第10話 切り拓かれる世界

 朝目覚めると俺の腕の中にマリソルが裸で寝ていた。昨日やったことを思い出すと、凄まじく恥ずかしくなってくる。お互い経験ないのにああも激しく体が動かせるとは思わなかった。


「ハルトキ。もう少しこうして過ごさないか?」


 俺が起きたからか、マリソルもうっすらと目を開けていた。穏やかな笑みを浮かべて俺に体を絡ませてくる。


「ふふふ。不思議な気持ちだ。私はサキュバスだから男を知ればよくない方に変わると思ってた。一途に男を思えることはないんだと諦めていた。今は交わっていないのに、お前が可愛く愛しく見えるんだよ。もう少しこのままでお前の顔を見ていたいよ。ハルトキ…」


 マリソルは俺の頬を撫でながらそう言った。だけどそんな甘い時間は一瞬で吹き飛ぶ。


「あいにくですが、我が君にそんな時間はありませんよ」


「きゃ!なんだ!お前は何を考えてるんだ!!普通、男女が抱き合った部屋に入ってくるか?!」


 ルーレイラがシレッとした顔でテントに入ってきた。初体験の後に別の女がその部屋に入って来るとか。本当に異世界はクソだな。


「そうですね。本来なら遠慮するくらいの気遣いはわたくしにもあります。ですが今はそうも言ってられない状況ですからね。顔色は良いですねマリソル。ちゃんと奴隷から解放されたようでなによりです」


 今やマリソルの首に奴隷の首輪はない。俺が昨日マリソルを抱いた時、すぐに首輪はぶっ壊れて外れた。マリソルは自分の首を摩り、そこに首輪がないことに気がついて目を見開く。


「ん?んん?!首輪が外れてる?!ステータスオープン!…なんてことだ!!奴隷じゃなくなってる?!それに何だこのスキルの山は?!」


 というかこの女。首輪が外れた事にも気づいてなかったのか…。マジで阿呆だ。


「いや、サキュバスの私は寝た男からスキルや魔法をコピーできるから不思議ではないんだ。スキルが貧弱なハルトキが持ってないスキルや魔法まであるのはどういうことだ?!私はハルトキ以外の男と寝たことがないのに?!昨日が初めてだったんだぞ!?どうして?!」


 マリソルは自信のステータスを見て酷く驚いている。


「ルーレイラ。どうしてなのか、どうせ知ってるんでしょ?ちゃんと教えてくれ」


「はい。かしこまりました、我が君よ。マリソル。あなたのステータスのジョブ欄をご覧ください」


 そう言われたマリソルはステータスの画面にジョブを表示する。そこには『王妃』と書かれていた。


「王妃?!王となったハルトキと寝たからか?いやでもそもそもたとえ独立国家の王でもステータスのジョブは別物になるはずだ!どういうことだ?!」


 ちなみに俺のジョブはこの世界に来た時から空欄である。ジョブの取得条件を満たしても取得できないのだ。そして未だに空欄のままだ。


「仰る通り。我が君に抱かれたあなたは王妃のジョブを得る条件を満たしました。王妃のジョブはチェスのクイーンと同じく『万能』。スキルも魔法もなんでもござれです。もちろん相性は個々人でことなるので、全てのスキル魔法を十全と発揮できるわけではありませんがね」


「万能…?!すごい!はは!これなら今後ハルトキの足をひっぱるどころか役に立てるということだな!」


「そうですね。王に尽くすことを前提としたジョブです。王の役に立てるように強化される。ですがいくつかご注意が。まず一つ。もしあなたが他の男と寝たならば、王妃のジョブは即消えます。それどころかその時は我が君に裏切った女への懲罰権が発生します」


「なに?私がハルトキを裏切るようなふしだらな女であるわけがなかろう!」


「サキュバスなのに一途なのですか。何か間違ってる気もしますが、まあ貞淑なのはいいことです。次に使えるスキルと魔法は王から寵愛を賜れば賜る程より多く、より強力になります。逆に寵愛を失うと弱くなります」


「そ、そうか。寵愛か…ハルトキ。いつでもいいんだぞ。いっぱい私をかわいがってくれ」


 上目遣いではにかむマリソルはとても可愛い。こんな超美人に好かれるどころか、いつでも抱けるって考えると男としてはやはり滾るものを感じる。


「あはは。そうだね。あはは」


 だけどなんとも頭の悪いシステムになっているようだ。俺に抱かれた女は強くなる。俺マジアゲチン。


「三つ。他の王妃と仲良くしろとまでは言いませんが、王の寵愛を巡って王妃同士で争い合うと能力が弱体化します。ちゃんと王妃という立場を弁えるように」


「ふん!そんなのわかっているさ!これでも元は王族だったのだ!後宮での振る舞い方はよく知っている!」


 いやそれ以前に女が増えていくこと前提に考えるのやめてもらえません?


