第14話 毒牙の矛先

革命より6か月前




 それは最高指導者会議におけるアクランド子爵の一言から始まった。


「技術者が足りないんだよね。このままだと統治エリアのインフラ整備が追い付かないんだ。思った以上に王様は領土を切り取りすぎたね。まさか勝利したことが結果として政治的リソースに圧迫をかけるとは思わなかったよ。贅沢な悩みと言っていいのか。はてさて」


「大統領の加護で都市開発には補正がかかるのでしょう?それでも技術者の不足を補えないんですか?」


 俺の秘書官であるウェリントンがもっともな疑問を上げてくれた。ちなみにこの子は最近は内政官やるときは男装をやめている。今もタイトスカートに黒のパンストに白いシャツのスタイルで、俺の男心を煽ってくる。いいよね。パンスト越しの美脚ってさ。


「技術者の数に対して補正がかかるからねぇ。数の絶対数がやっぱり必要なんだよ。政治や行政ってのはなんでもかんでもスキルでチートできるわけじゃないんだよ。というわけで王様」


「俺のことは大統領と呼んでくれ」


「ふーん。その呼び名気に入ったみたいだね。くくく。大統領陛下・・。是非とも奏上したい策がございます」


 アクランド子爵は会議の場にいる全員にフォルダを配る。そこには顔写真付きの履歴書のリストが挟んであった。


「これはこの国及び周辺国家の有望な技術者のリストだよ。大統領にはこの人たちのスカウトを頼みたいんだ」


「リストがそろってるなら子爵が行けばいいではないか?わざわざハルトキの手を煩わせるようなことはしてほしくないのだが?」


 俺の隣に座る”王妃”であるマリソルが子爵に対して不満げな視線を向ける。だけど子爵はいつも通り飄々とした涼し気な顔で続ける。


「僕みたいなうさん臭いおっさんよりも、新進気鋭の若いカリスマ君主が言った方が説得力あるでしょ?それに君主自らが技術者をスカウトしてくることが結果的に良い世論を喚起するんだ。どこの国もそうだけど、技術者ってやつは重宝されるけど尊敬はされないものだ。その仕事は国家や社会に絶対に必要なのにやって当然いて当たり前のように杜撰に扱われている。それでも技術者たちは耐えている。その職業的倫理観ゆえにね。だからこそ王様から直接、お前が必要だと囁くんだ。絶対にいちころだよ。技術者たちは雪崩をうってこの国にやってくるだろうさ」


「ほう。なるほど。お前はただの悪徳貴族ではなかったのだな。ハルトキ!行こう!技術者たちを口説きに!」


 マリソルはあっさりと説得されてしまった。だが俺もアクランド子爵の言うことには納得がいっている。俺だって陰の仕事とはいえ世の中に必要なことをしてきたつもりだった。だけどそこには人々からの尊敬も感謝もなかった。その寂しさはわかっているつもりだ。


「わかった。子爵の策を採用する。財務は技術者たちの人件費と説得用の工作費の捻出を頼む。軍部は俺の警護計画の策定をお願いする。各行政部は技術者がくることを前提としてインフラ整備計画と行動予定を策定しておいてくれ。会議は以上。解散」


 俺以外の全員が立って、俺に向かって一礼し部屋からそれぞれ去っていく。部屋には俺とルーレイラだけが残った。


「我が君よ。随分と君主らしくなりましたね。わたくしは誇らしい気持ちでいっぱいですよ。ふふふ」


「いいや。まだまだだ。まだお前は誇らしげ・・・・なだけなんだろう?」


「うふふ。そうですわね。そう。そういう意味ではそうですわね。不思議な気持ちですね。負けたいのに負けられないあなたとの約束。ああ甘美なる誘惑に満ちた王道!」


 ルーレイラは実に楽しそうだ。だけどまだこの女は俺に屈しちゃいない。俺はいつかこいつを屈させてやる。絶対にだ。






 そしてそれからの日々は各地に赴いて技術者や各ギルドとの交渉に当てられた。まだまだ新興の勢力に過ぎず世間から見ればごろつきとさして変わらない俺のところに来たがる技術者はいない。だけどアクランド子爵が言う通り俺が直接出向いてスカウトすることがとても良い影響を生んでいった。顔を合わせた人たちは最初のうちは俺を疑っていたが、最後には笑顔で俺たちの陣営に合流してくれた。さらには好待遇やプライドを満たしてくれるその環境が噂となり、志願してやってくるものたちもやってきた。集まった技術者と俺の加護によって俺の領地のインフラはどんどん整っていき国力も増していった。いずれは王国さえも凌ぐかもしれない。人々の間に希望が見え始めていた。









