終章 今を生きる鳥
「どうぞ」
「ありがとう……ございます?」
帝牙から使用人じみた口調と所作で茶を差し出される。実家のような態度では失礼かと思った帝麗は敬語で対応しようとしたが、戸惑った身体は咄嗟に反応ができず、つい聞き返すような礼になってしまった。
「……兄様、今日は私達しか居ないのだから砕けた言葉遣いでいいじゃない? なんだか他人行儀で嫌だわ。数日前までは一緒に暮らしてたっていうのに」
「俺も切り替えが難しいから助かるよ。ああそうだ、茶菓子はいるか? 客用の栗羊羹があるんだが」
「いいわね。せっかくだから頂こうかしら」
畳から立ち上がり、台所へ向かう帝牙の背中を見送りながら帝麗は熱々の湯呑みをそっと持つ。さすがは五羽貴と壱の幹部の屋敷というだけあって茶葉は高級な玉露だ。私の屋敷とは違う銘柄なのね、と冷静に香りと味を分析する。
元服の儀を迎えた鳥は師匠の屋敷に居候する習わしがある。師匠と寝食をともにするだけでなく、修行の一環として師匠の身の周りの世話も担うため使用人のような立ち居振る舞いになるのはごく自然な流れだ。
とはいえ双子の兄が自分を客として扱うのは妙な気恥ずかしさを感じる。慣れるにはもう少し時間が必要だろう。
「そっちの屋敷での生活はどうだ」
「とても充実しているわよ。通常の訓練もそうだけど、私がやりたかったのは機械の操作や情報管理に関することだから……露洸様に師事して良かったと思ってる」
今後。例えば五羽貴が代替わりした時。ただ美しい、ただ強いだけの鳥では現代を生き抜くことは難しいだろうと帝麗は考える。
今、人間は情報を得る手段に困らなくなった。
通信機器が無かった古き時代。畑を耕し家畜を飼う人間が多くいた頃、未知の情報を得る手段は口伝か手紙くらいだった。文字が読めるほど学のある人間もまず少なかったが。
しかし昨今はパソコンや携帯電話が著しく発展し、幅広い年代の人間がそれらを手にするようになった。遠い地方や外国の文化を知ることも、そこに住む人間と交流を深めることも容易になった。
「露洸様ってば、とてもお優しいのよ。弟子一人一人に自分専用のパソコンを貸してくださるの。空き時間も練習できるから助かってるわ。エクセルとかパワーポイントとか、とにかく覚えることが多くて」
通常、パソコンやスマートフォンなどの通信機器は既定の申請がなければ所持することは許されない。しかし露洸の弟子は特別で、無断に里外へ持ち出さないことを条件に貸与・所持が許される。
ちなみにこの規則を破った鳥は漏れなく皇華によって処刑される。
「現代社会は情報で溢れているわ。私達みたいに人間を餌とする妖の文学も沢山世に出ている。ちょっとした行動で不審者だと怪しまれても可笑しくないほどにね」
「そんな文学を好む人間が居るのか」
「人外って意外と人気があるのよ。自分が被害者にならないなら魅力的に見えるのね、きっと」
喰らってきた人間にそんなタイプは居なかったのか、帝麗の言葉に対して帝牙は訝し気な表情を浮かべる。
「それに、この先ずっと鳥の美しさを武器として利用できるとも言い切れないわ」
整形手術という医療技術が発展し、人間は望んだ美貌を手にすることも可能になった。人工的ながらも時には鳥より美しい人間が現れ、容姿だけが取り柄だった鳥は人里での狩りに苦労することも多くなるだろう。
餌である人間を見下すだけはいけない。彼らから学ぶ部分は決して少なくない。弱い生き物だからこそ、より快適に生きられるよう発展と進化を遂げたのだ。捕食側だからと優雅に構えていては衰退していく一方である。
だから帝麗は、鳥の中でも機械に強く会社経営もこなす露洸に弟子入りを願い出た。
強さこそが絶対という考えは数百年前から変わらず里に根付いている。消えることはまず無いだろう。現在の長老や五羽貴が総入れ替えするくらいの事態でも発生しなければ。
だが露洸はそんな里の中で、人間を屠るだけで満足してはならないと行動を起こした最初の鳥だ。誰よりも先に一族の危機を察し、人里で機械と経営について学び、その美貌と知識でもって多くの人脈を培ってきた。今では建設会社を経営し、里のインフラ整備に最も貢献するまでに至っている。露洸が居なければ深い森の奥でインターネットが快適に使える筈も無いのである。