「なあルーレイラ。王の力ってこういうことなの?ライオンの群れのように雌に仕事させるのが王様の仕事なのかな?」


「雑事は臣下にやらせればいいのです。王の力の真価はべつのところにあります。まあそれについてはここでご説明差し上げるよりも、実際に体感なさったほうがいいでしょう。その時になったらちゃんと自ずと理解しますよ。ええ」


 ルーレイラは優し気に微笑む。だけどそこにはうっすらと不気味な狂気があるように感じられた。王の真の力とは一体どんなものなのだろうか。きっとそれはよくないものに思えてならない。


「我が君よ。今後の方針を定めてください。勇者東雲閃里は我が君と第53開拓地区の人々を敵視しています。残念ながら勇者に狙われている以上、他国への亡命は叶わないでしょう。どうしましょう?絶体絶命のピンチですわね!」


 とってもいい笑顔でそういうルーレイラはとても楽し気に見える。この状況を愉しんでいるのは間違いない。この女の掌の上で踊らされているような違和感を感じるけど、今はそれは考えないようにする。


「まずこの国境線上の山林地帯に根城を作る。防御の硬そうな場所を探してそこを仮設の村にする」


「ふむ。妥当ですわね。放浪する群れが定住する。文明そのものと言える行いです」


「あとは男子たちへの訓練を施し軍団としての体裁を整える。自衛がデキなきゃ話にならん」


「ええ!当然王に付き従う騎士団は必須ですわよね!!」


「勢力が整ったら…」


「整ったら?」


 ルーレイラはワクワクしながら俺を見詰める。闇のような色の瞳なのにキラキラと輝いているように見えなくもない。


「…。…。……っ!取り合えず仕事だ。まだ先の事まで見通せない。まずは俺たちの自衛を優先する!」


「…。わかりましたわ。今はそれでいいでしょう。いっぺんにすべてを味わう必要はない。そう。世界際絶対平和文明は一日にして成らず。なのですからね…」


 うっとりと語るこの女には不安しか覚えない。だけど今は出来ることをやるしかない。俺は方針を定めて、それを村人たちに知らせた。村人たちは納得してくれた。俺たちはこの世界に居場所がない。だから居場所をここから作るのだ…。






 そこから一か月はハードな日々だった。この山林地帯は地形が厳しい上、モンスターも凶悪に強い。だからこそ正規軍も勇者たちも追手を放ってこなかったことは幸いだった。放浪を続けるうちにあるところに広めの高原を見つけた俺たちはそこに村を作ることした。見晴らしがよく土地も広く、逃げられるルートも沢山あり水源もあった。モンスターの排除は圧倒的チートととなったマリソルと自警団メンバーたちが頑張ってくれた。どう考えてもエンシェント級なドラゴンさえも排除してくれた。なお俺はモンスター相手だとあんまり役に立たないので見ていただけだった。まじでマリソル抱いて、強くして戦わせるとかいうヒモもびっくりな下種の所業。果たしてこれは王様のやることなのだろうか?そう思っていた頃だ。ルーレイラが教えてくれた。俺がいるだけで村人たちのスキルやステータスも向上するのだいう。具体的には俺へ忠誠心を持つこと、崇敬心を持つことなどで様々なバフ効果が出るそうだ。さらにはインフラ整備系のスキルなんかも発現しやすくなるそうで、森を切り拓いて、村自体はあっと言う間にそれらしいものが出来上がってしまった。農地や家畜化したモンスターの放牧なんかも成功した。そして砦なんかも作られたので、いつ襲われても大丈夫。目的の一つは達成されたのだ。


「ここまでくると足りないのは人手ですね。我が君よ。人口を増やしましょう!」


「いやいやいや!何言ってんの?!俺たちは逃亡者だからね!」


「我が君よ。じつはあなたの斧なんですが。王になったので、奴隷契約やその他魔術、スキルによる契約や命令などを王威によって打ち消すことができるようになりました。あなたが斧で奴隷の首輪をちょっと叩くだけで破壊することができますよ!どうでしょう?人里に下りていって奴隷たちを片っ端から解放してここに連れてきてはいかがでしょうか?」


