃えて走り出す。白組が巻き起こす大旋風はまだまだこれから。得点の高い競技が続く午後の部、絶望的な状況をひっくり返し、台風の目となるべく、優輝は皆の士気をあげようと奔走する。

 

 大逆転を狙う午後の部。流れは白組へと向き始めていた。1年生の障害物リレーが1位を奪うと、その後の競技でも順調に勝ち星を積み重ねる。得点差はじわじわと縮まり、勝敗はラスト1種目の結果へと委ねられた。

「おい優輝!マジで行けるぞこれ!」

 興奮か日焼けか顔を真っ赤にした翔太が駆け寄ってくる。午前の部からは考えられないような快進撃に、白組全体が湧いている。

「あとは俺たち次第だ。練習通りやれば勝てる!頼むぜアンカー!」

 残された1種目は3年のクラス対抗リレー。前日のリハーサルでは白組が1位となっている。勝ちはもう手の届くところにあるのだ。

「行こう。ここに勝って総合優勝だ。」

 整列のアナウンスが入り、トラックへと移動する。クラスの絆が試される天下分け目の大舞台へと。


「いいぞ!バトンだけ落ち着いて!!ナイス!!」

「後ろいない!大丈夫!!」

 クラス対抗リレーの戦況はリハーサルと同じように展開した。序盤に有利を作った白組はそのまま大きく差を広げている。見え始めた勝利の2文字に、誰もが目を輝かせている。

「さぁ、頼んだぞ優輝。」

 いよいよアンカーへとバトンが渡る。走り終えて少し息が上がった翔太に最後の激励をもらった。信頼の込められた目で、期待を詰め込んだ声で。

 何の因果か優輝にバトンを渡すのは裕華だ。コーナーを曲がった裕華が近づいてくる。

「あとよろしく!」

「さあ白組!アンカーへとバトンが渡りました!!」

 バトンを受け取って走り出す。掛けられた裕華の声も、響く実況の声も、今は雑音に近い。集中し、ひたすらに前を見て、ゴールまで勝利まで駆け込めば良い。その一心で、全力で腕を振り足を回す。トラックの外側からは応援に来た保護者や祈る下級生の姿も見える。今この視線を一身に浴びて走っているのが優輝だ。勝利を託されたアンカーだ。負けるわけにはいかない。少しでも、1秒でも前に、そう自分に言い聞かせて走る。そうして走り続けて、

 コーナーを回ったとき、ゴールテープと優輝を呼ぶ仲間の顔が見えた。

(勝った!!)

 そう思った。それが油断になったのだろう。

「あ。」

「あ。」

 優輝の声と仲間の声。観客の声。実況の声。全てがハモったと思う。

 ズシャッ

 こけた。というよりダイブした。頭から思いっきり。自分でも一瞬何が起きたのかわからなくて、すぐには立ち上がれなかった。走らなければ、ゴールしなければと、優輝が自分の役割を思い出したときには、紅組のアンカーが横を駆け抜けていった。必死に追いすがろうとするが、ゴールはもう目前、追いつけるはずもない。

「ゴー―――――――ル!!なんとアクシデントからの大逆転で紅組が1位です!!」

 やってしまった。優輝が転ばなければ白組が1位。競技優勝を掴み、総合優勝も確実視されていた。しかし今、掴めるはずだった全てが優輝の手からこぼれ落ちてしまっている。優輝だけじゃない。翔太や裕華、白組の皆が掴めるはずだった物を優輝が取りこぼしてしまったのだ。

(どうしよう、合わせる顔がない・・・。)

 胸から腹に掛けてが泥まみれになった T シャツで、皆が待つ白組の陣地へと向かう。翔太がこちらを向いて立っているのが見えて、少し泣きそうになった。多分ちょっと泣いた。

