第11話 再会

 むかしむかし、そのまたむかし。


 いづれヒトと呼ばれるようになるサルたちがまだ獣に過ぎなかった頃のお話。






 わたくしは見ていました。毛の生えていないサルたちの群れを。間違った進化を遂げたようにしか見えなかった愚かなる獣たちを。彼らは酷く貧弱でした。森にいた頃は自由自在に木々の間を飛び跳ねていたのに、今や地べたを這いずり回るだけ。二足歩行なんて足が遅くなるだけで何の意味もない。それで手を得たとして弄るのは石と木の枝くらい。それで自分よりも大きな獣を集団で狩るのはまあ褒めてあげてもいい。でもそれくらいでしょう。いずれは淘汰される。そう思っていました。ですがある日のことです。


 一匹の雄がいました。その雄はとくに運動能力に秀でていることも、格別に器用なわけでもない、何の特徴もない個体でしかありませんでした。その雄は、いいえ、『彼』と敬意をもってご紹介させていただきましょう。

 彼は群れの中でも目立つような存在ではありません。彼の産まれた時代は過酷です。同じ群れであっても優れた強い雄だけが、狩りで得た肉も、雌も、手に入れて子を残せる時代。彼には到底、子を残して後の世に自信の遺伝子を残すチャンスはこない。わたくしはそう思っていたのです。

 そんな憐れな雄は彼以外にも沢山いました。すべては野蛮で強い雄たちに奪われて、雌たちにも選ばれずに、何も残せずに死んで淘汰されていく弱い弱い雄たちは彼以外にも沢山いたのです。そう、そう!沢山いたのです!強者よりも多く!弱者は存在するのです!そのことに初めて気がついたのが彼だったのです!普通の生き物は種内における勢力争いでは、雄たちは一対一の決闘方式をとります。それは強者たちに圧倒的に有利な競争です。一対一であれば、弱者は強者には絶対に勝てない。ですが、数を揃えれば?いつも他の獣を狩るように、強者を弱者の群れが狩る・・・・・・・・・・・。彼はこれを世界で最初に思いつき、実行に移しました。自分以外の弱い雄たちを必死で味方につけて、ある満月の夜。月明りしかない自分たちの姿を映さない夜に、彼らは実行に移しました。いつものように雌を抱く強者のいる洞窟に彼らは集団で侵入しました。そしてたった一匹だけの強者を弱者たちは集団で殴り、蹴り、石のナイフで切りつけ、滅多打ちにしました。そして朝を向けるとそこには虫の息の強者が横たわっていました。そして彼はその強者を引きづり群れの者たちに見せました。群れの者たちは恐れ戦きました。野蛮で強かった強者の雄を倒したものが現れた。群れの新たなるリーダーの登場。ですがそれはいつもとは違ったのです。彼の後ろには多くの弱者達が侍っていました。そして彼の命令によって強者は地面に押さえつけられました。そして彼は獲物の骨を砕くために使う石の『斧』で強者の首を叩きはじめます。何度も何度もたたいて気がついたら強者は死んでいて、その首はちぎれ落ちたのです。彼はその首を高く掲げてみせつけます。そのとき群れの者たちの脳裏に浮かんだのは安心。これからは強者の気まぐれで殴られたり殺されたりすることのないという安堵。そして歓喜。強者によってずっと蔑まれ奪われ続けた世界の終わり。強者の死は歓び。その日、サルに過ぎなかった獣たちは自分たちが圧倒的強者を自らの手で殺す力があることを知りました。それがヒトとサルを分ける入り口だったのです。狩りの為の協調行動を同胞に向けて、群れのリソースを独占するものを排除する方法を彼が見つけた。そして彼は獲物の肉も、毛皮も、そして雌たちとの子作りも、きちんと平等に群れの構成員に配分する仕組みを整えたのです。それが群れを大きく強くさせました。強者を弱者達が打ち倒すメソッドは、まさに革命的な出来事だったのです。彼はサルに過ぎなかった獣を、『処刑』というメソッドでヒトに進化させたのです。彼は人類最初の『王様』でした。群れは迅速に『社会化』していき、そしてそれはいずれ『文明』へと至りました。




そう。すべての文明は『処刑』からはじまる。





処刑を率いるものこそが、きっと王様と呼ばれるのにふさわしい。




わたくしはそう確信しています。











 アクランド子爵が治める城壁都市アクランド市の中心部の歓楽街のとあるレストランで、御縁とサザンカの二人が会食を行っていました。もっともサザンカは出された料理には一切手をつけず、御縁のことを冷たい目で睨み続けるだけでした。


