第12話 はじめての処刑

 見縁を拉致して村に戻ってくると、ルーレイラともう一人意外な人物が出迎えてきた。


「やあ小野君。元気にやってるみたいだね?」


「アクランド子爵?!なんでここに?!」


 俺の周りの兵士たちはいっせいに子爵に銃を向ける。そうすると彼はまるで道化のように、おふざけ染みた様子で両手を上げた。


「安心しなよ。僕は武器なんて持ってない。兵士も連れてきてない。ここに来たのは君の勢力に恭順するためだ」


「はぁ?王国でも屈指の大貴族のあんたが俺に恭順?信じられるか!」


「個人的に君が僕を信じたくなるものを持ってきてあげたよ。あっちの方をご覧」


 子爵が指さす方に30人ほどの様々な人種の女の子たちがいた。みんなニコニコとした笑顔で俺の方を見詰めている。その顔は依然見た事がある。


「あの子たちは俺が買って開放しようとした奴隷の女の子たちか?!」


「そうそう。あの日、僕が小野君を苛めた後に、すぐに奴隷商から彼女たちを買い上げた。あの子たちは君に預けるよ。どうぞどうぞ」


「保護していたのか…。わかった。話は聞こう」


「くくく。そう来なくっちゃ。しかしいいね。若い男の子がこうやって国を興していくのを見るのは。実に愉しい」


 俺と子爵とルーレイラは会談のために、村の司令部である、俺の館へと向かった。





 子爵はここにマジで丸腰で来たらしい。元奴隷の女の子たちの世話係と、物資の輸送と護衛を行う家来以外の兵士はいなかった。女の子たち以外にも、様々な物資を村に届けてくれた。軍団を強化し、開拓を広げるための資材は正直に言ってありがたかった。


「さて、回りくどいのは君も嫌いだろう?単刀直入に言うけど、僕を君の家来にして欲しい」


「その意図がわからないんだけど。お前に何のメリットがある?」


「まず一つ。愉しいから」


「おい。本気で言ってるのか?」


「もちろんだよ。貴族の仕事っていうのはやりがいがないからね。だけど乱世が近づいている。ならば自分が一番楽しいところにいたい。だから君のところだ」


 それを聞いてルーレイラが微笑んでいる。


「ミケーレは見る目がありますね。確かに令刻様の下が一番愉しいのは事実でしょうね。うふふ」


「そうそう。楽しさは大切だ。そしてその二。このまま乱世を王国の傘下で迎えると僕はジリ貧だ。なにせ王国には危機感がない。戦争の空気を察知しているのは、若手の将校たちだけ。だけど彼らも彼らで実に危うい。若さ故の情熱で暴走しかねない。とにかくにも王国には未来がない。生き延びるという観点でも君に賭けるのが一番いい選択肢なんだよ」


 子爵はさっきまでと違ってどこか真剣な目で俺を見ている。


「言っておくが、俺は安定しか目指してない」


「それはそう自分に言い聞かせたいだけだろ?とっくに気づいているはずだ。この世界がロクでもないものだ。そしてそれを糾すことができるのは、聖なる斧を持った君だけだということをね!」


 聖なる斧。俺のスキルの正体は未だによくわからない。便利は便利だ。だけど時にこの斧には真の使い道があるのではないかと思うことがある。斧はいったい何を象徴するんだ?


「なあ普通、強さの象徴は剣じゃないのか?俺の世界でもこっちの世界でも、王様はみんな国宝に剣を使っているよな」


「そうだね。強さの象徴は剣だ。だけど本来の王権の象徴は斧だよ。君たちの地球も古い時代に遡れば王が持っていたのは、剣ではなく斧さ」


「なあ王様はその斧で、何をするんだ?」


 俺の質問を聞いて、ルーレイラと子爵はニヤリとひどく狂気じみた笑みを浮かべる。


「それはきっとすぐにわかる。秩序は斧が齎すことをね!」


「そしてその秩序が文明をつくりあげるのですわ!」


 2人はそう言った。俺には君の悪さしか感じない。そんな時だ。部屋にウェリントンが飛びこんできた。


「統領!すぐに来てください!村人たちが…!」


「どうしたんだ?!」


「見縁をリンチにかけようとしてます!!」


 俺はすぐに立ち上がり、ウェリントンと共に村の広場に向かう。そこには両手両足を縛られた見縁とそれを取り囲む村人たちの姿があった。彼らは酷く冷たい目で見縁を睨んでいた。


