第15話 悪意の影

 私にとってこの世界は束の間の安息の地だった。だけどそれはもう終わりを告げてしまった。様々な悪意に翻弄されて、私は先輩と引き離されてしまった。それだけならまだよかった。彼は東雲と敵対する道を選んだ。はっきり言って東雲がどうなろうが私にはどうでもいい。


『茶々くん。では報告してくれないかな?異世界における魔王討伐の現況をね』


 異世界では役に立たないはずのスマホから男の声が響いている。私の前に今、地球と繋がるゲートが開いていた。そこから電波が届いている。ここをくぐれば地球に帰還することが出来る。私は小野先輩の願いに嘘をついていた。私は地球への帰還方法を知っている。そのための手段を持っている。だけどそれを隠し続けていた。聖都と呼ばれる都市でなら龍脈の魔力を使って地球とのゲートを開ける。私はそれをこの世界に召喚される前から事前に通話先の男から聞かされていた。


「魔王ならもう死にましたよ。異世界における召喚された勇者たちの物語はもう終わりました。めでたしめでたしです」


『ふむ?随分早いな。魔王城は幾重もの罠と障壁によって囲まれる難攻不落の城のはずなのだが…。それを解除するために四人の勇者と、それを束ねる大勇者たちが世界各地を冒険する必要があったはずなのだが…。なにがあった?』


「…優秀な人が参謀だったんです。それで魔王を奇襲する作戦を立てて実行。魔王城ドカーン。めでたしめでたしです」


 すべては先輩の采配だった。魔王も勇者も彼の掌の上だった。彼はこの異世界で淡々と仕事をこなして、世界を救ってしまった。なんのチートもないのに。


『…まあいい。では我々の構想は第二フェーズに突入となる。君の婚約者の東雲くんを戦乱の世の中で王に育て上げる。わかってるよね?』


「ええ。わかってますよ。他の三人の勇者を排除し、さらには大勇者を殺して、勇者東雲をこの世界の王にする。それがわたしの仕事です」


 そう。それがわたしに与えられたミッションだった。すべては異世界に来る前から仕組まれていた。戦乱の発生を小野先輩が言い当てたときは、私たちの組織の構想が漏れたのかと疑ってしまった。


『世界際絶対君主制の樹立。すべての世界を救う偉大なる構想だ。君はその構想の遂行者としての使命を果たしたまえ』


「一つ聞きたいのですが、なぜ東雲なんかを王にするんですか?」


『王は神輿だ。軽い方が良いだろう』


「そんな阿呆に地球を含めたすべての世界を統治させるなんて狂気の沙汰ですね」


『だがやるしかない。我々が欲するのは絶対的な平和だ。そのための絶対君主。だがそれは我々に制御できる存在でなければならない。王はバカでないと困るのだ。でないと我々テクノクラートは世界を効率よく統治できないからね』


 組織の理念はよく理解している。そしてその恐ろしさも。だけど手段だけはどうにも納得し難いものを感じる。私にはこの構想が上手くいくビジョンがどうしても見えない。


『王は酒と女で享楽に耽ってくれていればよい。君という王妃を通して我々が統治権を握っていればよいのだ。そのための術式はすべて用意してある。これは人類誕生以来の悲願だ』


 組織は人類が地球に現れて以来ずっと活動をしてきたらしい。彼らの力は圧倒的だ。私如きでは手も足も出ない。


『君が東雲に好意を抱いていないことは把握している。だがそれでも君には王に番ってもらわなければならない。でなければ君の大切な母上は』


「やめてください!!母に手を出さないで!ちゃんとやりきります!だから。だから。お願いだから母にだけは…」


 私は母の命を彼らに握られている。妹の初江はそれを知らない。隠し通さなきゃいけない。だってすべては私が過ちを犯してしまったから。そのせいだから。


『我々はあくまでもイデオロギーの実現だけが目的だ。君がちゃんと仕事をすれば報酬は与える。名誉も授ける。大事な者だって返してやろう。だからくれぐれも変な気を起こすことだけはやめてくれたまえ。事態が我々のコントロールから逸脱することだけはくれぐれも気を付けて欲しい』


「ええ。わかってますよ。東雲は私のコントロール下にあります。あとは天下を統一させるだけです」


『わかっているならばよい。では任務に戻り給え』


 それで通話は切れてしまった。東雲は組織が用意した王の器を持つデザイナーズベイビー。私はそれにあてがわれる妃。そして私が組織の理念でもって東雲をコントロールし全ての世界を安らかに統治する。なんて馬鹿げた計画なんだろう。だけどその狂った夢に私はもうどっぷりと浸かっている。後戻りはできない。


「先輩…私は…」


 頭を抱えたって誰も助けてくれない。もう先輩は傍にいない。初めてした口づけの思い出だけしかもうない。せめて計画が果たされた後の世界でも先輩が生きてくれているのなら。私は。私は…。























 俺の目の前で三人の女がメンチを切り合っている。


「敬え!わたしがハルトキの最初の女だ!」


 マリソルがなんかクッソどうでもいいことでマウントを取り出した。ウェリントンと初江はそれを聞いてむきーとキレだす。


「だからなんですか!?最初の女?!糟糠の妻気取りですか?!あん?私はあなたよりもずっと前から大統領に仕えているんですよ!心の繋がりってやつがあるんです!」


「むしろあなたたちが私をうやまってくださいよ!私なんかせんぱいを地球時代から知ってるんですよ!先に私が好きになったんです!」


 ぎゃーぎゃーと姦しいことこの上ない。俺はぱんぱんと手を叩いて三人の喧嘩を止める。


「そういうのは帰ってからにして。今はこの王都からの脱出が最優先なんだからね」


 学校のチーターたちは全員東雲の奴隷にされていたが、俺たちが解放した。そして俺の国への亡命を了承してくれた。問題は思ったよりも騒ぎが大きくなりすぎて、脱出に戸惑っていることなのだ。


