《四部・神の福音たる終楽章(フィナーレ)》

 「フラウさん、起きて、フラウさん」

 

 ミカルの天使のような甘い声がする。

 身体は雲に包まれているように軽い。

 背中はぞわぞわし、まるで羽根でも生えているみたいだ。

 なんてね。

 僕は死んだんだ。

 出来れば天国に行きたい。

 

 そう、ミカルと一緒に天使になりたい。

 そうなればなぁ、なんて。


「その通りですけど――」

「あれ?」

「ここは天界ですし、あなたも天使の一員になったみたいですね。これも主の御力でしょう」

「本当に天国なんだね」

「嫌ですか?」


 フラウは首を横に振り、ミカルの手を握って言った。


「君と一緒なら、どこでもいい」


 そういうと彼女は少し頬を赤くした。

 そして、パッと手を振りほどくと、


「まあ、ここは天国ですからね。そういうことは避けて下さい」


 そう言って、どこかへと言ってしまった。


  

 天国は、真っ白な雲の上にある。

 そこに古代の遺跡のような白い大理石の神殿を立て、七色の虹の橋を作り、天使や神は雲の上を浮いて歩く。

 綺麗な世界だった。

 白と光に彩られた、美しい世界。

 いつか見た地獄とは違う世界だ。

 

「フラウさーん!」


 ミカルの声。その声のした方へ飛んでいく。

 羽根は自由に使える。

 まるで初めから生えていたかのように。

 ミカルはそれを見せた。下界が見える水鏡。


「これが彼の最後の姿です」


 彼女は涙で声を詰まらせて言った。


 

 フラウも、それを見た。

 ドーケの最後。

 ドーケがドミルという天使であったこと。

 ミカルの親友であったこと。

 エルトの父であったこと。

 彼の本当の目的がミカルを天に帰すことだったということ。

 そのためにカモフラージュとしてフラウを利用したこと。

 彼が最後にエルトを神に託したこと

 全てを見た。

 彼が塵になるところまで、全てを見た。

 

 そして、思うのだ。

 彼を救えないのかって。

 フラウは優しい人間だ。

 他人のために努力し、他人のために尽くせる人間だ。

 その彼は、命を張ってくれた友のことを祈った。

 となりで彼女も祈った。

 

 何処からか神の声がする。

 天の天より声が降り注ぐ、その声はやはりジェイスの声に似ていた。


「彼を助ける方法がないわけではない。彼を助けたいか?」


 二人は声を揃えて言った


『助けたい』

「理由を聞こう」


 更に二人は声を揃えた。


親友ともだちの為に』


 彼らは友の為に旅に出る。遠い旅路になるだろう。

 彼らは一時天使の姿を捨て、人になって旅をする。

 もう一度友を救うために。

 

 

 

 

 そうして、幕は下ろされる。

 神の音楽劇の幕が、一時の休憩をするときになった。

 

 

 

 

 

 

 

      * * *

 


 神の音楽劇ミュージカルは、これにて終了です。

 また次回。

 再び幕が開く時まで。

 

 片腕の大きく張った黒子が、そう言った。

 

 

       《神の福音たる終楽章(フィナーレ)・了》

       《天使の梯子・完》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天使の梯子 亜夷舞モコ/えず @ezu_yoryo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