第8話 奪還
トラックから逃げ出した俺たちは路地裏をひたすら走っていた。今の俺たちには武器もないし、道具もない。早急に手に入れる必要があった。
「どうします?冒険者あたりから盗みますか?」
俺の隣をウェリントンが走る。犬耳犬尻尾のでピンク色の髪のこの亜人種の美少年はとても利発だった。村の自警団の時にも俺の指示の下でよく戦ってくれた。
「そうしよう。今の時間なら大通りの夜店で飲んだくれてるはずだ。装備を盗んでもバレにくいだろう」
「ありがとうございます!統領!!ボク頑張ります!!」
ウェリントンは提案した案が俺に採用されて喜んでいる。俺は彼の頭を撫でてやる。そして大通りに出た。すると目の前に爆速でリムジンが走ってきて止まった。
「我が君よ!何処へそんなに急いでいらっしゃるのですか?」
リムジンの窓から顔を出したのはルーレイラだった。あの騒動の中で生き延びていたらしい。ますます怪しさが募る。運転席と助手席には相変わらず無口なフルプレートメイルの護衛がいる。不気味極まりない。
「状況わかってんだろ?俺たちが逃げてきたこともわかってるはずだ」
「ですからこうして馳せ参じたのですわ!小野令刻様!わたくしの王様になってくださいませんか?」
「戯言は聞きたくない」
「戯言ではありません。わたくしは本気ですもの」
「ちっ!どっちにしろロクでもないな!今は女の甘ったるい声よりも武器が欲しいんだよ!とっとと消えろ!」
「武器ですか?それならばこちらにありますよ!どうぞどうぞいくらでも持って行ってくださいな!」
するとリムジンの後ろのトランクが開く。その中にはライフル、銃弾、ヘルメット、さらには軍用ベストに迷彩服等々の近代戦に必要な装備が人数分揃っていた。すべて魔導による防御力の付加や錬金による強化が施されているのも確認できた。
「…何の罠だ?」
「罠?!あらひどいですわね!わたくしはあなたのことを王に相応しい殿方として敬慕しておりますのに!あなたさまはわたくしを疑うんですね!ひどいですわ!」
ルーレイラはプンプンと憤慨しているが、この疑いは妥当だ。だが同時にこれをするメリットがわからない。少なくとも武器におかしな細工はない。
「これを俺たちが手にすれば、あいつ等勇者パーティーを襲うことになるけど?」
「別に構いませんわ。彼らのような野蛮人は次の文明には不要ですもの。粛正は王の権利です。どうぞ彼らの罪を定め、罰をお与えください」
「罪を定めて罰を与える?俺は裁判官じゃない。仲間を助けるために戦うだけだ」
俺の答えを聞いてにんまりとルーレイラは哂う。
「くふふふ。まだそのようなことを仰るのですね!本当に甘いお方!我が君よ!此度の戦いは今までのあなたの戦いとは違うのですよ!お気づきですか?」
「なにが違うっていうんだ。今までだって学校の仲間たちを守るために戦った。同時にこの世界の人達も助けたつもりだ。今回だってそうだ。同じだよ」
「いいえ違います。今までの戦いは
「俺は必要だから戦うだけだ。そんな大層な理由なんてない。ないんだよ!!」
俺は装備をトランクから出して、メンバーにつぎつぎと渡していく。本当に逃げ出してきたメンバーピッタリ分の装備だった。トランクは空っぽになった。
「もうわかってるくせに。我が君よ。今夜あなた様は一度死ぬでしょう。そして王に生まれ変わる。本当の
そしてルーレイラの乗るリムジンは走り去っていった。俺たちはすぐに路地裏に入り、手に入れた装備に着替える。ウェリントンだけは恥ずかしがってさらに奥の影の深いところで着替えてきた。男同士で恥ずかしがるのは良くないと思うんだけどね。
「さて諸君。自警団時代を思い出せ。俺たちはいつも自分たちよりも数の多い敵を相手に知略を尽くして戦ってきた。今回もそうだ。はっきり言って戦力差は絶望的だ。向こうは正規兵に異世界人のチーター共。こっちはチーターになれなかったカスステの負け犬男に、子供が5人だけだ。だけど俺は誓う。必ず勝利する。お前たちは俺と共に勝利者として同胞から尊敬を受ける。その栄誉を与えるとな!」
少年たちは頷く。その瞳には闘志の火が燃えているのが見えた。俺たちだけが唯一村人たちを救えるのだ。
「ウェリントン。ウェリントン・ファルカン」
「なんですか?統領!」
「お前を俺の副隊長にする。右腕だ。頼むぞ」
「その
ウェリントンは厳めしく敬礼した。だけど尻尾がめっちゃ左右に揺れてた。喜んでくれるなら幸いです。
「では行こう!自警団の再結成だ!敵に屈辱を与えてやれ!!」
「「「「「了解!!」」」」」
俺たちは走る。夜の闇に閉ざされつつある路地裏を。
トラックが止まっている町はずれの駐車場一帯は王国軍の正規兵たちが巡回していた。俺たち自警団はそれを近くのビルの屋上から見ていた。
「数はどれくらいだ?」
犬耳をぴくぴくと動かし、鼻をクンクンとさせてウェリントンは索敵をしていた。
「20名です。運がいいですよ、統領。勇者パーティーの奴ら一人もいません!」
おそらくあいつらはこの街の繁華街で遊び惚けているのだろう。今頃は娼館あたりにしけこんでいるくらいだろうか?