「はーい!それならいい案があります!」


 初江が眼鏡を怪しく輝かせて手を上げる。


「郊外の地下に飛行船を隠してあります!全員を収容しても問題ない大きさです!」


「いいアイディアっぽく聞こえるけど、それって東雲の追撃を振り切れるの?王都の軍にはエンシェント級のドラゴンなんかもいるんだよ」


 空中戦で勝てる自信が正直に言って持てない。東雲が勇者パワーで剣からビーム出しまくって墜とされたらたまったもんじゃない。


「くくく。先輩。ドラゴンなんて私の飛行船に比べればただのトカゲですよ」


「東雲は?あいつ剣からビーム出るよ」


「それも大丈夫です。耐えられる自信が私にはあります。ええ。期待してください。わたしたち技術チートの最高傑作をね!」


 初江はにちゃりと笑みを浮かべている。控えめなこの子には珍しい。信頼に値しそうだ。


「わかった。じゃあその飛行船ってやつに期待しようじゃないか」


 俺たちの行動方針は決まった。すぐに技術チーターたちを連れて全軍で王都の郊外に向かった。そして郊外の地下ドックに隠されていた飛行船に俺たちは乗り込んだ。


「煌めけ我が戦船。我らの敵は世界ぞ!慄け人民!泣きわめけくそ勇者!死すべし東雲慈悲はない!エンジン点火!!」


 初江が飛行船のキーを回してエンジンに火を入れた。そして地下のドックの天井が開いて飛行船が外へと飛び立った。


「皆さん掴まっててくださいねぇ!ひゃははは!!」


 なんかハイになってる初江が舵をきる。飛行船は方向転換し、王城に向かって飛んでいく。


「ちょっと待てこら!なんで王城に向かってるんだよ!敵のど真ん中じゃないか?!」


「見ててください先輩!この船の力を!!エネルギーフィールド展開!モード:パイルバンカー展開!」


「「「「「Ja!パイルバンカー展開!!」」」」」


 技術チーターたちは初江の指示の下、操舵室のモニターに向かって必死に向かい、キーボードをひたすら叩いていた。初江は何かぶつぶつ言いながらキーボードを叩いている。


「魔力コア展開エネルギーループ開始ターゲットサイトの誤差修正ネットワーク接続魔導回路階差機関の伝導確認」


 カタカタと音を響かせながらなんかようわからんことを言っている。だけど窓から見える飛行船の船首の先に光り輝く円錐が現れてそれは激しい回転を始めた。まるでドリルみたいだ。


「東雲の存在を確認!ぶちぬけぇえええええええええええ!!」


 初江がそう叫ぶと、飛行船は一気に加速を始める。そして王城の尖塔の上で剣を構える東雲に向かって突っ込んでいく。東雲が剣をその場で振り下ろすと、剣からビームが放たれた。それは俺たちの乗る飛行船に向かって飛んでくる。当たられば間違いなく撃墜される。はずなのに。


「ふはははは!なんでその粗末なびぃいいむはぁ?!先輩の白いびぃいむの方がもっと勢いありましたよ!」


 そしてなんと東雲の放ったビームと飛行船の謎のドリルが正面衝突する。それで飛行船は激しく揺れる。


「しののめぇえええええええ!!ぶっこんでやるぅうううううううううううしねぇえええええええ!!!」


 初江の叫び声がなんとも恐ろしく聞こえた。だがなんと飛行船のドリルが東雲のビームを弾き飛ばしだしたのだ。そして飛行船はそのまま東雲のいる王城へと突っ込んでいき。


「ふぃにっしゅ!」


「「「「「「Ja!拡散!!ふぁいえる!!」」」」」」


 ドリルは東雲に突き刺さりそのまま王城へとのめり込んでいく。そして。ドリルが眩い光を放ち、大爆発を起こした。


「なに?!え?!何今の?!東雲のビーム破ったのかよ?!うそだろ?!」


 俺は驚きを隠せなかった。まさか正面からあのビームを打ち破るとかとんでもないことやりやがった。それどころかドリルの爆発によって王城も大部分が吹き飛んで破壊されてしまった。今飛行船は爆風に乗ってどんどん上空へと登っている。


「くくく、あーははっはあははは!これが技術チートの力だぁ!ゆうしゃっぁ!ざまぁああああああああああ!!!」


 初江さん絶頂を迎えている。だけどモニターをよく見ると王城のがれきの中から東雲がほぼ無傷で這い出てきているのが確認できた。


「ちっしぶとい…まあいいでしょう。東雲。あなたへの報復は私たちの王様に託します。せいぜい首を洗って待っていろぉ。絶対にしにがおおがんでやるからなぁ!あーはははははは!!」


 そして飛行船は俺の国へと舵をきった。こうしてなんとか技術チーターたちの回収に俺は成功したのである。









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木を切るくらいしかできない無能な斧のスキルが、『絶対処刑』の権能に進化しました!圧倒的強者たちをすべて処刑して異世界に君臨します!~斧の覇皇の革命紀~ 園業公起 @muteki_succubus

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