「おい、優輝、お前。」

 顔を見れない。本当に申し訳なくて、頭が上がらない。怒っているだろう、あきれているだろう。どう謝罪しようか、どう償おうか。そんな思考がぐるぐるぐるぐる頭を巡る。

「あの、みんな、本当に・・・。」

「なに転んでんだよお前――――!!」

「わはははははははははははははは」

「へ?」

 皆の笑い声で思わず顔を上げる。皆笑顔だった。翔太も裕華も白組も。

「お前が転ばなきゃ総合優勝だったぞ俺ら!どうしてくれんだ一生いじるからな!」

 翔太の一声でまた大きな笑いが起こる。誰も優輝を責める声は上げなかった。悔しかったはずだ。呆れもしたはずだ。でもそれを口や態度には出さなかった。それが優輝を思ってのことだとわかっていたから、その温かさが逆に苦しくて、でもやっぱり嬉しくて、また少し泣いた。

 閉会式の後、片付けをして各々帰宅する。総合優勝は紅組だった。優輝と翔太はまた2人揃って帰路につく。

「あーあ、それにしてもどうすんだよ優輝。」

「どうするって何が?」

 質問の意味がわからなくて質問で返す。いや、本当はわかっていたけど敢えて聞き返した。

「告白だよ告白!結局してないんだろ!」

「あんな派手なダイブして、大戦犯かました後にできるわけないだろ。」

 正直なところ、負けても告白しようかと思ってはいた。ただ、今日の醜態を見られて、告白はさすがに無理。

「いつか絶対する。今は良い。」

「ふーん」

 優輝にとっての忘れられない体育祭は、こうして幕を閉じることとなった。


「あー、そんなこともあったな。」

「お前が転んだ瞬間ガチで終わったと思ったわ。実際終わったんだけど。」

 優輝が語り終えると、皆それぞれ自分の記憶と向き合い、懐かしさや面白さに触れている。そんな光景を、裕華は少し照れながら見つめていた。

 当時のことはしっかり覚えている。真剣に取り組んだ体育祭、総合優勝まであと一歩だっただけに、それなりに落ち込んだものだ。

「でもあの後、結局付き合って 10 年続いてるのってかなりすごくね?」

「ま、まぁおかげさまで・・・。」

 翔太の指摘に優輝が少し苦しそうな立場になっている。助けてあげようかなぁなんて思ったが、矛先が裕華に向くのが怖くてやめた。優輝には盾になってもらおう。

「じゃあそんな裕華さんはなんか思い出ある?優輝とののろけ話でもいいけど。」

 矛先が裕華に向いた。なんで盾になってくれなかったんだと、優輝を睨んでおく。

「うーん、でも1番覚えてるのは優輝と喧嘩した事かなぁ。修学旅行の時だけど。」

「そういうの待ってました!」

 皆が食い気味に体を乗り出してくる。修学旅行という単語に、またそれぞれの記憶が刺激されているようだ。

「修学旅行かぁ、玲音が食い過ぎて吐いてたのしか覚えてないなぁ」

「逆になんで覚えてんだそれ」

「多分私と優輝しか知らないと思う。言ってないしね。」

 皆の視線が裕華に向く。これはもう後には引けない形なので、潔く話すしか無いだろう。優輝と裕華の、2人しか知らない物語を。


「ねぇ優輝!京都楽しみだね!」

「あぁ、千葉からだと遠くて滅多に行けないしな。」

 君川第一中学校3年生を乗せた新幹線は東京を出発し、数時間かけて目的地京都まで向かう。裕華と優輝は横並びのシートに並んで座っていた。仲良い夫婦だとかなんとか言ってくる奴がいて、少しうるさい。

「なんで隣来たんだよ、女子と座れば良かっただろ。」

「京都に着いたら班別行動で、優輝は男子と回るし私も女子と回るから、あんまり話せないでしょ。だから今話したかったの!」

 優輝は周りの目が気になるようで、あまり私と座ることを喜んではいなかったが、せっかくの修学旅行で思い出の1つも作れないのは嫌だったので、裕華が無理矢理隣に座った。

「私お父さんのカメラ持ってきたんだ!これでいっぱい写真撮るの。優輝も後で一緒に撮ろうね。」

「それこそ、時間あればな。」

 優輝の素っ気ない態度が気にくわなかったが、ひとまずツーショットの了解を得られたので良いことにする。車両の前の方では賢悟が学年主任と話していて、生徒会長は大変だなぁなんて思った。

「次は~京都~。」

 2泊3日の京都修学旅行。忘れ物してないかだけが不安だが、期待と希望を胸に裕華は京都へと降り立った。

 

 1日目は班別の自由行動。班ごとに大型タクシーを貸し切って、事前に決めた行程表通りに京都の観光名所を回る。最後はホテルで合流という流れだ。裕華も仲の良い女子数人と金閣や伏見稲荷などを観光。有名な千本鳥居は写真映えも良く、自分でも納得のいく写真が結構撮れた。

「写真良い感じ?」

 仲良しの里奈が話しかけてきた。「めっちゃ良い感じ」と言いながらツーショットも撮っておく。

「いいね、あとで優輝にも見せてあげなよ。」

「うん、そうする。」

 昼食もそれぞれで決めて食べるため、ネットで評判の良かったお店にみんなで行くことにした。店内に入ると、偶然優輝達のグループと入れ違いになった。

「あ、優輝。」

「おう。」

「ねぇ、写真撮ろ!」

「ごめん、俺らもう行く時間だから。」

「あ、うん、ごめん。」

 優輝は振り返らず、男子達と談笑しながら車内へと消えていった。写真なんて一瞬なのにと、不満をこぼす時間すら与えてもらえなかった。裕華は走り去る優輝達のタクシーを呆然と見つめていたが、里奈に呼び戻されて慌てて店内へと入った。

 店内は落ち着いた雰囲気を醸し出しており、和のテイストをこれでもかと味わわせる、さすが京都といった面持ちだった。他の女子達はそんな店内をテンション高く眺めたり写真を撮ったりしていたが、裕華だけはそんな景観に目を向ける気になれず1人沈んでいた。皆が絶品だと褒めた料理の味も、裕華は全く覚えていない。


 ホテルに到着すると、部屋に荷物を置いてすぐに夕食となった。畳張りの大広間に3クラス分、およそ 100 人の夕食が用意されている。夕食はとても美味しかったし、女子同士の会話も大変盛り上がった。ただどうしても視界に映る優輝の事が気になってしまって、裕華は純粋には楽しめなかった。

 夕食後、部屋へ戻る途中、おなかを押さえながらトイレに駆け込む玲音と付きそう優輝の姿が見えた。声を掛けようか迷って一瞬通り過ぎたが、優輝は外で待っているだけのようだったので、思い切って近づいた。

「優輝、楽しんでる?」

「ん?ああ、楽しんでるよ。そっちは?」

「結構楽しい。これ以上無いくらい。」

 嘘をついた。理由なんて裕華にもわからない。本当は優輝の事が気になって気になってしょうが無いけど。でも楽しくないとは言いたくなかった。

「ねぇ、今時間ある?この後とか。」

 1 枚で良い。どうしても 2 人で写真が撮りたくて、聞いてしまった。それが引き金になったのだと思う。

「ごめん、今玲音に付いてるし、この後も風呂とか順番あるし、疲れてるから。」

 優輝の表情には明らかに苛立ちが浮かび、声も荒くなっている。ぶつかった視線の先で裕華が今まで見たこともないような目をしていた。怒りは収まらず言葉が続く。

「何?今日朝から。行程表通りに動かなきゃ全体に迷惑かかるし、勝手なことあんまするべきじゃないだろ。」

 優輝の言うとおりだ。間違っていない。それでも少しなら許されると思って、望んでしまっただけなのだ。

「そうだよね、こっちこそごめん。気にしないで。」

 そう言ってその場を離れた。というより逃げた。部屋へと続く階段を上り、廊下を抜ける。明かりが付いているはずの廊下はあまりにも暗く、たかが数階の階段は昼通った伏見稲荷の参道よりも長く感じられた。


