番外11 聖夜(2024Xmas特別編)
一つは学園の地下にある学園長の秘密部屋へ繋がっている。
もう一つはそれを真似て王都の外に広がる森の地下深くに造った、私の隠し部屋である。距離的に、オーちゃんのそこだけドアの限界付近に位置する。
最後の一つは王都の北西にあるドワーフや獣人の住む地域の中に建つ、エイキン親方の住んでいた家の地下に隠し部屋を設けた。
普通なら王都の貧民街で治安の悪い地区であるはずのこの場所も、生真面目なドワーフのお陰なのか、居心地の良い下町の風情である。
親方夫妻は商会の館へ移住したが、この家は私が譲り受けた。所有者はドワーフの組合長に頼み、架空の人物名義となっている。
今は親方の弟子であったドワーフが、一階部分を事務所兼店舗として使っている。
残る住居部分は、地下室も含めて私の隠れ家として使う予定だ。
あとは、ネルソンや他のドワーフが王都へ来た時の宿にもなるだろう。できれば、商会の館の方へ招きたいのではあるが。
こうして私の王都潜伏計画は、着々と進行していた。
もしも私のステータスを見ることができれば、きっと悪運値がかなり高いことだろう。決して幸運ではないのが悲しい。
確かに私は不思議な運に救われながら、こうして生き延びている。それを単純に幸運と呼んで精霊に感謝するほどの信仰心は持たないし、そこまで私は謙虚でもない。
「もっとワタシに感謝しても良いのですよ」
「うるさい」
ルアンナは守護精霊と言うよりは、疫病神とか貧乏神に近い。
少なくとも五歳で前世の記憶に目覚めて以来、私の身にはろくなことがない。最近はうちの武装メイド共がその身の不幸を嘆くのが定番だが、私だって好きで厄介ごとに首を突っ込んでいるのではない。
降りかかる火の粉を振り払わねば、あっという間に丸焼けにされるのだ。私の行く先々で事件が起きるので、一か所に留まることができない体質としか言いようがない。
それはきっと幸運と対になる、トラブルメイカーとも呼ぶべき特殊スキルのレベルが高かったせいだ。
それを補い、私をギリギリで救っていたのが、恐らく幸運のステータス値だったのだろう。
これもきっと、かなり高い。いや高かった、と言うべきか。
今ではその二つが融合し、奇跡のマリアージュが生まれた。二つの能力が合わさり、新たな能力へと進化したのである。たぶん。
それが、私の悪運である。
どんな危機に陥ってもギリギリ何とかなる、それが悪運だ。
無いと困るけど、持っていてもあまり嬉しくない。
その悪運を大陸全土の良い子に配るサタン、ではないサンタさんのように、私は生活の拠点を何か所かに分散して、皆様に漏れなくトラブルをお届けするのだ。
生まれ故郷である谷の館と、北方の隠し金山。
ドワーフの鉱山とエルフの森一帯。
そして今回新たに入手した拠点が、王都である。
王都でも何度かトラブルに見舞われたが、国の中枢だけありその防衛体制は中々の物である。多少の事では動じまい。と高をくくっていたら、昨年の卒業式で死にそうな目に遭った。
今年の冬も結構長い期間王都にいる。そろそろこの辺でガス抜きが必要と考えた私は、一人で山に出かけた。
目の前には、一面の白い平地が広がる。
その中央付近にメタルゲート号を置いて、私は黒猫のドゥンクとこたつに入ってみかんを食べている。
ドゥンクは最近精霊化していて特に食物を必要としていないが、みかんを剥いてやると喜んで食べている。
果物を丸ごと次々と口に放り込んでしまうパンダとは、かなり違う。
ここは王都から北東に位置するフェワ湖。王族が避暑に使う山荘のある場所だ。冬の湖は全面凍結して、こんな場所に来るもの好きは私しかいない。
湖底で眠っていたクロウマシカは、今や私の使い魔となっている。周囲に魔物の気配も無いし、夏には賑わう湖畔の町も、今は静かなものだ。
暇なので氷上へ出て、足元の雪を掘り氷に穴を空け、釣り糸を垂れてみた。
仕掛けは、エドの巾着袋に入っていた疑似餌である。
以前ウマシカの寝床へ行った時には、浅いところに大きな魚の群れがいた。冬はどうしているのだろうか?
一向に釣れる気配が無いので小さな針に代え、ワカサギ釣りの要領でツンツンと上下させていると、手応えがある。
「ドゥンク、何か釣れたよ」
黒猫なので、魚を食べるかな?