「なあ言ってるだろう花山さん。小野は第53地区の住民を虐殺した上に王国へ反逆したんだ。だから俺たちはあいつを討伐しなきゃいけない。わかるだろう?」


「ぜんぜんわかりませんね。あの人がそんなことするはずありません。何かの間違いでしょう。いいえ、御縁先輩たちがあの人に罪を被せた。違いますか?」


「くはは!仮にそうだとしてさぁ。花山はどうする気?俺たちの勇者様である東雲はもう小野を殺す命令を出してるんだぜ!いまさら撤回なんて無理無理!」


 御縁は涼しい顔でそう答えた。サザンカの顔はますます険しいものになる。


「殺す必要はありません。捕まえてきちんと事実調査を行います。そしてあの人の無実を証明すれば命令は効力を失います。そのために私はここに来ました。今後この地区におけるあの人の捜索はわたしが担当します」


「お前はバカか?東雲が小野を殺したがってるのは、お前が小野に思いを寄せてるからだ」


「あなたこそバカですか?いいえこの大馬鹿野郎!!あなたたちは手に入れた力で暴走してる!なんでみんなめちゃくちゃやるんですか!?おかしいですよ!このファンタジーを楽しむなら文句はいいません!なんでみんなこの世界の人たちを虐待したり、殺したりするんですか!!?」


 サザンカは目に涙を浮かべて怒鳴る。魔王討伐以降学校の皆はどんどんとおかしくなっていった。奴隷を買って虐待するもの、現地人をスキルで殺すもの、権力者とグルになって領民から搾取をするもの。そんな同胞たちの暴虐にサザンカはこころを痛めていた。


「何言ってんだよ。俺たちはこの世界を救ってやったんだぜ!これくらいしたって別にかまわないだろう?あははは!」


 御縁はテーブルの上の皿を床にぶちまける。料理が床にぶちまけられる。


「よーし!餌の時間だ!食べていいぞ!」


 そういうと見縁の手が握る鎖の先に繋がれたまだ幼い竜人種の少女奴隷が、床に跪いて落ちている料理に口をつけて食べ始める。少女は痩せていた。ろくに食べ物を与えられていないのだろう。その姿はとても憐れなものだった。


「あなたはぁ!!そんなことをさせて恥ずかしくないんですか!?」


 サザンカは剣を抜いてテーブル越しに御縁に切っ先を突き付ける。


「刺したきゃ刺せよ!ひゃはは!俺が死んだらそこの美味しそうにご飯を食べてるかわいいかわいいがきんちょも殉死の呪いでしんじゃーうぞー!あはは!ひゃはははは!!いーひひひひ!」


 彼女の持つ剣は震えていた。サザンカは怒りを抑えようと必死に口を引き結ぶ。主人が死ぬと奴隷も同時に死ぬようにする呪いがこの世界にはあった。理不尽しかこの世界にはない。最近のサザンカはそればかりを思っていた。その時だ。コロコロと何かが転がる音がした。それは何かの缶のように見えた。


「あ?なんだ?おい!ウェイター!何か落としたのか!?使えねーな!!」


「あ?やばい!!」


 サザンカはすぐに口元を抑えて、シールドを張りしゃがみこむ。缶からシューっと音がして何かが漏れてきた。そしてすぐに効果は表れた。御縁の傍にいる護衛の兵士たちはフラフラとしはじめる。


「なんだこれ?体が痺れて…?!ヒール!ヒール!ヒール!くそ!!回復が間に合わねぇ!毒耐性のアビリティの効きが薄い…?!新種の毒なのか?!くそ!」


 御縁もまたふらつき始める。それと同時に部屋に突然閃光がほとばしった。そしてひゅんひゅんと何かが風を切るような音が聞こえて、兵士たちが次々と倒れていく。いずれも頭か胸に銃痕が刻まれていた。


「シャドウ2,シャドウ3!アレをつかえ!!」


「「ラジャー!」」


 閃光の中でサザンカはよく知っている男の声を聞いた。そして閃光が消えると、そこには6人ほどの暗色の迷彩服とガスマスクをつけた者たちがいた。その中で二人組の男たちが何か大きな筒のような機械をもって御縁に駆け寄っていく。


「ちっ!!誰だか知んねーが!俺たちチート組を舐めんなよ!!」


 御縁は強力なシールドを張った。それは魔王の攻撃さえも阻む彼のレアスキル。


「突貫!!打てぇえええええ!!」


 迷彩服のリーダーらしき男が命じる。2人組の男は機械をシールドにくっつけて、引き金を弾いた。するとその筒から刺のようなものが飛び出してシールドを貫いた。


「なに?!ぐああああああああ!!」


 そしてその刺は見縁の右半身に当たり右手と右足を引きちぎってしまった。


「聖獣の化石。その牙に色々と加護やらスキルやらを施した一回限りのチート武装だ。どうかな?気持ちいいだろう?抗えない力に蹂躙されるのはな」


 リーダーらしき男はガスマスクを脱いで顔を見せた。サザンカも良く知る小野令刻だった。彼は斧を召喚して奴隷少女の首輪を切った。そして女の子はピンク色の髪の少年がおぶって保護した。


