第7話 逃走

革命より10か月前 第53開拓地区 通称ゴミ村



「わたくしの王様になってくださいませんか?」


「すみません、お友達でお願いします。ていうか今日これで三度目だよ?何考えてんの?」


 虹色の髪に、闇より昏い黒の瞳のルーレイラが最近この第53開拓地区に引っ越してきた。いくらなんでも怪しすぎたから、警戒して近寄らないようにしていたのだが、今日は向こうからこっちに近づいてきた。仕事中なのにぶっちゃけ邪魔である。


「劉備元徳も諸葛亮孔明に三回お願いしたら仲間になったところを見た事があります。だから大抵のことは三回お願いすれば大抵上手くいくと思うのですよ」


「それただのごり押しだからね。てか劉備に諸葛亮?お前地球のこと知ってるのか?やっぱり勇者たちの関係者なのか?」


 ボロを出した。というには間抜けすぎる気がする。だけどこの女はとにかく疑わしい。この開拓村の中でさえ、ドレスを着ているのだから。あと後ろにいるフルプレートの護衛さんたちが一言もしゃべらないし、顔も晒さないから正直おっかない。


「いいえいいえ!とんでもございません!勇者のようなただの兵器と仲良くする趣味はございませんわ!わたくしは地球の事を見てきたからこそ、知っているだけなのですわ!」


 勇者を兵器に例えた?たしかに性質的には魔王に対する対抗兵器のような感じではあるが…。


「見てきた?何言ってんだお前は?じゃあ俺が地球に帰る手段とか知ってる?」


「知っていますが、知りたいですか?」


「どういう意味?」


「マリソル・ビニャーレス。花山茶々。それ以外にも色々と理不尽を見てきましたでしょう?それらに後ろ髪を引かれず、振り向くことなく、地球に帰れるというのであれば、いますぐに手段をご用意いたしますわ」


「お前?!サザンカの事まで知ってるのか!?何者なんだ?!」


 ルーレイラはどことなく狂気を佩びたような微笑を浮かべる。身も毛もよだつような雰囲気が俺たちを包む。


「わたくしはただの魔女です。ええ。理不尽な世界の終わりの始まりを望み。不条理な歴史の終わりの始まりを欲し。世界際せかいさい絶対平和文明の礎を啓かんとする王を選定するだけの魔女ですわ!」


「意味が解らん。せかいさい?絶対平和文明?」


 ようは誇大妄想の変態ってことだし、サザンカと俺の関係の事を知っているならば、どう考えても危険人物だ。だけどそのわりには俺を害そうとする空気は感じられない。


「今はまだそれらについて知る必要はありません。まずは王となっていただかないと」


「だからそんなものになるつもりも、なれる気もしないよ」


「いいえ。あなたは斧に選ばれた王です。斧は原初より人類と共にあった祭器。剣よりもなお深いメタファーを含んだイデアそのもの」


「俺の持ってる斧に大層な性能はねぇよ。木だけはよく切れる。それだけだ」


「それは十分に性能を発揮していますわよ。木を切る。よく考えてください。かつては森にすむサルに過ぎなかった者たちが草原に出てヒトなった。そして母なる森を斧で切り拓いて文明を啓いたのですよ。ご存じありませんか?最古の文学、ギルガメッシュ叙事詩の主人公ギルガメッシュも斧を携えていたことをね。凛々しい若者でしたよ。ええ。彼は美しい斧を持っていました。そして手に入れた木でそれはそれは荘厳な街を建てたのです。あの風景は素晴らしかったですわ。斧こそ人類の原初を文明へと方向づけたのです。わたくしは見てきました。斧のすばらしさをね!」


 まるで古代の英雄を見てきたかのように語るこの女にはついて行けない。そろそろ話を切り上げたい。


「斧フェチ魔女さんや。俺は仕事があるんだよ。今日も木を切って農地を広げて、材木で家を建てなきゃいけんのだわ。この村を少しでも良くするためにね。ほら!帰った帰った!」


「あら!素敵なお仕事ですね!ご一緒してもよろしいですか?」


「いやです。ドレスくらいせめて着替えてから言ってくれよ。そもそもなぁ…」


「小野さーん!!広場まで来てください!緊急集会です!!」


 村人が遠くから俺の事を呼んでいる。


「なんでも王都から偉い人がきたそうです!!すぐに顔出してください!!」


「わかったー!すぐに行く!ということだ。仕事は延期。残念でした。お前も一応村人?だし集会にはでろよ」


「はい。わかりましたわ…愉しみですわね」


 ルーレイラはニヤリと嗤ったように見えた。不吉な予感がする。この女はきっと災厄を連れてくるヤバい女なんだ。そう勘が告げていた。





 森の広場には10台ほどのトラックと一台の派手なオープンカーが止まっていた。きっと転移者がチートスキルで造った高級車だろう。


「村人どもよ!勇者様からのありがたいお言葉を持ってきてやった!」


 広場の中心に見知った顔があった。わが母校の勇者パーティーのナンバー3。聖戦士のジョブを持つ御縁みえにし大智だいちがいた。チートジョブチートスキルチートステータスのリア充さまがなんでこんな辺境にいるのか?子爵の言葉が思い出される。彼の周りには勇者パーティーのメンバーが5名ほどいる。それに王国軍の兵士たち。物騒にしか見えない。