「ドゥンクもやってみる?」
「はい!」
そういえば、パンダの奴も魚が好きだったな。笹は食わないし。あれはニセパンダだったのか。まあ、冥福を祈ろう。
釣り上げたのは、本当にワカサギのような小魚である。
氷上へ上げるとすぐ凍り付くので、そのまま私の収納へ保管する。
生きているのは、入らないからね。
これが、疑似餌で面白いように釣れる。ドゥンク用の穴も空け、二人で次から次へと入れ食い状態だ。他に釣り人もいないし、湖畔の町でも冬の漁はしていないみたいだ。
私は短い竿を見つけてそれを使ったが、ドゥンクは器用に腕に糸を巻き付けて釣っている。
そうして、日が暮れるまで競い合うように二人で釣りをしていた。
なんだ、楽しいじゃないか。
夜は、ワカサギの唐揚げといこうか。
エールも飲むぞ。
こたつで揚げた魚をつまみに冷たいエールを飲み、ドゥンクと寛いでいた。いつの間にか私はうとうとしていたのだろう。
気が付くと夜は深まり、外は吹雪となっている。
ドゥンクはこたつの中で眠っていて、私は逆に妙に目が冴えて眠れない。
これ以上お酒を飲む気にもなれず、本を読んだり、最近撮影した魔力写真を見たりしていたが、一向に眠気が訪れない。
明日も特に用事があるわけではないので、別に眠れなくとも困らない。でも起きていても何だか集中力が続かず、何も手につかないのだった。
そうしているうちに吹雪の音に混じって、何か別の音が聞こえる。
シャンシャンと高い音色が風に運ばれて来る。これは、鈴の音だ。
まるでトナカイの橇の音だと笑っているうちに、その音がいよいよ近付いて来た。
不思議に思い、私は船の甲板へ出てみた。
船全体は、雪で埋もれぬようにルアンナの結界で守られている。
私は鈴の音が聞こえる方へ、目を向ける。
地吹雪となった湖面は白く視界を閉ざされ、精霊の魔力が風雪に混じり合って魔力の感知も曖昧だ。
ただ、その白い世界は意外と明るい。空の上では満月が輝いているのだろうか。
そして、鈴の音がいよいよ近くまで来た。
目の前には、トナカイが引く橇がこちらへ向かって走って来る。
なんだ、これは。
クリスマスっぽいが、今は二月の下旬である。季節外れも甚だしい。というか、ここは異世界だ。季節どころか、舞台設定外れも甚だしい。
しかも、橇の上には赤い服の老人が乗っているではないか。
「ヤッホー、魔王様」
「はっ?」
「眠れない夜は、私にお任せを」
トナカイではない。ウマシカだ。
「姫さん、ワイにも魚をご馳走して下さいなぁ」
橇に乗っているのは、赤く血に染まったパンダである。
どんなホラー映画だよ。
そもそも、パンダは館の地下牢に閉じ込めたし、逆にウマシカは私の影の中にずっといたはずだ。
何をしているのだ、こいつらは?
「いや、館の地下で出会ったパンダ殿と話し込んでいるうちに、姫様に置いて行かれまして。仕方なく二人で協力してこうして馳せ参じた次第であります」
「別に、呼んじゃいないぞ」
いや、あの強力な結界に入り込み、パンダと共に抜け出すというこのウマシカの能力はどうなっている?
「何をおっしゃる。魔王様の眷属たる私の力を、見くびらないでいただきたい。この地こそ、我が力の充つる場所」
そうなのか?
「あ、ゴメン、姫様。こいつら面白いからちょっと出してやったんだわ」
ルアンナの仕業かー!
いや、今回のはトラブルと呼べるほどの事ではない。ホッとした。
仕方ない、ワカサギを食わせてやろう。
「ウマシカはもっと小さくならないと、船には入れないよ」
「任せてください」
そう言うと、パンダと同じようなデフォルメされた姿に変わる。意外と器用な奴だ。
それから私は赤く汚れたパンダを白く戻して二人を船に入れ、またこたつでエールを飲みながらワカサギの唐揚げを食べた。
気が付けば夜も明け始め、私はこたつに入ったまま眠りに落ちていた。
パンダの隣の地下牢は、ウマシカのために空けておかねばなぁ、と夢見心地で思いながら。
終
貧乏男爵家の次女に転生した私は魔法の天才と一族から期待を寄せられていますが、その才能は、いつになったら開花するのでしょうか? アカホシマルオ @yurinchi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。貧乏男爵家の次女に転生した私は魔法の天才と一族から期待を寄せられていますが、その才能は、いつになったら開花するのでしょうか?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます