第9話 戴冠と寵愛

 一晩中トラックを走らせて、俺たちは隣国との国境線上の山林地帯に逃げ込んだ。ここならば正規軍は簡単には追跡できない。さらに言えば隣国には東雲と仲が良くない勇者がいるので、我が母校の連中も簡単には手を出せないはずだ。今後の問題は山積みだ。今ここいるのは若い男女と子供たちが合わせて数百人。食料はしばらく何とかなるし、ここらへんは綺麗な湧水があるから何とかなる。だけどそれ以上に緊急に解決しないといけない問題があった。


「様子はどうだ?」


「よくないです。ずっと唸っています」


 泉の傍に立てたテントの一つで、マリソルが女たちに看護されていた。顔色はよくない。青白い顔で横になっている。時折体を震わせたり、痛みで叫んだりと憐れな様子だ。戦闘奴隷が逃げ出したときに発動する呪いの一種らしい。主人の下に戻らないといずれは衰弱して死ぬ。奴隷の首輪を外すことができるのは超高レベルのチートスキルの持ち主だけなので、俺たちにはどうすることもできない。


「いますぐに王都に行って、東雲を暗殺するのは時間的に不可能…どうすればいいんだよ…くそ」


 テントの外に出て頭を抱えて、助ける方法を考えていたがまったく手段がない。彼女の真の主人である東雲は王都。ここから遥か彼方であり、殺して呪いを解除するのは不可能。都合よく近くに呪いをチートスキルを持っている奴は…。


「わたくしの王様になっていただけませんか?」


「ルーレイラ?!どうやってここに?!いやいまはどうでもいい!!お前ならマリソルを助ける方法を知っているんだろう?!言え!なんでもやる!」


「あらあら。彼女の事がそんなに大事なんですね。ふむ。そうですね。まあいいでしょう。ありますよ。彼女を助ける方法。それどころか奴隷身分から解放さえできます」


「やった!頼む。お願いだ!彼女を助けてくれ!」


「ではもう一度お聞きします。わたくしの王様になっていただけませんか?」


 この女はいつもそればかりを俺に聞いてきた。実際こいつが街で言った、「一度死ぬ」という言葉はある意味あっていた。俺は昔の俺のやり方をすべて捨て去った。昔の甘い俺はたしかに死んだのだ。


「…試してるのか?ルーレイラ。もう一度、今の言葉を俺に向かって奏してみろ・・・・・・


 奏上。『言う』を君主に向かって雅に言い換えた言葉。最上級敬語。


「ああっ!我が君よ!やっと!やっと御理解あそばれましたわね!そうですわ!そうでなくては!」


 ルーレイラは体を歓喜で震わせている。狂気じみた笑みを浮かべて俺に向かって跪いて、奏上した・・・・


「我が麗しの君よ!!わたくしの王様になっていただけませんか?!わたくしをあなたの王国の臣民の一人に!!」


「いいよ。ルーレイラ。お前は俺の臣の1人だ。では最初の命令を伝える。マリソル・ビニャーレスを救う方法を提示せよ!」


 立ち上がったルーレイラはニヤリと笑う。


「大規模な儀式が必要となります。それを行うことで、あなた様に真の王の力をここにいる人民が捧げます。その力さえあればマリソル・ビニャーレスを苦しめる呪いは祓われ、奴隷身分からもまた解放されることとなります」


「その儀式はすぐにできるか?」


「はい。問題ありません。ここにいる全ての人々のご協力がいりますが、まああなたさまが命じれば問題なくしたがってくれるでしょう。もちろん彼ら彼女らにはノーリスクですのでご安心くださいませ」