「お前が殺した!返せよ!俺の父さんを!」「わたしのお母さんをよくも殺したな!」「爺さんも婆さんも何も悪いことをしてなかったのに!よくも!!」


 村人たちは見縁に向かって怒号をあげている。あの虐殺を指揮したのは見縁だ。彼らが憎む気持ちはよくわかる。だが今この男を殺されるのはまずい。そう思い、見縁の傍によろうとした。その時、見縁が大声で怒鳴り散らし始めた。


「うるせぇんだよ!虫けら共がよう!お前らもモブ如きがガタガタうるせえんだよ!たかがモブが死んでなんで切れてんだよ!だせーんだよ!それにな!本当に俺のことを殺す気があるなら、お前らもう俺の事殺せてるだろ!なのにだーれも!だーーーーーれーーーーも!!!俺を殺すどころか殴りもしねぇ!ビビり共がよう!こえーんだろ!俺がよう!お前らの大切なモブ家族とモブ友達を駆逐しちゃったこの俺が怖いんだろう!!ひひひ!ひーひひひひいひひ!!!」


 見縁はこの状況で笑っていた。それだけじゃない。命乞いどころか、未だにこの世界の人たちを見下し続けている。だけど同時に彼の言い分は一部では事実だった。殺せるなら殺しているはずなのだ。だけどそうなっていない。村人たちはもともとは静かに普通に暮らしていた人々で、人殺しや暴力とは縁がない。俺が組織した軍においては別だ。俺が命じるから彼らは人が殺せる。だけど日常に帰ってくれば、ただの弱い普通の人間でしかないのだ。自分の意志で他者を害することは普通の人間には難しいのだ。


「おい!ラオちゃーん!ラオディケ・ジャンニーニちゃーん!おにいごしゅじんさまのところにおいでー!」


 見縁は誰かの名前を呼んだ。すると見縁から介抱した幼い竜人種の元奴隷の少女が虚ろな目で見縁の傍にやってきた。


「おにいごしゅじんさま、喉乾いちゃったから井戸から水を持ってきてくれない?ラオちゃんの可愛いお手手をコップにして水を持ってくるんだよ?いいね?」


 ラオディケ呼ばれた元奴隷の少女は、井戸に行って水を汲み取り、言われた通りに両手をコップのように組んで水を桶から掬いあげて、見縁の方に持っていく。その光景はあまりにもグロテスクだった。開放されたはずの奴隷が、まだ元主人の命令を聞いている。骨の髄まで弱者は強者に従うという理不尽な現実がそこにはあった。


「統領!なんですかこれ!なんですかこれは!余りにも惨いですよ!こんなのおかしいですよ!!」


 俺の隣にいたウェリントンは涙を流している。この子も見縁によって村の仲間を何人も失った。やっと一泡吹かせたはずだったのに、見縁はまだ弱者達の上に君臨している。この悍ましさに俺は。俺は!いつの間にか俺の手に斧が現れていた。それは鈍く日の光で輝いている。やっと理解した。斧がなぜ俺の手にあるのかを…。俺は見縁の口に水を注ごうとするラオディケの手を掴んで止めた。ラオディケは俺のことを虚ろな目で見上げている。


「王として命じる。この男に水を与えることを禁ずる」


 そう言って俺は彼女の手を放した。


「おい!小野か!お前!このやろう!なにきたねー手で、清らかなラオちゃんのお手手に触れてんだよ!しばくぞこの野郎!」


「黙ってろ。一つ勘違いを正そう。その子はもうお前の奴隷ではない。俺の臣民の一人である!!」


「はあ?ひゃはは!きも!なに?お前なんか勘違いしてんの?モブどもを連れまわして王様気取り?くはは!ださすぎ!ラオちゃーん。こんな奴の言うことは放っておいて、俺にお水をはやくのませて…ぶはっ…!」