「おい。統領。あいつはお前と同じ異世界人だな?」


 マリソルが俺の傍によってきた。愛用の大剣をすでに召還して装備していた。警戒せざるを得ない。俺も軍用ベストを着てライフルをストリングで肩にかけている状態だ。


「ああ、警戒は怠るな。いざって時は村人を守るために戦闘も覚悟してくれ」


「ああ、まかせてくれ」 


 警戒する俺たちを御江西は馬鹿にするように一瞥し、懐から何かの書状を取りだして読み上げ始める。


「第53開拓地区の諸君。諸君らの開拓事業への貢献に王国は感謝している。諸君らの村の生産性は近頃大いに伸びており、これは多くの臣民の模範になるべき行いと言える。よって我ら勇者軍団と王国政府は汝らに魔王戦争からの復興の先鞭を司って欲しいと考えた!」


「統領…。あいつら我々を褒めているのか?なにか皮肉に聞こえるのだが…?」


 マリソルが不安げな面持ちで俺の袖をぎゅっと握る。俺も同じことを感じていた。続きの言葉を正直に言って聞きたくない。


「よって汝らに復興特別税と労働力の供出を命じる!!」


 ざわざわと村人たちが騒ぎ始める。いきなりの税金の徴収に慄いている。村長が御縁の前に出てくる。


「まってください!いくらなんでもそれはあんまりです!うちの村はすでに今年度分は納税しているのです!!金なんてほとんど残ってない!それに開拓に人手は必要なんです!労働力の供出は無理です!!」


「なに?お前は世界が魔王によってボロボロになっているのに、我が身惜しさに助けを出すつもりがないと?!なんて冷たいやつだ!!」


「そんなつもりはございません!ただ現実的にこれ以上の税を払うことも労働力を出すこともうちにはできないと言いたいだけで」


「うるさい!言い訳など聞きたくない!お前は勇者と国王のお願いを聞けない反逆者だ!!反逆者は死ね!!」


「うぐぅっ!」


 御縁は村長の胸に剣を刺した。村長はそのまま絶命して地面に倒れた。女たちの悲鳴が広場に響き渡る。俺だって叫び出したいくらい非道な光景だった。なによりも同じ世界から来たかつての校友が人間を殺したことがショッキング過ぎた。


「お前ら貧乏人に現金があることなどそもそも期待していない!!税は物納でもかまわん!そうだな!子供と若い女を差し出せ!奴隷にして売って金に換えてやるさ!若い男たちもだ!お前たちは各地の復興に体を差し出せ!死ぬまで働き続けて世界に貢献しろ!!」


 見縁はふざけたことを叫ぶ。そして兵士たちが剣を一斉に抜く。俺はマリソルを連れて御縁の前に出る。


「ふざけるな!!お前たち何を考えてるんだ!!これは税の徴収じゃない!ただの略奪だ!!自分や家族、友人に恥ずかしいと思わないのか?!」


「おお!小野隊長様じゃないですーかー!追放されたくせに元気っぽいですねー!腹立つわ。相変わらずムカつく野郎だ。こんなド田舎で美女連れ?相変わらず舐めてんな、カスステータスのくせに…!」


 勇者パーティーメンバーは俺の事を睨んでいる。どいつもこいつも俺の事を逆恨みしてやがるのは知っている。だが今はそれどころじゃない。


「今すぐにこの村から帰れ!金が欲しいなら金策の方法を教えてもいい!この村から搾り取る必要なんてない!なんでこんなことをする!お前たちは現代人としての常識を何処に捨ててしまったんだ!!」


「はっ!小野隊長さまは相変わらず俺たちのことを下に見てるんだなぁ。俺たちはこの世界に選ばれたんだよ。日本にいた頃のちっぽけな子供じゃないんだ。力のある圧倒的強者なんだよ。この異世界はなぁ俺たちチーターたちのものなんだよ。俺たちにはな、弱っちい異世界人たちから何もかもを奪う権利があるんだよ」


