第9羽 因縁の対決

「私は負けませんよ!」

 シロはマタギと刺し違えるつもりなのだと、クロガネは直感した。マタギもまた、シロを捕獲する腹積もりのようだ。

「狼と兎? どういう経緯いきさつかは分からねぇが、むしろ都合がいい!」

 マタギからすれば、害獣討伐のついでに獲物も捕獲できる。彼にとって、一挙両得であることこの上ない。

「見た限りじゃ、ヤツは武器を構えていない。今ならまだ逃げ切れるかもしれねぇ!」

 クロガネの推測は正しかった。マタギとの間合いは近間であるが、幸いにして槍を持ち合わせていない。仮にマタギが火縄銃を構えたところで、その頃に二人は遠間を確保できる。つまり、今は逃げ一択というわけだ!

「クロガネさんを傷つけた人を、私は許せません!」

 しかしシロはマタギに怒り心頭。クロガネへの愛ゆえに、彼女は冷静さを失ってしまっている。

「あのバカ兎っ!!」

 クロガネはやむなくシロの眼前に立ち、マタギを威嚇する。彼は鬼の形相でマタギを睨み返す。

「......不本意だが、仕方ねぇ!」

 クロガネの威嚇を前に、マタギは懐からを取り出す。両者の間合いからすれば、接近戦に対応できそうな小刀を用いる他に選択肢はない。マタギはナガサの切っ先をクロガネへ向けて牽制する。

「あわわわ......」

 マタギの気迫にシロは怖気おじけづき、膝の震えを抑えられない。

「言わんこっちゃねぇな......シロ、お前は下がってろ」

 シロの強がりに呆れつつも、クロガネは彼女を避難させようとしている。

「いいえ......私も闘います! クロガネさん一人に――」

 シロの言葉を待たず、クロガネがそれを遮る。

「いいから! 命の恩人を死なせはしねぇ!」

 クロガネの直情的な愛を感じ、シロは後退することにした。

「クロガネさん、健闘を祈ります!」

 シロは彼を鼓舞する。クロガネは静かに首を縦に振った。

「......さぁ、決着をつけようか!」

 クロガネは自身を奮い立たせる。クロガネとマタギの闘いの火ぶたが、今ここに切られた!

 両者は睨み合いながら、じりじりと間合いを詰めていく。クロガネは小幅に歩みを進め、マタギはり足で少しずつ間を縮める。そうして、緊迫した空気がいつしか周囲を支配してしまった。その様子をシロは固唾を飲んで見守る。

 両者の間合いは極限まで詰まり、やがて膠着状態に入ってしまう。ここから先は、不用意に動いた方の負けだ。これは抜き差しならない。

それを悟ったマタギの額からは、とめどない汗がしたたり落ちている。そして、クロガネも緊張の糸が切れないようにマタギを睨み返している。彼の精神的重圧は計り知れないものがある。

 両者が睨み合う間、その空間には永遠にも思える時が流れた。そんな時、シロはふと上を見上げる。彼女はあることに気付く。二人は間を詰めているうちに、いつしかご神木の真下へ来てしまったという事実に。そして、ご神木には大量の雪が積もっている。これらの条件が意味するものとは。

「......クロガネさん、下がって!」

 シロはクロガネに呼びかける。

「無理言うな! こんな状況で下がれるわけねぇだろ!」

 クロガネの言い分は尤もだ。シロは、言うまでもなくそれを承知している。

「いいから、とにかく下がって!」

そこでシロは、上方へ目配せしながらクロガネに合図を送る。

「お、おぅ......」

 彼女の意図をどことなく察したクロガネは、一目散に後退する。

「......逃がすかっ!!」

 マタギはすかさずクロガネを追いかけようとする。クロガネの後退と同時に、なんとシロはご神木の幹へ体当たりをした!

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