「ではすぐにとりかかろう。ウェリントン!」


 俺はウェリントンを呼んだ。彼はすぐに傍にやってきた。


「はい。なんでしょうか。統領」


「そこのルーレイラの指示に従って仕事をしてくれ」


「わかりました。ですがいったい何を目的とする仕事なのですか?それにこの女。街で会った時もそうでしたけど、なんかいやな感じがします」


 ウェリントンはルーレイラを怪訝そうに睨んでいる。無理もないと思う。美人だがどことなく不気味な雰囲気に包まれているのだから。


「言いたいことはわかるが、苦しむマリソルを救うための儀式をこの女がやってくれ…」


「我が君よ。マリソル・ビニャーレスを救う為ではありません。この儀式は、あなた様の戴冠式です。あなた様の為の儀式です。そして王の力を得て、その力でマリソルに慈悲を与える。順序が違います」


「だそうだ。ウェリントン。とにかくこの女の言うことに今は大人しく従ってくれ。よろしく頼むよ」


「わかりました統領。でも戴冠かぁ。…いいですね。うん。すごくいい…!」


 ルーレイラはウェリントンに細かな指示を出した。ウェリントンは村人と自警団メンバーに作業を割り振っていく。男たちは泉の傍の草が刈り、岩や石を規則正しく並べていく。女たちは料理と、縫物をしている。ルーレイラはあいちらこちらにいる人たちから指輪やらネックレスやらのアクセサリーを巻き上げていた。俺はその間ずっとマリソルを抱きしめて作業を見守っていた。






 そして儀式場が完成した。ルーレイラはまるで古代ギリシア人のような白い服に着替えていた。彼女は泉に腰まで漬かっている。ウェリントンがルーレイラの傍に同じく白い服を纏って何か箱のようなものを持っていた。


「さあ。小野令刻。こちらにおいでなさい」


 集められた花びらで敷き詰められた綺麗な道が泉まで通っている。その道の両脇に村人たちが立っている。俺はその花びらの道の上を歩いて泉まで行く。そして泉に足を入れて、ルーレイラの傍まで歩いていった。俺もルーレイラも下半身が水につかっている。泉の水は冷たくて済んでいる。満月の光が淡く水面を輝かせている。その反射光に照らされるルーレイラはまるで神話の女神のように神々しくそして美しかった。いつもの不気味な印象はなく、ただただ言葉にしがたい聖なるなにかだけを感じた。


「片膝をつきなさい」


 俺は言われた通りにする。ルーレイラを見上げるような形になった。彼女は泉の水を少し掬って、それを俺の額にかけた。水は俺の額から一筋ながれていって、右の目頭を通っていった。まるで涙みたいだ。


「この者の罪はいま清められ祓われ流された」


 ルーレイラは顔を上げて村人たちに顔を向ける。


「さあ、まつろわざる人民よ。この聖なるお方を讃えよ。居場所なきお前たちに居場所を示す御方。なすべきことを知らぬお前たちに為すべきことを示す御方。いくべき場所を知らぬお前たちに、いくべき場所を知らせる御方。お前たちを慈しみ律し啓蒙する王。まつろわぬ人民よ。この御方の下に集え。お前たちの王は今ここに顕れたのだ!!」


 ウェリントンはルーレイラに恭しく箱を差し出して、それを開けた。その中からルーレイラはシンプルな形の王冠を取りだした。さっきまで集めていたアクセサリーを集めて溶かして作った王冠。


「これはお前たち人民より集めた金銀細工より造った王冠。人民の捧げたる冠。この御方の王権は人民の思慕に支えられるものなり。汝ら人民が選びたる王。祝福せよ!汝らの王の名は!小野令刻!!!」


 ルーレイラは俺の頭に王冠を乗せる。そして人々が叫ぶ。


「俺たちの王様ばんざい!」「わたしたちを導いてくさださい王様!」「王様!」「おうさまぁ!!」「連れてって!わたしたちを!」「おれたちをたすけてください!」


 王様と人々は俺を呼ぶ。熱気を帯びて、狂気を纏って、そして何処か悲しみが混じって。満月は王冠をキラキラと照らす。俺は人々の願いの下に王様に転生したのだ。















「言ったでしょう。これからが異世界転生・・・・・の本番ですよ」



「全ての強者を排し、すべての弱者を救う覇道はここより始まるのですわ」














 戴冠式の後はどんちゃん騒ぎの宴会が始まった。みんなもあんな悲劇に見舞われた後だ。これくらいは羽目を外してすこしでも心を休めて欲しい。だけど俺にはやるべきことがる。テントの中で俺とルーレイラがマリソルの傍にいた。


