第13話 大統領誕生

 御縁を俺が処刑した夜は、どんちゃん騒ぎのお祭りになった。やっと仇を取ることができて、村人たちはみんな気持ちに整理がついたらしい。同時に彼らからはどこか高揚感のようなものも感じていた。わかっている。それは俺への期待だ。この村の人々はみんな強者に虐げられてきた経験を持つ。だがその強者の一人が俺の手によってこの世界から消えた。そう。自分たちを虐げる理不尽は倒せると彼らは学んだのだ。戦意の昂揚。俺がそれに火をつけた。その火に薪をくべたのは人々で。その火が俺に権力と暴力の源泉となるのだ。物思いにふける俺は村人たちのお祭りを司令部にある俺の部屋の窓から眺めていた。


「今日は激しすぎだったぞ」


 俺の隣で横になっているマリソルは胸元をシーツで隠しながら上半身を起こした。


「そうかな?」


「ああ。そのくせまだ足りなさそうな顔をしている」


 マリソルはどことなく心配そうに俺を見詰めている。そんな目で見られるのが嫌だった。


「私たちは弱いから。お前に同じ世界の同胞を手にかけさせてしまった」


「別に君たちのせいじゃないよ。俺は自分で決めた。その責任を誰かに渡してやったりしない」


「ハルトキ、苦しいなら苦しいと言ってくれ。お願いだよ。私はお前を愛してる。だから力になりたいんだ」


 マリソルは俺のほうに手を伸ばしてくる。だけど俺はそれを躱して、ベットから降りて服を着る。


「お祭りのほうに行ってくる。君はもう休んでな」


「…そうか…。ハルトキ。もしも。もしも王様をやめたかったら、私には言ってくれ。その時は一緒にどこまでも逃げてやるから」


 その言葉は嬉しかった。だけどその選択肢を選ぶことはもうない。俺はマリソルを残して部屋を出た。





 村の祭りは盛り上がっている。男たちは酒を飲み、女たちは踊り、子供たちははしゃいでいる。俺はそれを少し遠目で見ていた。村人たちは俺を騒ぎの輪の中に誘ってくれたが断った。


「人の営みとは美しいものですわ。そう思いませんこと?」


 ルーレイラがいつの間にか俺のそばにいた。この女は神出鬼没を極めすぎていて、もはやツッコミを入れる気さえしない。


「あれが?あのお祭りが美しい?…俺にはそう思えない。だってあれは…」


「ええ、あれは自らを虐げる強者が死んだことを祝う祭りです。人の死を祝うことを嫌悪するのはもっともです。ですがね。おぞましい行為であるからこそ、それゆえに美しいのです。だってそうでしょう。弱者は強者を妬むものです。妬みは美しくない。ですが彼らは結束して一人の王を奉じて、その王が見事絶対的強者を処刑したのです。彼らは自らの生存欲求を叶えたのです。彼らは自らを虐げる強者という呪いを討ち払った。ゆえにそれを祝う。だから美しい」


「お前が言っているのは、衒学の類だ。何の意味もない言葉だよ」


「うふふ。手厳しいですわね、我が君は。ですがご理解いただけたでしょう?王の責務を。王とは人民を守るもの、導くもの。そう言われています。ですがそんなきれいごとはくそくらえですわ!王とは弱者たちの真摯なる祈りねたみより生まれるのです。この世に公正な分配を齎す為に、リソースを独占する強者を排するために王はいる。強いものが王になるのではありません。弱き者たちの祈りを叶えるものが王になるのです。あなたさまは今日、それを成し遂げました。真の王に生まれ変わった」


「人を処刑するだけで王になるな。裁判官が王様だろうに」


「くくく。自分を卑下なさるのはおやめなさいな。裁判官は心理的に自身を免責しているでしょう。彼らは法により死刑を下すのです。もし法がない状態で、誰かを裁けと裁判官が言われたら、彼らは何もできやしないですよ。法が人の心を免責するのです。王は違います。自らの心の道徳のみで他者を裁くことのできる権威を持つのですからね。苦しいでしょう。我が君。ですがそれはあなたさまが只人から王者に生まれ変わる破瓜の痛みですよ。すぐになれます」


