今も僕は土の中

水定ゆう

事件編—立花子息誘拐事件

 都内の高校に通う鵜上雨うかみあめは喫茶店に呼び出されていた。

 テーブルにはまだ温かいカプチーノ。対面にはトレンチコートを着た男がいる。


「雨。お前を呼んだのは他でもない」

「どうせいつもの事なんだろ。刑事さん」


 雨が対面しているのは刑事だった。

 名前は本望啓二ほんぼうけいじ。この仕事をするために与えられた名前のようだった。それに担ってか、啓二は刑事として優秀。過去には体当たりで挑んだある麻薬密売組織を拳銃も持たずに対峙し、殲滅したほどの腕を持つ。

 しかしそんな彼に待っていたのは難事件だった。そこで出会ったのが彼、鵜上雨だった。突然のことだったが、その特殊能力により事件を解決に導くまさにサイキック探偵。この国では信じられていない、特別なものだった。


「まさか俺の能力を信じるなんてね」

「人の持つ能力は使いようだ。それにお前は頭もいい。その能力とやらには信用していないが、お前自身のポテンシャルには少しは賭ける価値がある」

「そうかい。でもまぁいいよ。それより事件の内容は?」

「これを見てくれ」


 啓二は雨に資料を見せた。

 クリアファイルに入っていたのは三枚で一束になった紙。そこにはびっしりと事件の内容が記載されている。


「この分厚いフォントは……誘拐か?」

「そうだ。誘拐されたのは立花理柚たちばなりゆ、五歳。最後に姿を確認したのは姿を消す五分前まで遊んでいた公園だ」

「つまり公園で遊んでいた際、少し目を離した間に姿を消したというわけか。かなりミステリーだな」


 雨は唇に手を当てて考えていた。

 面白い。そうは思わないが、人の目を一瞬背ける何かがあったんだろうか。


「その公園はこの近くか?」

「そう思っていた。表に車を停めてある」


 それを聞いてにやける。

 雨は啓二の運転するボックスタイプの車に乗車して、事件のあった公園に向かった。その間に、渡された資料から気になる点をピックアップしていた。


 ・立花家は立花理格たちばなりかくからなる商業で栄え、今では政治家にまでなっている。

 ・家族構成は父:立花理格、母:立花美里(旧姓:布瀬美里)、長男:立花理都、次男:立花理柚(今回の誘拐対象)

 ・長男:立花理都は前妻(立花美玖)との間の子

 ・立花美里は前妻が死亡してから三か月後に結婚

 ・長男:立花理都は現在イギリス在住

 ・遺産相続権は長男に有り


 なるほど。かなりどろどろだ。

 しかし問題はこの立花美里、もとい旧姓布瀬美里の存在にある。雨はそれを睨むと同時に、気が付くと例の事件現場に着いていた。


「ここだ」

「ここか。至って普通だね」


 そこは何ってことない芝の公園。

 今は警察が張り込みをして情報収集をしている中、そこに一人の女性の姿がある。


「あの人……」

「おい、雨!」


 雨は気にせず公園に立ち入る。

 その顔を見ただけで察した。彼女こそが、


「すみません、立花美里さんですよね」

「は、はい?」


 やっぱり立花美里だった。

 美里は困惑した顔をして、そんな中でも雨は気にせず話をし始めた。


「俺は鵜上です。立花さんですよね?」

「は、はい。確かに私は立花ですが……」


 如何やら合っているようだ。

 しかし啓二は雨の態度に愕然とした。


「おい、雨!」

「失礼ですが、少し聞きたいことがあるんです。構いませんか」

「えっ、あ、あのー」


 困惑する美里に啓二は溜息交じりに、仕方なく手帳見せた。

 すると美里は目を見開くと、雨の質問に答える。


「早速ですが、大変でしたね。大丈夫ですか、息子さんが誘拐されてしまって」

「おい、雨!」

「失礼ですが、息子さんは……」


 美里は顔色を悪くした。やっぱり言いたくないことか。だけど今のは本意だ。

 雨は微妙な意識の変化に気が付いた。しかしこれは白だ。ポイントはそこではない。

 だったら……


「長男さんは、如何ですか? 弟さんが誘拐されてしまって……」

「大丈夫です! 何なんですか貴方は」

「すみません。じゃあ最後の質問です」


 今の反応はだいぶ黒い。

 だけどそれで大体は分かった。頭の中に流れ込んできたのは、どろどろとした空気。波のように押し寄せる。

 これが最後の質問。


「長男は今何処にいるんですか!」

「イギリスにいますよ。あの子は……」


 流れ込むのは重たくて酷い波の流れだった。

 だけどその瞬間、雨は全て分かった。繋がりのない質問が答えを導く。


「啓二さん、分かりましたよ。理柚くんの居場所」

「本当か!」

「はい。でも、一人呼んでほしい人がいるんです」

「呼んでほしい人?」

「犯人ですよ。行きましょっか」


 雨は啓二の車に乗り込むと、ある場所を指示した。

 そこに呼んだのはもう一人。この事件の首謀者だった。

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