 ラオディケは両手に貯めていた水を見縁の顔にぶっかけた。そしてすぐに俺の背中の後ろに隠れた。


「…なに?!なにぇい!ラオちゃんが!なんでも俺の言うことを聞いてくれる清らかでかわいいラオちゃんがぁ!小野!お前!ラオちゃんに何をしたんだ!?ラオちゃんに手を出してたら承知しないぞ!!絶対に許さねぇ!」


「許されないのはお前だよ。我が兵士たちよ!その者を押さえつけよ!!」


 俺がそう命じると、ウェリントンたちが見縁を地面に押さえつける。


「おい!何すんだこの野郎!俺は人質なんだろう!?なに手荒いことやってんだよ野蛮人共!テメェらの顔憶えたからな!勇者たちのところ戻ったら、お前らぜったいぶっ殺してやるよ!」


「まだ勘違いしてるんだな。哀れな奴め…。そうだよ。お前が、お前らみたいな奴らが、まだそんな仕草をやめないから…俺は王様になるしかないんだよ…!聞け我が愛しき人民よ!」


 俺は広場に集まる村人たちに向かって声を張り上げる。


「今のを見たか!この世界の理不尽を!我らが村の外に広がる悪徳を!我らは虐げられている!我らは奪われている!我らは辱められている!!」


 俺たちはいつも気がついた時には、一方的に弱者扱いされて、嬲り者にされる。もっている数少ない財産も、誇りも全てを奪われる。


「我らはこの腐り果てた世界によって一方的に弄られている!ここにいる誰も罪を犯してはいないのに、弱いことが悪だと一方的に断じられて搾取される!ここにいる者たちは日々正しいことをしていた!隣人のため!集団のため!家族のため!友のため!文句の一つも言わずに、働き日々を穏やかに過ごしていただけなのに!我らは一方的に断じられた!この世界にお前はいらないのだと一方的に断じられてしまったのだ!なぜそんな理不尽が起きるのだ!それはひとえに徳なき強者が偽りの正義を掲げて、我ら弱者を悪と断じているからだ!正義を取り戻そう!我らの手に!そう!今この俺が証明してみせよう!この世界には人民の素朴なる祈りに応える正義があることを!!」


 俺は天に向かって斧を掲げる。それは日の光を反射し、人々の目にその姿を焼き付ける。


「見縁大智!貴様は罪なき人々を身勝手な強欲を満たすためだけに殺した!!その罪!赦し難し!」


「おい!おい!ちょっと待て!あはは、いやいや!目がマジすぎるって!ちょっと落ち着けよ!小野!お前って俺たち側だろ!俺はアレだよ!お前のことほんとはめっちゃ評価してたんだぜ!だだけどほら!東雲の目とかあるし!な!考え直せって!俺は人質だって!大事な交渉材料だろ!なぁ?なあ?そうだろおっぉおぉお!!?」


「我、罪を許さず。ここに秩序を打ち立てん。我が王道が世界を照らし闇を打ち払わん!我はここに誓うものなり、我は王なり。全ての人民を汚辱より救う王になると!!」


 俺は斧を大きく振りかぶる。狙いはただ一つ。そこに向かって斧を思い切り振り下ろした。


「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお…。あっ…。俺、飛んじゃった…」


 斧は見縁の首を刎ね飛ばした。首は宙をまい、地面に落ちてゴロゴロと転がる。そしてラオディケの足元に転がって止まった。ラオディケはその首を軽蔑の眼差しで見下ろしていた。そして村人たちの雄たけびが響く。


「統領万歳!」「統領!!!」「ばんざい!」「統領さまー!」


 一人の強者がこの世から消え去って、弱者たちは喜びの声を上げている。俺は自分の意志で、世界の為に、一人の人間を処刑した。やっと理解した。それが王様の為すべきことだなのだと。秩序は強者を排除することでのみ生まれる。だから俺は決意した。俺の王権をこの世界の隅々まで行き渡らせると。全ての強者を廃し、全ての弱者を救う。








だからすべての強者を処刑しよう。



そして打ち建てる。



この世界にすべての弱者が安寧を得ることができる文明を!


さあ革命をはじめよう!

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