「運はこちらにあるのか…では作戦プランはCとする。おのおの配置につけ!」
二人一組となって自警団メンバーはトラック近くの敵に隠密スキルを駆使して近づいていく。俺は屋上の床の上で横になり、ライフルのスコープを覗き込む。敵兵の顔が見えた。酒を飲みながら仲間と談笑している。普通の若者の姿だ。あのような恐ろしい虐殺と略奪を仕出かした人間には見えない。俺はこの世界に来て彼らのような兵士として戦争をしてきた。チート持ちな連中は戦場でモンスター相手に大活躍だった。俺はそんなスキルもステータスもないから、装備と訓練と戦術でなんとかするしかなかった。召喚した王国と対魔王連合軍はそんな地味な俺を特殊作戦要員として扱った。モンスターではなく、連合軍や主要国と国益に揉める者たちやテロリストなんかとの戦いに赴くことになった。俺は対魔王戦争の裏側で相争い合う人間同士の戦いにうんざりした。だから培った人脈と能力で魔王暗殺作戦を実行したのだ。早く人間同士の殺し合いの世界から足を洗いたかったから。なのにまたこうして人間の頭をスコープ越しに狙ってる。世界は理不尽を強いてくる。弱者いつもそのとばっちりを受ける。
「だけど今日は違うんだよ。ウェリントン。違うんだよ」
「なにが違うんですか統領?」
「俺は公儀のために手を汚し続けた。闇の中で人に言えないような仕事ばかりをこなしてきた。それが皆の為だった。だから納得していた。仕方がないことだと諦められたんだ。ウェリントン。今日俺は初めて自分の意志で引き金を弾くんだよ。自分で正義をたてて、それにお前たちを付き合わせて、全部全部俺のエゴなんだよ。誰もこの罪を引き受けてはくれない。今日ここから奪われる命はすべて俺の名の下に奪われる。ウェリントン。俺はお前の統領でいてもいいかい?」
「はい。あなただけがボクの統領です。統領。命令を。ボクたちに命令を。罪をあなたが背負うなら、ボクたちは、ボクはこの命をあなたに捧げます。ご命令を。統領…」
俺は無線を全員に繋ぐ。
「シャドウ1、いいや。君たちの統領より、我が愛しき臣に伝える!これより響くは
スコープは敵兵の額を捉えている。そしてその笑顔に向かって、俺は引き金を弾いた。
ぱぁーーーんと乾いた音が響いた。
1人の敵兵が斃れた。
俺のエゴで人の命が消え去った。
だからもう後戻りはできない。
「総員!突撃せよ!!!!」
俺はライフルを抱えて、ビルから飛び降りる。地面に下りる間も引き金を弾き続けて敵兵を次々と始末していく。車の陰に隠れていた自警団のメンバーも飛び出して敵兵を次々と撃ち殺していく。
「そんな?!敵が来るなんて聞いてないぞ!?ぐぎゃ!」「くそ!なんで?!村人は全滅させたはずなのに!!?」「一体どこから湧いてきた?!」「おい!?あれを見ろ!!小野だ!!小野令刻だ!!」
俺は地面に降り立ち、そのままトラックに向かってライフルを撃ちながら突っ込んでいく。敵はすでに恐慌状態。つぎつぎと自警団のメンバーに撃たれて死んでいく。
「ちくしょおおおお!みんなみんな死んじまったぁああああ!この卑怯者ぉおおおおお!影に隠れる卑怯者おおおお!勇者様の敵めえええええ!」
「煩いんだよぉ!!」
俺は最後に残った一人を思い切り押し倒す。そいつの口の中に銃口を突っ込む。
「や、やめて…助けて…降伏する!だから…」
「お前は村人の命乞いを聞かなかった!!だから俺もそんなものは聞かない!!」
そして俺は引き金を弾いた。脳漿と血があたり一帯にぶちまけられる。俺は立ち上がり無線を入れる。
「総員、状況を報告せよ」
『こちらクリア』『こちらもクリア』
つぎつぎと制圧完了の報告が入る。
「ウェリントン。敵兵で生き残った奴はいるか?」
「大丈夫です。全員死にました。制圧完了ですね」
「わかった。すぐに撤収する!村人たちを四台のトラックに分けろ!!燃料と食料も調達せよ!!」
自警団メンバーは仕事に取り掛かる。人当たりのいいウェリントンがトラックに押し込められていた村人たちを宥めて四台のトラックに再収容する。他のメンバーは駐車場傍の倉庫から食料の入ったトラックを盗み出し、またさらに燃料が詰まったタンクローリーをパクってきてくれた。六台のトラックの運転席に自警団のメンバーがそれぞれ乗り込み、街の外へと走り出す。俺たちは村人たちの奪還に成功した。だけどまだだ。罪はまだ贖われていない。本当の罰はこれから始まるのだ。
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