革命より5か月前




 俺と王妃であるマリソル、ウェリントンは最精鋭の特殊部隊員を連れて、王都のスラム街に潜入していた。とうとう技術者集めの最終段階がやってきた。それは。


「ではブリーフィングを行う。今回の主目的は異世界転移者を確保し俺たちの国へ連れていくこと」


 ようするに技術チート連中の拉致である。この作戦の意義は極めて大きい。敵方の戦力を大きく削り、こちらは戦力アップを果たせる一石二鳥の作戦となる。


「作戦自体はシンプルだ。まず第一段階、チーターたちの説得。これに関しては俺に任せてくれ。次に第二段階。王都でのかく乱作戦と有力貴族の暗殺。最後に第三段階。発声する混乱に乗じて、鉄道の貨物に紛れて王都を脱出。以上だ」


 作戦プラン自体はなんどもシミュレーションした。だからいつも通りやるだけだ。


「各人は配置について作戦開始の合図を待つこと。では諸君。武運を祈る!」


 全員が俺に向かって敬礼した。これより国運をかけた作戦が開始される。これが成功した暁には、俺たちは王国と直接争える勢力になるのだ。気を引き締めないといけない。







 俺は護衛を5人だけ連れて、王都の繁華街のビルの上からある人物を監視していた。


「よしよし。勇者殿はまだまだ遊び足りないようだな」


 我が母校が生んだ勇者東雲が取り巻きたちと馬鹿笑いしながら繁華街を堂々と飲み歩いている。このままのルートで行けばお気に入りの娼館でいつものパーリィーだろう。


「よしよしこの隙に…って嘘だろ?!あれは!?」


 東雲は両脇に女を侍らせていたのだが、その片方は知っている顔だった。長くて艶やかな黒い髪に眼鏡の美少女。後輩サザンカの妹の初江だった。初江は学校の制服の上からフードを被らされている。だけどそこから覗く顔色は今にも泣きそうな悲壮なものだった。そして何よりも痛々しいのは、彼女の首に奴隷拘束用の首輪がつけられていたことだった。


「あのやろう?!なんてことを!!」


 今サザンカは昨日他国に出張したことを情報部が確認している。だからこそこの作戦を実行する気になったわけだけども、まさかサザンカがいない間にその妹を奴隷にするとか東雲は俺が想像さえできないレベルのクズだったらしい。俺はすぐに護衛に命じる。


「作戦変更だ!初江の救出を行う!ついてこい!」


 俺たちはビルを屋根伝いに東雲たちを追いかける。そして目的地の娼館に辿り着いて、すぐに勇者たちよりも建物の中に潜入する。護衛の一人を建物の配電盤に配置し、残りのメンバーを連れて忍び足で娼館内部を進んでいく。勇者の護衛らしき兵士は見つけ次第すぐにサイレンサー付きのライフルで射殺していく。そして東雲がいるであろうお座敷に辿り着く。


「突入準備完了。すぐに電源を落とせ!!」


 無線に向かってそう命令すると、娼館の電源が落ちて真っ暗闇になる。すぐに俺たちはお座敷に内部に突入した。


「な、なんだ!?停電?!でも外のビルは明るいぞ?!ぐぎゃ…」「ざけんな!乳首が見えねえじゃねぇか!うぐぅ…」「まあ見えない中でのおさわりっこもありっちゃありwぎゃふ…」


 暗闇の中で混乱している同じ学校の同級生の男たちを俺たちは暗視装置で狙いをつけて射殺していく。彼からは俺たちの侵入にさえ気づけずに死んでいく。


「ああ!なえるんだよなぁ!こういうの!マジで速く復旧しろよ!くそが!」


 勇者である東雲はまだ暗闇の中に俺たちがいることに気づいていない。一瞬俺は逡巡した。ここで東雲を暗殺できないかと。だが取り巻きたちはともかく勇者は不意打ちとは言えども殺しきれる自信がない。今の装備では一撃与えて、こちらの気配に気づかれてお終いだ。悔しいが東雲は放置して、その隣にいる初江の後ろに俺は立つ。