「そういう話聞くと、里奈と玲音やっぱり仲良しだね。今日吐いてたみたいだけど大丈夫?」

「いつも通り調子乗っただけでしょ。大丈夫だよほっとけば。」

 消灯後の女子部屋では、派手な恋バナが繰り広げられていた。今頃男子部屋では枕投げでも行われているのだろうか。修学旅行は夜が1番楽しい、なんてよく言った物である。

「次、裕華は?優輝とどうなの?」

「まだまだラブラブ?ラブラブだよね、今日も朝一緒に座ってたし。」

 皆の視線が痛い。裕華自身気持ちを整理仕切れていないのだ。どうして優輝を怒らせてしまったのか。裕華が求めた物はそんなに難しい物だったのだろうか。このまま嫌われてしまうのだろうか。もう優輝の笑顔に触れることはできないのだろうか。尽きない不安と悲しみで何も答えられずにいると、里奈が裕華の顔をのぞき込んできた。

「裕華?大丈夫?泣いてるよ。」

「え?」

 頬を伝う水滴に自分でも気づけなかった。生まれて初めて、気づかぬうちに流れた涙の感覚を、裕華は一生忘れない気がした。

「どうした?なんかあったんでしょ?」

 里奈が優しく聞いてくる。もう裕華1人では背負えない。そう自分でも思っているから、信用できる友達には、今ここにいる女子達には話そう。

「あのね」

 修学旅行の夜。語った恋は甘さとは無縁で、嫌な後味が残る苦みを含んでいた。それでも分け合えば苦みは和らぐ。甘さも苦さも、喜びも悲しみも分け合うことが、恋バナの、修学旅行の醍醐味なのだと、そう気づかされた夜だった。


 2日目はクラス毎にバスを借りて、清水寺などを回る。バス内のレクは大きな盛り上がりを見せ、耳が壊れるのではないかと思う程だった。

 お昼時、女子達とそばをすすった。昨日の話があったからか、皆裕華に気を遣ってくれているようだった。あの後、「私に任せろ」と言って部屋を飛び出していった里奈が、一体何をしたのかは知らない。気にする余裕も裕華には無かった。

「お水飲む人ー?」

「はーい」

 自分と里奈のコップを持って、セルフサービスの水を取りに行く。氷が欲しいか聞くのを忘れた。

「今日夕食後、ホテルの前に来てくれ。」

「ほぇ!?」

「話がある。」

 突然話しかけられて変な声が出てしまった。振り返るとそこにいたのは優輝で、どうやら裕華は呼び出しをくらったらしい。用件だけ伝えてさっさと言ってしまった優輝を見て、また呆然とするしかなかった。

「話って、何だろ・・・。」

 あまり良い予感はしなかった。もしかしたら別れ話かもしれないと思うと、また気分が悪くなって、危うくコップを落としそうになった。

 

 夕食後、ロビーを抜けてホテルの入り口から出る。見張りの先生をどう掻い潜るか考えていたが、なぜかいなかったので、正面から堂々と出た。

「お待たせ・・・。」

 外に出るとすでに優輝が待っていた。

「こっちこそ、急に呼び出してごめん。」

 黙って首を横に振る。修学旅行で異性を呼び出しとくれば、本来なら告白を想像するが、裕華と優輝はすでに付き合っているし、なんならこの場でフラれてもおかしくない。聞きたくないが聞かずにはいられないので、覚悟を決めて聞く。

「話って何?」

 数秒の沈黙の後、優輝が深くため息を吐いてから口を開いた。

「俺ってさ、頭固いんだ。」

「へ?」

 想定の遙か彼方から言葉が飛んできた。頭が固い。石頭ってことだろうか。確かに前に一度ぶつけた時は痛かった。

「人一倍状況は見えるし、正確な判断もできる。自分でもその判断は信じてるし、正しいと思ったことをしてきた自信もある。」

 どうやら物理の話ではなかったらしい。黙って優輝の話を聞く。

「でもそれは時々間違いなんだ。体育祭の時、正直午前で俺は諦めてた。でも裕華は諦めてなかった。ここから巻き返すって、みんなを引っ張ってた。結果その判断は間違って無くて、あと一歩で勝てるところまで行ったんだ。」

