解決編—立花子息誘拐事件

 雨と啓二は山の中に足を踏み入れる。

 剥き出しになった粘土質の地面が緩やかに靴底を沈めた。


「おい雨。何でこんな山奥に来たんだ。ここは待ち合わせ場所じゃないぞ」

「分かってますよ。ちょっと調べものです」

「調べもの? また能力か」

「まぁ。おっ!? ちょうどこの辺りか」


 雨は山奥のある場所にやって来るとしゃがみ込んだ。

 そこには土があるだけ。しかし啓二が顔を覗かせると、訝しげな顔をした。


「何だこれは。明らかに真新しく埋められた跡があるぞ」

「やっぱりここか。そうだよな。そうか……」

「なにか判ったのか?」

「まぁな。そろそろ戻ろうか」


 雨は立ち上がり山から下山を図る。

 しかし啓二にはさっぱりだった。それどころか、「掘り起こさないでいいのか?」と尋ねるまでだ。

 しかし雨はそれを拒否。「事件が解決してからの方がいい」と言い返した。


「ほんとっ。あいつには何が見えてるんだ」


 啓二は頭を掻く。

 しかし雨はそんな啓二に何も言い返すことなく。ただ鬱屈した空気から逃れたいと願いばかりだった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 もう一度、今度は違う山にやって来た雨たち。

 山の中腹の開けた場所。そこにはすでに男の人が一人いた。

 しっかりとしたスーツを着ており、身なりを整えていることから明らかに普通ではない。


「ん? やっと来ましたか」

「すみません、お待たせしてしまったみたいで」

「いや構わない。だが私をここに呼んだ理由は聞かせてもらえるかな」

「そうだぞ雨。何でこの人を……」


 雨は疑われていた。

 しかしそれも仕方ない。啓二がそう言うのは、雨に頼まれ呼んだのは今回の事件の被害者だった。


「立花理格さん。貴方が立花理柚を誘拐及び殺人の犯人ですね」

「雨!」


 啓二は雨の肩を掴んだ。

 しかしそう思うのも無理ない。失礼な行為だからだ。

 そもそも何故被害者の遺族が誘拐を、ましてや殺人何て突飛な考えに至る。そんなもの、不思議で仕方ない。


「何を言い出すのかと思えば、こんな時間にこんな誰もいない場所に呼んだのはそのためか」

「そのためですよ。それにしても貴方ほどの時間に忙しい人がこんな場所に護衛もなしに来てくれるなんて、思いもよりませんでしたよ」


 雨は深くお辞儀をする。

 しかし理格はすぐに首を横に振る。だが、謎は残る。雨の突飛な推理には何も論理性が残らない。


「だが、何故私が自分の息子を誘拐してしかも殺めたと決めつけるのか聞いてもいいかな」

「理由はシンプルです。でもこれをやるのは一人では不可能です」

「何が言いたいんだ、雨」


 啓二は尋ねた。

 すると雨は事件の概要をざっくり話した。


「思い出してください。次男の理柚君が誘拐されたのはほんの数分の間。その間に怪しい人物がいないのは明確」

「それは警察が聞き込みを繰り返したが何も出なかったな」

「そう。でも一人だけ、誰にも怪しまれずその場から理柚君を連れだすことができた」

「母親か!」

「そうです。これは理格さん、それから立花美里さんの二人で行った事件なんですよ」


 それから雨はことごとく証拠品を突きつけていった。

 母親が連れ出して次男を誘拐と見せかけて殺し、それはわざと警察に通報することで自分たちを操作の蚊帳の外にする。

 人間の思考を上手く逆手に取った犯行で、倫理観を捨てなければこの発想に至るには相当の時間を労しただろう。


「じゃあさっきの山の中にあったのは」

「あそこに埋められているんです。しかも石灰を撒かれていた。意味が解りますよね?」


 白骨を速めて遺体を隠す。

 黒いやり方だ。それから証拠品も突き付けると、理格はあっさり自供した。

 だが啓二は、


「だが動機はどうなる」

「そんなの簡単です。血縁関係を調べてみてください」


 啓二は雨に言われて理格ろ逮捕すると、すぐに鑑識に回した。

 すると判ったことがある。


 今回の事件で亡くなっていた理柚。

 彼は本当は長男で、イギリスにいるのが次男だと判った。しかも調べるとDNA鑑定の結果、長男は前妻との子であり、次男は今回の共犯で現妻の美里のものだと判った。

 だがどうしてこんなことになったのか。

 それは長男と次男の年齢にある。

 実は殺された長男と次男との間に年齢の差はほとんどなく、殺された長男は前妻斧間に生まれたものだが、年齢的には次男の方が上であった。これは如何言うことか。つまるところ、理格は浮気をしていたことになる。

 しかし先に妊娠したのは次男として扱いを受ける今の子であり、結婚したのは殺された長男。

 遺産相続という壁が今回のような行為に走らせた。全く難儀なものだ。


「本当にくだらない話だよ」

「だが息子は悲惨だな。両親と兄弟を失って」

「いや、そうでもないよ」


 いつもの喫茶店。いつもの席。

 向かい合って座る雨と啓二。そんな中、雨はカプチーノを飲みながら不気味に呟くのだった。


「生き残ったのは確かに長男だった。しかし少し考えてみれば判るだろう」

「何が言いたい?」

「簡単だよ。何でその子供は日本にいないんだ。しかも遠いイギリスの地。二人に渡航の経験はない。つまるところ……」

「おい、まさか!」

「そのまさかだよ」


 啓二は血の気が引いた。

 雨の瞳が揺らめいていた。


「理都君は今の父親との子供じゃない。美里さんとの間に生まれた全く別の父親の生まれた子供だからね」


 

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今も僕は土の中 水定ゆう @mizusadayou

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