第9話 真相の行末

『はあ、逃げられてしまうかもしれないから、私は先に行くからっ!』と言って、明石は廊下を飛び出して行った。


 未來先生は独り言のように「さてと、行きましょうか」と呟いてから立ち上がった。


「待ってください——未來先生」

「どうしたのー?」と未來先生はにっこりと笑みを浮かべている。


「先生は、初めから誰が犯人だなんてことはわかっていましたよね?なぜわざわざ俺たちに犯人を見つけて欲しかったのか、その理由を教えてくれませんか」


「あら、気がついていたの?」

「あっさりと認めるんですね」

「だってもう隠すことでもないからねー。どうしてわかったの?」

「最後にあれだけ山田先生が犯人であることに思考を誘導されたら、流石に誰だって気が付きますよ」


「ふふふ」と未來先生は意味深に笑った。


「それで、なぜわざわざまわりくどいことをしたんですか?俺たちに推理なんてさせて何がしたかったんですか?俺にはそれがわからないんですよ」


「うーん、内緒って言ったら怒る?」

「やましい理由ってことですか」

「違いますー!」

「じゃあ、教えてください」

「はあ……わかりました。説明します。でも、歩きながら話さない?」と未來先生はメガネを外してから言った。そしてリスのような瞳がじっと俺を見た。

「わかりました。行きましょうか、明石がこれ以上余計なことしていないかも怪しいので」


「ふふふ、そうね」


 未來先生はどこかおどけたような声でそう言った。


 

 すでに20時も過ぎており、夜の校舎に生徒たちの姿はなかった。

 俺と未來先生の足音が、こつんこつんと少し薄暗い廊下に反響していた。


 未來先生は静かに口を開いた。


「三木ネネちゃん……彼女、大学のサークルの後輩なの。結構、ネネちゃんのこと好きなんだよね、私」

「だから、距離感が近かったんですね」

「うーん、まあそういうことかな。だから、やめて欲しかったんだよね」

「……」


 まさか学校を辞て欲しかったわけではないよな……?

 そうなると、『辞める』ではなくて『止める』ということか。

 しかし何を止めて欲しいんだ?


 三木ネネ……校長の秘書。

 校長と不倫の噂のある人物。


 あ、そうか。

 もしかして、噂のことか?


「藍沢くんは、もうわかったでしょ?」

「なるほど、噂は本当だったんですね」

「まあねー。火のない所に煙はたたないと言うからねー」

「でも、それと今回の件とどういう関係があるんですか?」


「それは簡単なことよ」

「何ですか?」


「だってさ、あの性格の紫苑さんのことよ。校内で噂になっていることを本人たちに直接ぶつけてくれるって思ったのよ。そうしたら嫌でもわかるでしょ。自分たちが校内で噂になっているんだなってことくらい。そうしたら、少なくともやめてくれるかなーって思ったの」


「まあ、確かに未來先生の思惑通りに明石は振る舞ったというわけですか」

「ふふ、だから笑っちゃったわよー。うまくいき過ぎて」

「それで……未來先生はどう思いますか?二人は止めると思いますか?」 


 未來先生が立ち止まった。

 リスのような瞳は、とっくに暗くなった窓の外へと向けられた。

 果たして窓の外の何を見ようとしているのだろうか。


「……さあ、どうかしらね。でもネネちゃんには幸せになって欲しいかなって思うなー」


 未來先生は独り言のように呟いた。

 


 後日談。

 どうやら山田先生はストレス発散のために学校のお金を横領していたらしい。

 

 なんでも奥さんと別居し始めた2年前からストレスを抱え込むことが多くなったそうだ。そんな時にオンラインカジノでお金を使うことでストレスを発散するのが日課になったのだという。


 もちろん、初めは自分のお金で遊んでいたらしい。しかし負けるようになってからは、自分のお金だけでは賄いきれなくなったのだという。


 気がついたら借金が膨れ上がっていた。そして、ついには首が回らなくなってしまい学校のお金に手を出していたようだ。


 大人というのはよくわからん。

 高々惚れた腫れたのことで、ストレスなどを抱えるものなのだろうか。


 いや、俺も数ヶ月前、取り返しのつかないことをしたのだった。


 隣を歩いていた玲がいつの間にか立ち止まっていた。

 

「……どうした?」

「最近、ゆうくん忙しそうだよね」


 何かを思案していたのだろう。数秒ほどしてから口が動いた。

 玲の質問の意図がわからなかった。


 でも、これだけは言える。

 決して忙しくなんてしていない。


「え?そんなことないけど」

「ほら、だってミステリ研究会だっけ?よく顔を出しているみたいだから……」

「まあ、一応同好会とはいえ一員だからな」

「ふーん、意外とゆうくんは律儀なんだね」

「……そうかもしれない」

「ねえ、ゆうくん?」

「何……?」

「紫苑ちゃんと仲良くしてもいいけど、一線超えたら許さないからね?」


 玲は微笑んでいるはずなのに、どこか瞳が濁っているように見えた。

 だから俺はこう答えることしかできなかった。


「……ああ、わかっている」

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(自称)美少女探偵明石紫苑の華麗なる推理 渡月鏡花 @togetsu_kyouka

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