 それは裕華も覚えている。諦めの表情が浮かんだ優輝に、一言掛けた記憶もある。せっかくの体育祭、あのままあっけなく終わるなんて嫌だったから。負けてもちゃんと、頑張った思い出にしたかったから。

「裕華のそういう所に惚れたんだ。自分が無い俺とは違って、こうしたいっていう意思がある裕華が、かっこいいと思ったから。」

 知らなかった。優輝がそんな風に裕華のことを見ていたとは。思えば付き合ってからも、付き合う前も、こんな話はしたことがなかった。まだまだお互い知らないことだらけなのだと気づかされる。

「昨日はごめん。言い訳は色々あるけど、冷静じゃなかった。修学旅行を大切にしたい裕華の気持ち考えられてなかった。」

 また黙って首を横に振る。優輝の気持ちを考えられていなかったのは、裕華も一緒だ。自分の望みばっかり考えて、本当にバカだったと思う。

「私こそ・・・ごめんなさい。」

 耐えきれなくなった涙腺が崩壊して、また大粒の涙があふれ出した。優輝の手が優しく頭を撫でるのを感じる。

「写真撮ろうよ。俺も思い出に残したいんだ。」

 優輝の提案に心からの喜びを込めて、今度は首を縦に振る。

「待ってて!今カメラ取ってくる!」

「じゃーん、実はもう裕華達の部屋から盗み出してありまーす。」

「え、嘘、待って、なんで、変態!!」

「冗談だわ。」

 優輝の手からカメラを奪い取る。そのまま身体を近づけて、夜の街並みと共にシャッターを切る。京都は夜でも美しい街だ。

「怒られそうだからそろそろ帰ろう。」

 そう言った優輝に手を引かれて、ホテルの中へと歩き出す。まだ1つ、言わなければいけないことがある。

「優輝、私が優輝を好きになった理由はね!」

 裕華が話している間、優輝は裕華のことを見てはくれなかった。「聞いてるの?」と訪ねれば、「聞いてるよ」とだけ返ってきた。それにまた少し、腹を立てないわけでもなかったが、今日の所は、泣き顔で笑う思い出のツーショットに免じて許すことにした。


 部屋に戻ると女子達に心配された。涙の後が残っていたせいだと思う。ちゃんと仲直りしたことを伝えたら、皆安心していた。皆が話を聞いてくれたおかげで落ち着けたと言っても過言ではない。感謝してもしきれない、特に里奈には。

「あれ、里奈は?」

 部屋に里奈の姿が見当たらない事に気づいて首をかしげる。

「今、説教中。なんかホテル飛び出して夜景見に行こうとしたら、見張りの先生に見つかって捕まったんだと。」

「そう、なんだ・・・。」

 里奈の事が少し心配だが、強い彼女ならきっと大丈夫だろう。帰ってきたらお礼を言わなければならない。

「ありがとう里奈。」


「あまーーーーーーーーーーーーーい!!」

「喧嘩とか言うから期待したら、結局のろけ話だったわ。」

「でも懐かしいね、修学旅行。」

「俺はまじで玲音が吐いてた記憶しか無い。」

 裕華の話に各々が感想を漏らす中、元生徒会長の賢悟も修学旅行の思い出に浸っていた。心地の良いものだけじゃない、辛かった記憶も覚えている。今の話を聞く限り、優輝にも迷惑を掛けてしまったようだ。