「せんぱい!せんぱい!せんぱいぃいい!生きてたんですね!よかったぁよかったようぅ!」


「ようサザンカ。本当は再会を喜びたいところだけ、今はこっちが先だ」


 令刻は苦しみ悶える御縁の首に注射器を当てる。御縁はすぐに昏倒した。そして近くにいた令刻の部下たちが結束バンドで御縁をグルグル巻きにして担ぎ上げた。令刻は無線で。


ジャックポット作戦目標達成。屋上にドラゴンを回せ」


 そして迷彩服の男たちは撤収を始める。サザンカはハルトキを呼び止める。


「せんぱい!待ってください!すぐにわたしに投降してください!事情は知ってます!東雲はわたしが説得します!だからわたしたちのところに戻ってきてください!!」


「サザンカの気持ちを疑う気はないけど、東雲は信用できない。すまないな。状況が落ち着いたらまた会おう」


 令刻はそのまま去ろうとする。


「行かせない!!行かないでぇ!!」


 サザンカは剣を振り上げて、令刻に向かって突進して剣を振るった。だがそれは金髪で迷彩服を着たサキュバスの大剣によって阻まれた。


「誰あなた?邪魔しないでよ!!」


「ハルトキ、迎えに来たぞ。私がこの異世界人を抑える。そのうちに離脱しろ」


 金髪の女は令刻に親し気で、それでいてどこか甘い声でそう言った。


「わかった。頼むよ、マリソル」


 令刻は部下を引き連れて部屋から去った。


「待ってせんぱい!!」


「待ってだと?…ああ、お前、ハルトキの後輩か!…笑止!!」


 マリソルはサザンカを思い切り蹴飛ばす。吹っ飛ばされたサザンカは窓を突き破り、隣のビルの屋上まで吹っ飛ばされた。


「くっ!なんて馬鹿力?!なにかのチートスキル?!」


「いいや!!これはハルトキが私の注いだ愛の力だ!!」


 サザンカを追いかけてきたマリソルは大剣を振り下ろす。剣から光の刃が伸びてそれがサザンカまで届いた。


「ちっ!?剣からビーム出すのは地球人だけにして欲しいなぁ!!我は嵐の使者。吹きすさぶ風の申し子!嵐の槍よ!すべてを薙ぎ払え!!」


 マリソルの光の刃をよけながら、サザンカは魔法を唱える。そして産み出した嵐の槍を、ハルトキの乗るドラゴンに向ける。


「ほう!嵐か!ならばこちらは!大海の幻よ、いまここに現実になれ!!海嘯の盾!!」


 ドラゴンに向かっていた嵐の槍は突然宙に現れた津波に飲み込まれてしまう。二つの魔法は互いにその威力を打ち消し合った。そして魔法の残滓である水が雨のようにビルの屋上に降り注いだ。


「水が残ってる。ってことはあなたの魔法の方がわたしよりも強い?どういうこと?」


 降ってきた雨にサザンカは渋い顔になる。


「言ったろう?愛だと!」


 マリソルは自信満々な笑みを浮かべている。

 

「愛?ハルトキ先輩の愛で強くなった?それなら告白されたわたしが最強じゃなきゃおかしいでしょ…」


「私は抱かれてるのだがな!」


「…え…?」


「昨日もおとといもそのまた前の日も抱かれた。朝も昼も夜も抱かれたぞ。まったく…令刻は仕方がないやつだ…ふふふ」


「…ええ…貴方何言ってるの…?はぁ?そんなはず…だってせんぱいはわたしのことが好きだって!いまだってきっと!」


「ふん!令刻は王だ!女の一人二人いないわけがないだろう!それともなんだ?お前は自分が令刻を独占できるほどの女だとうぬぼれているのか?愚か者め!!」


 マリソルは大剣の腹でサザンカを横に思い切り殴った。ガードは出来ても吹っ飛んだサザンカは欄干に激突してしまう。


「くっ!?そうだ。あんな馬鹿どうでもいいんだ!せんぱい!せんぱいぃ!!」


 令刻の乗ったドラゴンはすでに魔法の射程の遥か彼方に飛び去っていた。


「時間稼ぎは成功だな!ふふん!ではさらばだ!」


 背中から黒い蝙蝠のような羽を広げて、マリソルも空へと飛び去った。追撃したかったが、サザンカにはそのための気力が残っていなかった。


「ああっ…センパイ…どうして私の傍にいないの…!?ううっああっ…」


 サザンカは両手で顔を押さえて涙をボロボロと流す。すでに愛おしい人と同じ道を歩いていないことがとても悲しかったから。

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