「古き良き鳥の生き方を大事にしつつも、時代に応じて柔軟に対応できる鳥。そんな鳥が増えなければ鸞一族は終わり。鳥の数が増えたって烏合の衆もいいところ。私はそう思ってる」
規律や統制のとれていない集団などあっても意味は無い。
全員でなくてもいい。幹部の中で一定数、強さだけが全てではないという価値観を持つ鳥が居るだけでいい。その鳥だけが客観的に事態を見据え、一族の暴走を止めることができるだろう。
臨機応変に生きることができなかった類の妖は滅びていった。有益な助言を余計な口出しと判断し、優秀な同胞を始末してしまったが故に滅亡まで秒読みとなった他の一族を露洸は、露洸の弟子達は知っている。
露洸の後を継ぐとまでは考えていないし、そんな意志があったとしても兄弟子や姉弟子が居る中そんなことを言えるほど恥知らずではない。
ただ、一族の危機を感じている鳥としてできることはある。準備し、武器として扱えるまで勉強し、まずは師である露洸のために貢献する。それが今の帝麗の目標であった。
「帝麗の話を聞いていると、俺達の一族の行く末が不安に思えてくるな」
「その不安を排除するために私や露洸様が居るのよ。私だってずっと学ぶだけの弟子でいる気は無いわ」
いずれは人里で必要な知識を学ぶよう命じられるだろう。そして何らかの功績を残すべく人間を装って生活することとなるだろう。空気の濁った人里で長期間過ごすのは苦行だろうが、餌に困らない環境を巧く活用して乗り越えるしかない。
露洸はそうやって生きてきたのだ。
「ああ、そういえば母さんのこと伝えてなかったわね」
咀嚼した芋羊羹を呑み込むと、野暮用でも思い出したかのように帝麗は母の件を話題に出した。
「母様とは呼ばないんだな」
「様を付ける必要は無いでしょ。罪人なんだから」
「まあどうでもいいな。で、どうした?」
帝牙が先を促すと、帝麗は書面を読み上げるように無感情な声色で敬意を報告した。
「処刑終了後、直ちに華月様の屋敷の裏で火葬。皇華様が焼いてくれたから骨も残らなかったわ」
「焼く前にどこか食ったのか?」
「あんな母親の臓物を喰らったところで得られる恩恵なんて有る訳ないでしょう。浅ましい雌犬になるつもりはさらさら無いわ」
優秀な身内が亡くなった際、心臓などの部位を食べると強くなれるという風習がある。それを知っている帝牙は何となしに尋ねてきたが、帝麗は思いっきり表情を歪めながら否定した。
罪人、それも修行を一切せずに実父の血と弟子が狩ってきた人肉だけで凌いできた鳥の臓物なんぞ食べたところで何の足しにもならないだろう。低俗な母から生まれたというだけでも苦痛なのに、何故その肉を口にしなければならないのか。
妹の態度に苦笑しながら、帝牙は小さく謝罪する。
「お前が引き摺ってなくて良かったよ。色々と安心した」
母には無関心だったが、帝牙はいつだって双子の帝麗を案じている。
母のことをしつこく訊いたために皇華を怒らせた時も、帝牙は父と同じく土下座して謝ってくれた。
表に出にくいだけで、妹を思いやる気持ちに溢れているのを帝麗は十分理解している。
「兄様。今度一緒に実家に帰省したら、父様に面白い話を聞かせていただきましょうよ」
「面白い話?」
「華月様が仰っていたのだけど。元服前の父様、皇華様のことが大嫌いだったらしいの。反抗期っていうのかしら」
「え? あの父様が? 嘘だろう?」
「華月様が自信満々だったから間違いないわよ。皇華様はあまり子育てに関わってなかったとか仰っていたわ」
「そりゃ興味深いな。是非ともお聞かせ願いたい」
二人が知る父・帝一は礼儀正しく、皇華と今は亡き母を敬う立派な壱の幹部だ。糞真面目だったとは聞いているが、若い頃は反抗期だったなんて話、一度だって耳にしたことは無い。
それだけに帝牙も驚きを隠せない。
「実家に帰る楽しみが増えたな、帝麗」
「そうね、兄様」
二人は顔を見合わせてくすくす笑う。
元服を迎えたといってもまだまだ若い、三十路になったばかりの雛鳥。今は新しい環境に早く慣れ、師匠の教えをひたすら吸収するのみ。
鸞一族の行く末は、現在を生きる鳥にかかっている。
完
人喰い鳥は静かに紡ぐ 音ヶ原 露子 @otogawara
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