「じゃあそろそろ行っちゃいますか?生徒会長。」

 翔太に話の矛先を向けられた。もちろん思い出なんていくらでも出てくるから、いくらでも話せる。けれど、ここは1つ、生徒会長だからできる話をしよう。

「いいよ、僕の話は行事とかじゃなくて、日常の話だけどね。」

「イイヨーソウイウノモイイヨー。」

 お調子者の玲音はもう完全にできあがっているようだ。どうか、吐かないようにだけお願いしたい。

「今から話すのは、生徒会長なんてやるもんじゃないって話しさ。」

 そう言って語り出したのは、上に立つ者の苦悩の日々。真面目な良い子として生きることの難しさだった。


「おい賢悟。集合が遅いよ。もう少しで乗り遅れる所だったんだぞ。」

「はい、気をつけます。」

 修学旅行地である京都へ向かう新幹線、皆が期待に胸膨らませる中、賢悟は学年主任と1VS1を繰り広げていた。事の発端は東京駅。団体としての集合が遅れ、危うく新幹線を乗り過ごすところだった。生徒会の指示がうまく機能していないことを指摘されている。

「この先これだと行程表通りに行かないよ。頼むよ。」

「はい。」

 なぜ自分が怒られなければならないのかと、心の中では思いつつも、指摘は正しいし、賢悟達生徒会がうまくできていないのも事実だった。だから切り替えて次やるべき事を考える。

「賢悟大丈夫か?何言われた?」

 賢悟が自分の席に戻ると、翔太が心配して声を掛けてくれた。相変わらず気遣いのできる良い奴だと思う。

「大丈夫、問題ない。次はうまくやる。」

 他の生徒会とも次の動きを確認し、夜のホテルの動きまで確認しておいた。うまく回らない所は賢悟がフォローすれば良い。そうして慌ただしく動いていると、あっという間に京都に着いてしまった。


「全員ちゃんと乗り込んだみたいだ。お待たせ、僕らも行こう。」

 班別行動のタクシーに全員が乗り込んだ事を確認し、賢悟も自分の班に合流する。

「大変だな、おつかれさん。」

「手伝えることはなんでも言えよ。」

 先に乗り込んでいた同じ班の優輝と翔太が気を遣ってくれた。「ありがとう」とだけ伝えて、ドライバーに出発をお願いする。

「行程表通りだと、俺たちの班は少しだけ、他の班より遅いホテル到着になる。遅れすぎるとまずいから時間厳守で行こう。」

「そんぐらいなら俺でもできるわ、任せろ。」

「それで手伝った気になるな。」

 玲音の軽口に翔太のツッコミが飛ぶ。今の賢悟には玲音くらいの軽さがちょうど良かったため、心の中で感謝しておく。班別行動は順調に進み、生徒会の役目も忘れて、クラスメイトと楽しい時間を過ごせた。

 修学旅行全体を通して、生徒会長としての役割の重みを実感することが多々あったが、それも含めて良い思い出として、胸に刻むことができた。


 修学旅行という一大イベントを終えると、普通の日常へと戻った。しかし、生徒会に休む暇など与えられない。風紀の乱れを正し、中学生としてふさわしい日常を過ごす。そうした雰囲気作り、統率力が生徒会には求められた。何組の誰々が窓を割ったとか、授業中寝てるだとか、そのたび学年主任に生徒同士で注意する雰囲気を作れと怒られる。そんな事は無理だと、すぐそこまで出かかって飲み込む。そんな日々だ。

 元々賢悟自身は、リーダーなんて向いていないと思ってきた。真面目であることは認めるし、きっと世間一般に言われる良い子でもあるのだろう。ただそれは誰かにやれと言われてやったわけではない。賢悟自身がそうしようと、そうするものだと思ってやってきたことだ。

 やるのが当たり前だと思った宿題をやっただけだ。歩くのが当たり前だと思った廊下を歩いただけだ。静かに聞くのが当たり前だと思った授業を静かに聞いていただけだ。そんな当たり前ですらできない人がいたから、当たり前ができただけで賢悟は『優等生』というレッテルを貼られた。

 それだけならまだ良かった。優等生だった賢悟に、周りの大人はその先を求めた。周りも優等生にしろ、と。賢悟はやるべきだと思ってやっていただけだ。周りが必要ないと思うならやらなければいい、それだけのことだ。しかしそんな論理は大人には通らず、賢悟に更なる優等生になることを望んだ。もううんざりだった。

「降りて良いですか?生徒会長。」

 そう担任に告げた時、最初は賢悟の話を聞いてくれた。言ったところでわかってはくれないだろうと思いながら。賢悟が話し終えると、担任はあの手この手で説明し、説得しようとした。最初からわかっていた、今更辞めさせるわけないだろう。それこそ当たり前の話だ。

「また悩んだら相談しな。」

 そう言って担任は教室を出て行った。真っ赤な夕日が差す放課後の教室で、電気も付けずに1人物思いにふける。誰にも言えぬ、けれど逃れられないこの状況を、どうしたものかと考える。

 ガラガラガラ

 後ろのドアが開いて誰か入ってきた。慌てて振り返る。

「何だ賢悟か。」

「海斗。どうしたんだよ。」

 入ってきたのは同じクラスの海斗だった。かつて野球部で共に汗を流した仲だ。海斗はこの学校一の問題児で、窓を割ったり授業中寝たりとやりたい放題。この前は他校の生徒と殴り合いをしたんだとか。対局にいるような賢悟と海斗だが、仲はそれなりに良い。家が同じ方角なのもあり、部活引退前は一緒に帰ったりもしていた。やりたくなければやらなければいい。それを体現する海斗が賢悟は好きだった。

「何してんだこんなとこで」

「いやまぁ色々」

 頭がぐちゃぐちゃして沈んでた、なんて言えなくて、なんとなくごまかす。

「学年主任に色々怒られてさ、それが嫌になってたとこ。」

「あんな奴の言うことなんか聞かなきゃ良いじゃん。」

「あんな奴とか言うなよ。」

 はっきりした海斗の態度に苦笑で応じる。この清々しい性格が好きだ。

「だってあいつ偉そうにしてるだけでなんもすごくなくね?」

「うんまぁ。」

「それに授業もつまんねぇし。」

「授業聞いてるんだ。」

「あとハゲだし。」

「ハゲはいいだろ。しょうがない。」

 海斗と話していると、悩んでいたことが馬鹿らしく感じてきた。そもそも一体何に悩んでいたのだろう。やりたくないならやらなければ良い。必要だと思うならやれば良い。それが賢悟の行動方針だ。生徒会長も未来の自分に役立つと思ったから引き受けた。だったらその途中の障害なんて踏みつけて超えていくしかない。どうせもうすぐ任期も終わるのだから。

「でもやっぱあの学年主任何言ってるかわかんないわ。」

「だろ?聞くだけ無駄なんだよあんなやつの話。」

「しかもさぁ」

 生まれて初めてかも知れない、人に愚痴を話したのは。ずっとお利口な良い子ちゃんだったから。その相手が学年一の問題児というのもこれまた面白い。ただ今こうして溜め込んだ思いを吐き出せるのが、そんな相手がいるのが、たまらなく嬉しいのだ。

 海斗との愚痴合戦は夕暮れまで続いた。校舎内が真っ暗になり、そろそろ帰るかと言って、久しぶりに2人で帰った。

「そういえば海斗は何しに教室来たんだ?先生に用事とか?」

「いや忘れ物。ただどこに忘れたか忘れたから見つかってない。」

 この男の適当なところが、真面目な賢悟にはやはり心地良い。部活で築いた信頼関係は伊達じゃないと思った。


「お前らってそんな良い関係だったんだなぁ、知らなかったわ。」

 語り終えた賢悟と、屈強な大男を交互に見ながら、翔太はそう呟く。真っ黒に日焼けし、体つきもかなり筋肉質になり、腕に竜の入れ墨が入った海斗は、静かに日本酒を飲みながら話を聞いていた。いかにも酒豪といったオーラを醸し出している。

「海斗だけじゃない、みんながいたからきつくても楽しかったよ。」

 そんな賢悟の気遣いに、皆から「おつかれ」「頑張ってたんだな」といった声が上がる。話的にも時間的にも潮時だろうと、翔太は判断する。

「よーしみんな!楽しんでるとこ悪いけど、そろそろお開きで!自分の席に戻ってくれると助かる!」

 翔太の声に名残惜しそうな雰囲気が漂うが、それでも少しずつ一同は解散へと向かい始めた。その光景に安堵し、翔太も賢悟に一言掛けようと近づく。

「賢悟、やっぱお前はできる奴だ。昔もそうだし、今日始まる時もそうだった。これからも、嫌な役回り振られるかもしれないけど、お前なら絶対できる。俺はそう思う。」

 賢悟は目を丸くしていたが、すぐに笑顔になって「ありがとう」と言った。

「手伝えることはなんでも言えよ。」

 親友として、あの時と同じ言葉を掛ける。賢悟ならきっと大丈夫だと信じているけれど。

「君は本当に気遣いができる良い奴だよ、翔太。」

「いや、俺なんてなんにも・・。」

「そんなことはない、今日がそうさ。翔太がやろうと提案して、みんなに声を掛けてくれなかったら、このクラス会は実現してない。僕達がまた会うことだって叶わなかったかもしれない。そういう意味では、僕ら3年2組にとって翔太は欠かせない存在だよ。」

 そう言うと、賢悟は一度深くお辞儀をした。突然の事に翔太は言葉が発せない。顔を上げた賢悟の瞳は、信頼と感謝の輝きを放っていて、続く言葉に翔太の心は完全に打ち砕かれてしまった。

「さすが、3年2組のクラス会長だな。」

 まさかこんなカウンターを食らうとは思っていなかった。クラス会長を務めたあの1年、隣にはずっと賢悟がいた。学校全体を束ねる賢悟を見て、自分がクラスを束ねることの違和感を覚えていた。正しいリーダーなんてわからないし、賢悟だったらどうするだろうと考え続けた1年だった。賢悟にも賢悟なりの苦悩があったように、翔太にも翔太なりの苦悩があった。だから最後まで、今日この日まで、クラス会長としての自分に自信が持てずにいたけど、

「お前にそう言ってもらえたら返す言葉がねぇよ。」

「顔が赤くなっているね、飲み過ぎたんじゃないかい?」

「うるせぇ。」

 本当に酔いすぎだ。この歳になってここまで感情が揺さぶられる事なんてない。賢悟と交わした一連の小っ恥ずかしいやり取りをすることだってない。だからきっと全部酒のせいだ。そういうことにしておこう。

 皆が元の席に戻ったのを見て、締めの挨拶のため翔太はステージへと向かう。

「賢悟。」

「ん?」

「またやろうぜ、同窓会。」

「・・・ああ、そうだね。」

 10 年経っても忘れない思い出、今日この日も、そんな思い出の 1 ページに間違いなく刻まれる。その確証が翔太にはある。だからまた今度、次は 10 年後なんて言わずにもっと近いうちに。

「じゃあみんな、また会いましょうってことで!!」

 

 千葉県某所、とあるホテルの宴会場。完全にできあがった約 30 名の男女が興奮冷めやらぬまま会場を後にする。

「二次会行く人~?」

「はーい!!」

 思い出とは鍵だ。遙か彼方に置いてきた、様々な感情と出来事を閉じ込めた宝箱。その箱を開ける大事な鍵だ。1 人が鍵をなくしてしまっても、忘れずに持っていた誰かが箱を開ければ、大切な出来事やその時の感情を蘇らせ、共有することができる。そうして蘇らせた感情が、会わなかった時間の空白を暖かく満たしてくれる。

 彼らの夜はまだまだ終わらない。開かれていない宝箱も多い。なにより彼らだけが持つ、彼らだけの物語は、まだ新たな宝箱を生み出し続けているのだから。

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僕らだけの物語 織園ケント @kento_orizono

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