 ルーレイラは俺のほほを優しくなでる。目の前に彼女の美しい顔が見える。妖艶でありながら清楚。矛盾した美しい女。俺はその色香に惑わされて、彼女にキスをする。


「…ちゅ…ああ、素敵ですね。これが接吻ですか。素晴らしいですわ!」


 俺の胸元にルーレイラは体を預ける。これがなんのサインかはわかる。さんざんマリソルを抱いたんだ。今からルーレイラをベットに押し倒しても彼女は嫌だと言わないだろう。そう嫌だと言わない。もちろん女の子だから、いいよとも言わない。


「我が君よ。どうしたのですか?何をお考えで?」


「まだ俺は半人前の王様なんだなって思ったんだ。ルーレイラ。俺は君に命じることができるだろう。抱かせろと」


「ええ、王者の特権でしょう。すべての女の貞操はあなた様のものです」


 瞳を艶やかに濡らしたルーレイラは俺の暴言を肯定する。だって俺は王様だもの。それが許される。だけどまだ俺は完全な王様じゃあない。

 

「でもお前はきっと死んでも抱いてくださいとは言わないんだろう。そうに決まってる」


「ええ。わたくしにも女のプライドがありますもの。そんなこと口が裂けてもいいませんわ」


「だから言わせたいって思った。ルーレイラ。一つ賭けをしようじゃないか」


 俺はこの女に感謝している。そして同時に逆恨みの感情を持っていることを自覚している。よくも王様にしてくれやがったなと、弱いころの自分が叫んでいるのだ。


「賭けですか?」


「ああ、お前はこの先ずっと俺のそばにいろ。そしていつか俺に泣いて縋って抱いてくださいと俺に言うんだ」


「そんなの賭けになりませんわ。わたくしは絶対にそんなこといいませんもの」


「だからいいだろう。俺がそうお前に言わせたとき、俺は真の王様になれるんだよ」


 他者のプライドさえも存在そのもので押しつぶせてこそ王様。だけど俺はそうなりたくない。だってそれはきっとすごく寂しい存在だから。だからかけようと思う。俺がこの先この女に抱かせろと命じるのか、抱いてくださいとお願いされるのか。どんな王様になるのか、自分自身で自分を見極めようと思う。


「うふふ。そうですか。ええ、かまいませんわ。その賭け乗りましょう!わたくしを真に屈服させてみせるという心意気にわたくしは希望を見出してしまいましたわ!うふふあはは!」


 ルーレイラは狂ったように嗤う。魔女は王を見出して、世界に悪さをしようとしている。だけど俺もまた世界をひっくり返すことにしたのだ。俺たちはお似合いなのかもしれない。
















 興奮した体の熱を冷ましたかった。シャワーを浴びてもいいけど、それよりは泉に飛び込む方がいいと思った。さっきから昂ぶりがひどい。いまのまま部屋に戻ればマリソルが気を失うまで責め立てかねない。なのに。


「きゃ?!誰?!」


 泉には先客がいた。俺はそれにいら立った。この泉は俺がルーレイラによって戴冠された聖なる場所だ。今この瞬間この場にいていいのは俺だけのはずだ。そうおごり高ぶるくらいに、俺は高ぶっている。だからこれから起こることは、目の前にいる女が悪いのだ。


「統領?!どうしてここに?!」


「おまえこそどうしてここにいるんだウェリントン?ここがどういう場所かわかっていないのか?」


 そう。目の前の女はウェリントンだった。俺の副官の可愛い少年だったはずの。豊かな胸に、くっきりとくびれた悩ましい腰の曲線。ウェリントンは俺に体を見られていることを察して、泉の中にしゃがみこんでしまう。頭だけを水面から出して俺のことを伺っている。


「えっと。その。ボクは…お祭りの雰囲気にちょっと馴染めなくて。あの日に死んだ友達を弔いたくて、ここにきて。体を清めたくて水浴びを…あの…ごめんなさい…本当は女だって隠してて」