「さっきの戴冠式。素晴らしかったぞ。統領。…ハルトキ。お前は王様になったんだな。もう大丈夫だな。ここの人たちはこの先お前さえいれば大丈夫だ。よかった。本当によかった。もう思い残しはないよ」


 マリソルは微笑む。ひどい顔色なのに俺の事を祝っている。こんな状況なのに村人たちのことも気遣っていた。本当に優しい子だ。こんな子が苦しむなんて間違っている。


「マリソル。お前は死なない。俺が助けるんだ。大丈夫。大丈夫だからな」


 俺はマリソルの頬を撫でる。マリソルは目を瞑る。微かに寝息のような音だけが聞こえた。どうやら安心して眠りに入ったようだ。変に苦しまれるよりずっといい。


「ルーレイラ。俺はどうすればいいんだ?どうすればマリソルを救える?」


「ん?ああ、はいはい。簡単ですわよ。抱けばいいんです」


「…はい?」


 頭の中が一瞬真っ白になった。


「わんもあぷりーず」


「抱けばいいんですわ。簡単でしょう」


「ふざけてんの?」


「なにをおっしゃいますか!ふざけてなどいません!王が女に夜伽させる!大事なことでしょう!!」


「だからぁ!どうして抱いて呪いが解けんだよ!!そんなやり方でなんとかなるなら困ってないんだよ!!」


「誰でもこのやり方が出来るわけではありませんわよ。あなたが『王』として女を抱く。それは極めて強い『支配』の力の現れです。その力が『奴隷』という別の支配の力を破壊して彼女の体に新しい支配を上書きするんです」


「何そのフワッとした説明。全く納得できない」


「これは極めて概念的な魔術儀式です。真の王が女と交わることで、その女に力を分け与えるのです。奴隷からの解放は本来はおまけに過ぎません。今後あなたに抱かれた女は圧倒的な力を得ます。臣下として特別な寵愛を受けて強くなる。至極当然の事でしょう?」


「よくわかんねぇ。あんな適当な儀式で王様になって力がつくのかよ…」


「適当ではありませんわ!村人たちは切実に自分を救ってくれる指導者を欲していたのです!王は本来世襲ではなく、実力者を群れのメンバーが認めてなるものなのです!あなた様はいまや人民が選んだ王!力を得ています!」


「体の変化とか感じないし、ステータスにも何ら変化がないんですけど?」


 儀式のあとステータスを確認したんだが、まったく変化がなかった。何ら新しいスキルもついてないし、数値も伸びてない。意味あったの?


「ステータス?ステータス!馬鹿馬鹿しい!あんなものは家畜の耳に着いた番号札と一緒ですよ!!王の力を言語化できるなどと思い召さらないでくださいまし!!」


「まあそれはいいとして、マリソルのことを考えると一方的に抱くとか、そんなこと出来ないんだけど。こういうのはちゃんと同意を取らないと」


「同意?まさか、我が君は女を抱くときにわざわざ言葉にするおつもりですか?」


「嫌がる相手にするのはだめでしょ」


「それは当然です。ですがね。そもそも女は絶対に口にしませんよ、そういうことをね!抱かれたくなっても自分から口には絶対にしません!人類の女とはそういう生き物です!!いいですか?!女は男を抱きたいのではありません!男に抱かれたい・・・・・のです!!あなたは王です!紳士ぶって女から同意の言葉を得ようなどという無責任極まりない男らしくないことなどしなくてよろしい!!瞳を見詰めるだけでいい!それで女の瞳が艶やかに濡れたのならば、愛を囁けばいい。何か文句を言って来たら、口づけで相手の唇を塞いでしまえばいいのです!もう一度言います!あなたは王です!女から貞操を奪いなさい!!愛を与えなさい!!マリソル・ビニャーレスはあなたを王と認めています!女は王に抱かれるその日を今か今かと待っているんですよ!!叶えて差し上げなさい!!」


