最終羽 川の流れの最果てへ

 あろうことか、シロはご神木の幹へ体当たりをした。その衝撃でご神木は揺さぶられ、枝に積もっていた雪が崩落してマタギを襲う!

「......しまった!!」

 雪の崩落に気付くも時すでに遅し。マタギは逃げることも叶わず、大量の雪に埋もれてしまった。

「いったぁい......」

 全身全霊を込めて体当たりをしたシロの頭には、大きなこぶが出来ていた。その様子はあまりにも痛ましい。

「無茶しやがって、このバカ兎!」

 シロの無鉄砲な行動に、クロガネは肝を冷やした。故事には、兎が切り株に頭をぶつけて死んだという話もあるくらいだ。つまり、彼女の行動はまさにだったのだ。

「だって、クロガネさんを助けたかったんだもん......」

 愛というのは、時に無謀な行動を促すことがある。シロの場合、今回の行動がまさにそれだ。

「まぁ、私に万が一のことがあっても、クロガネさんの食料くらいにはなりますよ?」

 そんな冗談でさえ、シロは豪放ごうほう磊落らいらくに言い放つ。この兎、臆病なのか豪胆なのか分かりかねる。

「冗談言うな! シロに万が一の事なんて、考えたくもねぇ!!」

 ぞんざいな返事をするクロガネだが、その瞳はどことなくうるんでいる。最愛の人物の非業の死など、誰が望むであろうか。

「冗談ですよぉ? そもそも、私はこの足で逃げ切りますけどね!」

 心配ない、シロの表情はそう言いたげだ。

「それはともかく、そのうち仲間がマタギを探しに来るかもしれねぇ。ここに長居は無用だ!」

 ここは神社。他の参拝者がマタギを見つけるのは時間の問題だ。そういう意味でクロガネの判断は賢明といえる。

「確かにそうですね。クロガネさん、行きましょ!」

 そういうと、シロは一目散に走り出す。

「おい、待てよぉ!」

 クロガネもそれに続いた。

 ――二人は神社から遠く離れて、雑木林の獣道を歩いていた。

「この山にはもういられないな。さぁて、オレ達はどこへ行こうか?」

 マタギをはじめ、里の人間からはお尋ね者となってしまったクロガネ。故郷を離れる名残惜しさはあっても、ここを出なければ命の保証はない。彼の表情には、何とも言えない憂いがある。

「でもこれって、絶好の機会だと思いませんか?」

 クロガネの憂いをよそに、シロは嬉々としている。

「どうしてだよ?」

 この先を憂いているクロガネに、彼女の真意は理解しかねた。

「だって、新しい世界を見られるかもしれないんですよ!? それって、素敵じゃありません?」

 シロの空想は広がる。彼女は、それだけ好奇心旺盛なのだろう。

「新しい世界ねぇ......」

 クロガネはそのような気分になれない。新しい世界に、自分の食料があることは保証されていないのだから。

「......そうだ! せっかくだから川の最果てを見に行きましょう! きっと、大きな湖があるはずです!!」

 シロは、温泉での話を思い出した。川の最果てに対して、彼女はよほど興味をそそられるらしい。

「......馬鹿らしい。どうせ、蟻地獄だろうよぉ?」

 シロの言葉に対して、クロガネは依然として考えを変えていない様子だった。

「この論争は、実際にこの目で確かめないことには終わりませんね? つまり、百聞は一見に如かず!!」

 シロは俄然やる気が出たようだ。

「仕方ねぇ......その旅、付き合ってやるよ?」

 クロガネも、旅自体はまんざらでもない様子。

「本当ですか!? やったぁ!!」

 シロは喜びのあまり、クロガネの周囲を走り回ってしまう。それを見たクロガネは目を回す。

「湖もそうですけど、まずは美味しい草をたくさん食べチモりたいです!」

 話をしているだけでも、シロの口はよだれで満たされている。

「そうだなぁ......もし湖があったら、魚がいっぱいいるかもなぁ?」

 クロガネも、川の最果てにはどことなく期待している。

『行こう! 川の最果てへ!!』

 二人の心は同じ方向に向いている。これから先も、二人の恋時には様々な困難が待ち受けているだろう。しかし、愛があればきっと大丈夫。困難を乗り越える度、絆は強くなっていくのだから。それはさながら、......。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白と黒をつむぐ みそささぎ @misosazame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