 幻惑魔法か何かで体の線をごまかしていたのだろう。だがそんなのどうでもいい。俺はいま高ぶっている。


「ウェリントン。不敬だ」


「隠し事してごめんなさい。でもボクは女だってバレたら、みんなに迷惑をかけます。ボクは本当は帝国のこう…」


「聴いてもいないことをぺらぺらと囀るな」


 俺がそういうとウェリントンはびくっと目を見開いた。


「ウェリントン。もう一度言う。今のお前は俺への不敬を働いている。自らの身を振り返れ。王への不敬だ。今のお前は不敬者だよ。改めよ」


 泉のほとりに立っている俺は、ウェリントンにそう命じた。すると彼女は立ち上がった。膝から上が月光に照らされる。とても美しくて愛らしい。そして何よりも…。


「統領。その…ボクも女です。さすがにこれは恥ずかしいです…」


 ウェリントンは腕で胸元を抑えて、股間を隠していた。


「まだわかってないようだ。お前は不敬だよ。ウェリントン。俺の臣下でありながら、俺に隠し事をするのか?曝せよ。お前のすべてを」


 俺は泉に足を入れて、ウェリントンのほうへ歩いていく。そして彼女は顔を赤く染めながら、両手を胸元と股間から離した。


「うう。その。これでいいですか?」


「ああ、いいよ。ウェリントン。上出来だ」


 俺とウェリントンは手を伸ばせば触れ合えるような距離で向かい合う。先に手を伸ばしたのは俺だった。


「あっ…統領…っ」


 ウェリントンの頬を撫でて、親指で彼女の唇に触れる。


「統領。こんなことはおよしになってください。マリソルさんに悪いです」


「ああ、そうだね。お前は悪い子だね。お前は俺に肌を曝した。悪い子だね」


「違います。統領。これは…。ボクは誰にも肌を曝したことなんてなかったのに…。統領が…統領が…あっ…」


 俺は彼女の唇を奪う。これがウェリントンにとってはファーストキスだろう。だけど優しくなんてしてやらない。王様の俺の前で肌を曝したんだ。この女を罰してやらなきゃいけない。


「…統領…ちゅ…違うんです…んっ…ボクは悪くないのに…統領…こんなの…っ」


 俺が唇を弄っている女はしきりに何か言い訳をしている。なのにその両手は俺の背中に回っていて。豊満な胸を俺にいやらしく押し付けている。十分だ。言葉なんていらない。俺たちは舌を絡めながら、示し合わせたように岸辺に向かっていく。そして俺は泉のそばにある花畑にウェリントンを押し倒す。


「…はぁはぁ…統領…ボクは…悪い子になってもいいですか…?」


「ああ。いいよ」


 そして俺たちは激しく求めあう。きっと今の俺は獣のような顔をしている。俺ほどの人でなしはきっとこの世界にいない。だけどどうしても埋めたかった。人を裁いた寂しさを。誰か埋めてくれよ。空っぽな王様の心を。














革命より7か月前




 アクランド子爵が俺の臣下に加わり、村と軍勢は急速に進歩していった。アクランド子爵は行政の豊富な経験を持つ。そして俺の王としての加護がそれをさらに強化する。すでに俺たちは小さくても国家とまで言えるような存在に急成長していたのだ。


「ボクも王妃ですか…素敵…もっともっと可愛がってください」


「こら新入り。先輩王妃の私をもっと敬え」


「何言ってるんですか?ボクはあなたよりもずっと長い時間統領といるんですよ?」


「だからなんだ!私のほうがずっと抱かれた回数が多いぞ!」


「そんなのすぐに追いついてみせますから!」


 マリソルとウェリントンは時たま喧嘩はするが、それもせいぜい子供みたいな言い争いだけで、俺の王妃として互いに仲良くしてくれた。でも3pはたまにしかやらせてくれない。それはそれで女としてのプライドなのかもしれない。女心は複雑である。


「我が君よ。そろそろよその軍閥に喧嘩を売ってみましょう」


「いいアイディアですね魔女様。われらが王よ。そろそろほかの勢力を吸収していきましょう!僕すごく楽しみだなぁ!国を広げていくって超楽しい!あはは!」


「ミケーレは本当にやんちゃな子ですね。うふふ」


 ルーレイラとアクランド子爵は悪だくみに余念がなかった。どんどん悪化する経済事情のせいで、犯罪率が急増し、地方の豪族や犯罪集団があてにならない中央を見限り始めてだんだんと軍閥に成りつつあった。多くの軍閥のトップが俺と同じように『統領』と呼ばれていた。だからだろう。俺が周囲一帯の軍閥の首脳を討ち取り、勢力を吸収していくにつれて、自然と他の『統領』と俺とを区別する必要に迫られた。だから人々は自然と俺のことを。



『大統領』



そう呼ぶようになったのだった。

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