「…いいアイディアだね。といいたんだけどね!斧の力が強化されたならマリソル抱く必要なかったんじゃないのか?!」


「ありましたよ。王妃という戦力がゲットできました。それに童貞の王様はやはり格好が少しつきませんしね。男を上げてあげたかったのです」


「それを他人にやらせるのは如何なモノかな?仮に俺が童貞で困るというならお前が筆おろししてくれても良かったんだよ?」


「あいにくわたくしには経験がないので、それを引き受けるのにはちょっと抵抗がありました」


「マリソルにも経験なかったからな!!」


「彼女はサキュバスです。処女でも問題なく性交渉をこなせます。適材適所ですよ」


「あーもう。もういい過ぎたことは仕方がない。…奴隷の解放には賛成だ。だけど人口を増やすのは…」


「本当はわかってるんでしょう?人手がたりないということに。特に戦争のね」


 そう。具体的にいつになるかはわからない。だけど大戦の兆しは見えつつあるのだ。考えてしまう。いっそこのままこの勢力で旗揚げしてしまうのはどうだろうかと。


「……自衛のために戦力は必要だ。奴隷商を襲って奴隷たちを解放し俺の臣下にする」


「大変結構なご判断だと思いますわ。くくく」


 ルーレイラは嗤っている。何を彼女は期待しているのか。もうわかってる。だけどそこに踏み込むのが、俺にはまだ戸惑われたのだ。






 奴隷商の交易は最近活発化していた。喰えなくなって身売りするケースが後を絶たないのだ。以前は口減らし代わりに連合軍の兵役があった。だけど今はそれがない。平和になったけどまだまだ民需の回復は完全じゃない。なのに復興に人手が足りない。経済はどんどん悲惨になっていっている。だから俺たちの獲物は幾らでもいたのだ。俺たちは山賊の如く奴隷商の通商ルートをガンガン襲った。軍団のいい訓練にもなるし、ついでに金や資材もゲットできる。奴隷たちも沢山解放できて、俺の村はどんどん大きくなっていった。戦力もまた増えていった。


「しかし男の奴隷がわりと少ないですね。世間は女余りなんですね。自警団の皆がボクに自慢してくるんですよ!嫁さんが選び放題だって!今までモテてこなかったくせに本当に偉そうにしちゃって!」


 プンプンとウェリントンが同僚の愚痴を吐く。実際村はやや女余りだ。同数が理想なんだけど。男の奴隷の数が少ない。


「魔王との戦争のせいで男の戦死者は多かったしな。だから戦力補充のために男の奴隷は多分王国軍辺りが優先して輸入してるんだろう」


「次の戦争の準備ですかね?統領が言ってた通りに大戦が実現しちゃうのかぁ…統領の事は信じてますけど。正直外れて欲しい予測です」


「俺もそう思うよ。今からでもそれが避けられるならいいけどな。まあ自分の身を守るので精一杯な俺たちにはあまり関係ないことだよ。今となってはな」


 いっそ大戦が起こってしまえば、俺たちの村への脅威は大きく減るだろう。何処の国も俺たちのようなちんけな逃亡者に構っていられなくなるのだから。






そして一か月はあっと言う間に過ぎていった。








革命より9か月前 ミゴ35村 自警団司令部



 大分増えた自警団は本格的に軍隊化していった。かつてのように全員と顔を付き合わせて会議なんてもはやできない。今は各隊の隊長だけが集まって作戦や方針を定めて会議を行っていた。今日の議題は俺の口から出させてもらった。


「見縁大智を拉致したい」


 ウェリントンをはじめとする第53開拓地区出身者たちが立ち上がった。


「ついにやるんですね!あいつへの報復を!!」


 第53地区を焼き払ったのは勇者の命令だが、実行犯のリーダーは見縁だ。


「奴を拉致して勇者たちの情報を得る。場合によっては見縁を人質にして王国と交渉をする。村を正規の王国領として認めてさせて不安定な身分から脱するんだ。俺たちは人生を取り戻す」


 元奴隷の隊長たちは俺の言葉に喜んでいた。彼らも解放されたとはいえども、社会から弾かれたまま不正規民として生きていくことにストレスを覚えている。見縁は魔王討伐メンバーの一人だ。人質としての価値は高い。殺されれば王国と勇者のメンツに傷がつく。交渉は成り立ちうるというのが俺の予測だった。


「でもあいつ等はボクたちの村を焼いて、みんなを殺したんですよ!!」


「ウェリントン。未来のことを考えてくれ。最近じゃ結婚するものも出始めた。来年には子供が沢山生まれてくるだろう。このまま隠れ里のような状態にはしておけない」


「うう。でもぉ」


「俺は過去の遺恨よりも未来を手にしたい。ウェリントン。すまない。耐えてくれ。恨むなら俺を恨んでくれていいからさ」


「あなたを恨むことなんてできませんよ…。命令には従います。ですが納得はできません。統領。それだけは知っておいてください」


 ウェリントンは泣きそうな顔でそう言った。他の者たちも堪えてくれている。すまないと思った。だけどズルい自分がいるのもわかっていた。俺はかつてサザンカに一線は守りたいと言った。人殺しはもうしている。だけど同じ世界から来たものを手にかけたら、本当に帰れなくなってしまう。そう思う自分を未だ捨てられない。


「我が君よ」


 俺の傍に控えていたルーレイラが俺に囁く。


「一つ予言をさせてくださいまし。魔女らしくね」


 俺は返事をしなかった。いやな予感しかしない。俺は自勢力の事を考えて確かに正しい判断をしたはずなのに、それが一瞬にして覆されてしまう予感がしていた。


「我が君はすぐに思い知ることになるでしょう。王の本当の役割と、文明が何によって齎されるのかを」


 振り向くとルーレイラは微笑んでいた。とても美しく、それでいて…狂気に満ちた微笑み。


「森を切り拓くこと以外にも、斧には大事な、大事な役割があることを。王だけが斧を振るうのです。その聖なる罪の為に…」


 















そして俺は思い知る。



文明が何から始まるのかを。



俺は後悔する。



王様がなんで必要なのかを。



俺は啓示される。


獣に過ぎなかったサルが、なぜヒトになれたのかを。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る