 ルーレイラは熱く強い語気でそう言った。本気らしい。本気でマリソルを抱けとそう言っている。


「でも俺好きな人が…」


「女々しい!!その女は今あなたの傍にいますか?!いませんわよね!!それになんですか?!一人の女だけにしかあなたは愛を注げないのですか?!器が狭い!それはあまりにも器が狭いとご自覚なさい!!王たるもの多くの女に愛を与えてやるのが義務です!」


「それってよくなくない?浮気っぽいっていうか?ね?」


「あなたは今や法や道徳を定める側ですわ!!一夫一婦制は人民のための制度!王たるあなたさまには関係ないのです!!女さえもあなたは支配しなければならない!女もまた王に支配されることが悦びなのです!!マリソル・ビニャーレスを悦ばせなさい!それがあなた様の最初の王としての仕事です」


 そう言ってルーレイラはテントから出ていこうとした。


「おい!ちょっと待ってくれ!」


「待ちませんわ!他の女も抱けない男に呼び止められるほど、わたくしは安い女ではありません!見せてください!あなたが王に相応しいと!この文明の魔女に!男女の結びつきこそが文明の基礎!抱きなさい女を。悦ばせ愛して幸せにしなさい。いいですね?」


 それだけ言ってルーレイラはテントから出ていった。俺とマリソルだけが残された。ルーレイラはなんだかんだと今の今まで俺の事を助けてくれた。彼女の言うことは結果的に正しかった。ならば俺はマリソルを助けるために。いいや。王様として。


「マリソル。マリソル。起きてくれ」


 俺は彼女の頬を再び撫でる。マリソルは相変わらず顔色は悪いが少しだけ穏やかな顔で返事をした。


「…ん。どうした統領?」


「マリソル。俺は決めたよ」


「なにを?なにを決めたんだ?聞かせてくれ。私の統領」


「お前を俺のものにする」


 マリソルは目を丸くしていた。


「え?なにを言ってるんだ?これは走馬灯とかいう幻のたぐいか?」


「ちがう。これは走馬灯じゃない。俺はお前が欲しいんだ。ずっと思ってた。最初出会った日。お前ほど凛々しく美しい女をはじめてみた。再会した時、俺じゃない誰かの奴隷になっていてとても悲しかった。だけど傍にいてどれほど心躍ったか知れない。だからお前が欲しい」


 顔を真っ赤にしてマリソルは慌てている。


「ちょっと!待て!いきなりそんなこと言われても!私は…そういうのよくわからない…その…あの…嬉しいけど…私は今のままでも…」


 ああ、ルーレイラの言った通りだ。だから彼女の言う通りにしようと思った。俺はマリソルの唇を奪う。


「…んっ…!…あっ…ちゅ…ダメ…んっ…ちゅぅ…ダメ…ダメなのに…んちゅ」


 舌を彼女の口の中に押し込む。柔らかくて暖かくて、とても気持ちがいい。強引なキスなのに、抵抗はなかった。いつもの彼女なら舌を噛み切ってきそうなものなのに。唇を離す。彼女の瞳は濡れていた。


「だめ。統領。…だめ。こんなの知らない。私は駄目だと言ってるのに…」


 彼女と見つめ合う。瞳の奥に確かに見えた。顔を赤くして、恥ずかしがってるのにその瞳が俺から離れることはなかった。


「愛してるよマリソル。お前が好きだ」

 

 俺はそのまま彼女を押し倒す。唇を貪り続けて、服を脱がしていく。


「だめ!統領!だめぇ!ハルトキぃ!ハルトキぃ!だめ!あっ!ああ!んっ…」


 ダメだ、ダメだと言い続けてるのに。マリソルの腕は俺の背中に回る。彼女の手は一晩中、俺をけして離したりしなかった。俺たちはただただ獣のようにお互いを求めあったのだ。








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