「え?だれ?だれかいるの?むぐぅ!!」


 初江は後ろに立った俺の気配に気がついて怯えていた。声を出されると困るので、俺は初江の口を後ろからテープで塞ぎ、目隠しをして抱きかかえる。


「んー!んー!んん”-」


 苦しんでいるが今はかまってやれない。勇者と娼婦以外を射殺した俺たちはすぐに部屋から脱出した。そして俺たちはそのまま裏通りに逃げ込んで撤退に成功した。





 スラム街の俺たちの潜入拠点までやってきてから、初江の目隠しと口のテープを取った。


「ひっ!た、助けてせんぱいぃ。こわいよぅ。おねえちゃん…」


 初江はボロボロと涙を流して怯えている。そりゃ周りには黒づくめの戦闘服の男たちばかりなら普通はビビる。俺はマスクを外して、初江に向かって顔を晒す。


「初江。落ち着いて。怖がらせて悪かった。俺だ。久しぶり」


「え?うそ!うそぉ!せんぱい!おのせんぱいぃいいい!!」


 泣き声を上げながら初江は俺の胸に飛び込んできた。大きな声で初江は泣き続けている。俺は優しく頭を撫でてやった。


「せんぱいぃ怖かったようぅ。こわかった。いなくなって寂しかったようぅ。うぇええん」


 そうしてしばらく俺は彼女の背中を撫でてやった。そしてしばらくして彼女を落ち着いた。


「ありがとぅございますせんぱい。私をあの東雲から助けてくれて」


「一体何があった?なんで同じ学校の君が奴隷になんてなってるんだ?」


「あの男。お姉ちゃんが出張していなくなった途端に私たち技術組をみんな奴隷にしたんです!私たちは戦えない役立たずだからほかのことに役立ててやるって!!私たちはずっとみんなのサポートをしてたのに!!ううっ」


 涙ぐみながら初江の言う内容に俺は衝撃を隠しきれなかった。


「嘘だろ…?!あいつはそこまでバカだったのか?!」


「でも私たちは弱いから抵抗できなくて…!東雲は笑ってました!お姉ちゃんを抱く前に私で具合を試してやるって!私のことをまるで玩具みたいにしようとしてた!あんなの人間の笑い方じゃないです!あいつは人間じゃない!!」


 間一髪最悪な状況になる前に俺は間に合ったわけだ。というか思っていた以上に状況が悪い。東雲はサザンカというストッパーがいなくなって酷い暴走をはじめてしまったようだ。


「でもよかった。せんぱいが来てくれた。もうこれで…ぐぅ…かはぁ…」


 初江は胸を抑えて、苦しみ始める。首輪を中心に魔方陣が展開し始めている。


「くそ!殉死の呪いか!?」


 俺はすぐに斧を召喚して、初江の首輪を破壊する。だけど初江の苦しそうな様子はそれだけでは治らなかった。


「がぁ…せ…んぱい…もう…だめ…みたい…です」


「大丈夫だ。俺が何とかする!」


「せん…ぱい…郊外に…飛行船を…隠し…ました…せんぱいのために…作ったん…です…喜んで…くれま…すか…?」


 首輪を外しても呪いは初江を殺そうと暴れている。だけどこの状況は初めてじゃない。俺は初江を抱えて部屋に向かう。そしてベットに初江を押し倒す。


「せ…んぱい?…さいごに…おもいで…くれるの?うれ…しい…」


 あいにく最後にはならないんだよな。俺は初江の唇をやさしく奪う。


「んちゅ…ちゅぷっ…せんぱい…うれし…い…あっ…ん…」


 そして俺は彼女を思い切り強く激しく抱いたのだ。










 そして次の日の朝。


「…せんぱい…」


 俺と初江はベットに二人、裸で寝ころんでいる。


「なに?」


「わたし初めてなのに!なんか想像してたのと違いますぅ!!いやー!私はエッチな子じゃないのにぃ!!」


 初江は布団をかぶって恥ずかしがっている。昨日のプレイを振り返るとまあなかなかアレである。初江はなんか羞恥プレイみたいなのが好きらしい。やってるところを鏡に映してやると顔を真っ赤にしながらも、激しく腰を動かして悦んでいた。


「というかせんぱい慣れてますよね?」


「ま、まあ慣れてます。はい」


「もしかしてお姉ちゃんとですか?」


「いえ、サザンカじゃないです。はい」


「じゃあわたしの方がお姉ちゃんより先だったってことですか?」


 サザンカをこの先抱く予定はないんだけど?


「サザンカとはしてないです」

 

「よしっ!」


 初江は小さくガッツポーズを取っている。この双子の姉妹の確執がよくわかんない。でも異世界に来る前から仲の良かった子を助けることができた。それだけでも今はいいだろう。

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