書類の上では貴方が当選されました
@HasumiChouji
書類の上では貴方が当選されました
「我々も色々と調べてみたんですが……1960年代に行なわれた東京都知事選で『戸籍上では死んでいた』事になっている人物が立候補した事が有りまして……」
「え……えっと……興味深いお話ですが……私に何の関係が有るのでしょうか?」
渡された名刺に書かれているのが本当なら、その初老の男性は、東北の某県の県庁の職員で……どうやら、一般企業で云うなら部長クラスか、さらにその上ぐらいらしい。
「当時の公職選挙法では『死んだ他人のフリをして立候補する』と云うのを罰する規定が無く、かなり無理筋の法解釈でその人物を逮捕し、その人物への投票は無効票としたは良いのですが……結局、その人物がどこの誰だったのか、最後まで判らなかったそうなんですよ」
「は……はぁ……えっと、それで……その……?」
「ちょっと想像していただけませんか? この『死んでる筈の東京都知事候補』は、選挙管理委員会が本籍地に問合せたら死亡していたからこそ、何かおかしいと判った訳でして……仮に、生きている人間の戸籍を乗っ取って、立候補していたなら……何が起きると思いますか?」
「いや、そりゃ、住所とかを調べれば……」
「そこに問題が有りまして……」
「へっ?」
「引っ越す際に異動するのは、戸籍でしょうか?」
「い……いえ、高校も大学も勤め先も実家から通える所だったので、詳しくは……」
「引っ越す際に異動するのは住民票です。戸籍が存在する事は、その人が日本国籍を持ってる証明にはなっても……戸籍には現住所との紐付けは基本的に有りません」
「え……えっと、そうなのですか?」
「ええ、なので戦後になって誰がどこに住んでいるかを把握する為に住民票と云う制度が出来たのです」
「は……はあ、ですが……その……私と何の関係が……」
「はい。K県L郡Q町に本籍が有る
「え? あ……たしかに私と出身地が同じで、同姓同名ですが……この辺りは『中馬』って名字は多くて、小中学校では1クラスに3〜4人ぐらいは居ましたんで……この町出身で、私と同姓同名の人ぐらい居るでしょ」
「いえ、新しい県知事の本籍地の住所はここです。この家が有る場所です」
「はぁっ?」
「ちなみに、新しい県知事の生年月日は……」
告げられた日付は……俺が生まれた日だった。
「い……いや……ちょっと待って下さい」
「そして、我が県の選挙管理委員会が、本籍地であるこちらの町役場に確認した所、中馬光宙県知事候補の戸籍は存在しました」
「そりゃ、存在するでしょ。私の戸籍なんだから」
「それが……その戸籍が、貴方の戸籍か亡くなった中馬光宙候補の戸籍かを確認する
「な……亡くなった?」
「はい、当選が決った翌日の晩に、選挙事務所の人達と祝宴を上げた帰りに、交通事故で」
「え……えっと……じゃあ、次の人を繰り上げ当選……」
「でも、中馬光宙さんは生きています」
「い……いや……だから、その……何がどうなって……?」
「ま……オフレコの話にしていただきたいんですが……ちょっと我が県内で、県知事選に泡沫候補まで入れて40人ぐらいの候補が立つほどのゴタゴタが有りまして……まぁ、ぶっちゃけ、有力候補の1人だった中山
「でも、俺は……その県知事だか当選したまま死んじゃった候補だかとは別人ですよ」
「いえ、書類上は貴方です」
「俺が住んでるのは、ここですよ」
「いえ、住民票は、我が県に異動されていました」
「んな馬鹿な。俺は、仕事でも旅行でも名古屋より北に行った記憶は……」
「でも、書類上は、貴方の現住所は我が県の県内です」
「もう訳が判んないんですが、つまりは、俺に何をしろと?」
「週明けから県知事としての仕事が始まります。すぐに準備をお願いします」
「そんな馬鹿な」
「でも、書類上は貴方が県知事です」
「じゃあ、一体全体、死んだのは誰ですか?」
「だから、1960年代の『死んでた筈の東京都知事候補』の話をしたんです。あの人物も、結局は最後まで、どこの誰か判らなかった」
「えっ?」
「ウチの県の県警は被害者不詳のまま捜査を進めていますが……今のところ、交通事故ないしは交通事故に見せ掛けた殺人事件の被害者の身元特定は……望み薄だそうです」
書類の上では貴方が当選されました @HasumiChouji
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