「そんな権利を持っている人間はいない!もういい!お前たちがこれ以上ふざけたことをやるなら、こっちも…!」


「あふふふ!あひゃ!強制停止モードオン!!」


 御縁がマリソルを指さす。すると彼の指輪が怪し気に光る。そしてマリソルがばたりと倒れてしまう。


「あっ…かはっ…体が…動かない…何でぇ…?」


「マリソル!?しっかりしろ!?」


「無駄だよーん!戦闘奴隷には反乱防止用の特別モードがあるんだぜ。今の俺はそいつの暫定的な主人の権限を借りてきてるんだ。今は四肢の神経を停止してるだけ。でもその気になれば、呼吸さえ止められるんだ!ひゃはは!あはは!いいねぇ!こんなに綺麗な女を痛めつけるってこんな気持ちいいんだなぁ!満たされるぅ!」


 御縁はそれはそれは愉しそうに体を震わせていた。俺とマリソルを嘲笑っている。だから俺はぶちぎれた。ライフルを構えて銃剣で見縁の胸を突き刺そうとした。だけど。


「舐めんな!!お前相手の対策くらいしてんだよ!!!撃てやぁ!!」


 勇者パーティーたちが俺に向かって一斉に銃を撃った。弾丸が俺の足や腕や腹にあたり、俺は行動不能になって倒れてしまった。


「盲点だったよな。この世界の奴らも俺たちもステータスの力で普通の銃弾は効かない。デコピンされるようなもんでしかない。だけど錬金で強化した上で、お前みたいなクソステ相手なら別だ。いい感じに行動不能に追い込める。それにお前。俺らが銃を使うなんて思ってなかったろ?」


 その通りだった。ファンタジー世界できゃっきゃと遊んでいたこいつらは普段は銃に目もくれなかった。銃は錬金で強化しないと使い物にならないし、メンテナンスにひどく金がかかるから倦厭されていた。使っていたのは急襲偵察隊くらいだった。


「お前みたいな雑魚はさぁ。不意打ちくらいでしか俺たちを倒せないわけよ。どう?それをやり返された気分はさぁ!!おらぁなんかいえやぁ!」


「ぐぅう!」


 御縁は俺の傷口を蹴ってくる。


「これから村人どもから全部奪うから、そこでみとけや!!はじめろ!!」


 そしてそこから先は地獄だった。兵士と勇者パーティーの面々は若い男女と子供たちを次々と捕まえていく。それに抵抗する大人たちは次々と一方的に殺されていった。捕まった者たちは男女でわけられてトラックに次々と押し込まれていく。


「やめてくれ…俺に恨みがあるなら俺だけ殺せばいいだろう…」


「やめませーん!だってまだお前俺たちより上から目線だもーん!もっともっと痛めつけないと東雲がうるさいんよね!ひゃはは!」


 御縁は俺の背中に座って略奪の風景を見て楽しんでいた。こんな下種の椅子にならなきゃいけない自分が惨めだ。


「なあなあ御縁!その金髪のサキュバスってヤっちゃダメなの?俺、男の前で女をレイプするのやってみたいんだけど!!」


 勇者パーティーの男たちが俺たちのところにやってくる。その言葉を聞いてマリソルの顔が真っ青になる。こんな恐ろしいことを平気で口にできるこいつらはいったい何なんだ?


「だめだめだめ!俺だって本当は小野君に最高のレイプショーを見せてやりたいんだけどさぁ。東雲がそれをやりたがってんだよ。あいつくっそ趣味が悪いよな!この女と小野が情を覚えるくらいに仲良くするタイミングを狙ってたんだよ!復讐なんだとよ。花山と小野がこの間駅でキスしてたんだってよ!茶々ちゃんのファーストキスを奪われたから、代わりにこの金髪女のヴァージンを目の前で奪ってやり返すんだとよ。マジであいついかれてるぜ!ひゃはは!」


 なんだよそれ。そんなことのために、これだけの悲劇を引き起こしたのか?たったそれだけの為に?


「そろそろ殺し終わった?じゃあ撤収!撤収!」


 マリソルは女たちのいるトラックに放り込まれた。俺も同じようにトラックに放り込まれた。そしてトラック達と勇者パーティーは村を後にした。




 トラックはガタガタと荒い道で揺れている。若い男たちはしくしくとみな泣いていた。俺も泣きたかったが、奴らの監視の目がなくなった今がチャンスだった。微かに動く指を動かして、ベストのポーチから注射型ポーションを取りだして自分の体に刺す。すぐにダメージは回復して体が動くようになった。俺は近くにいた知り合いの男の子に声をかける。


「ウェリントン。ウェリントン」


「小野さん?!体は大丈夫なんですか?!」


 ウェリントンは俺の事を心配そうな目で見ている。この子はいい子だ。邪険にされがちな俺にも優しく接してくれた数少ない人の一人だ。


「静かに。他な奴らが騒ぐと困る。この中で比較的メンタルが安定していて、体が丈夫な奴らを四人くらい選んでくれ。トラックから逃げるぞ」


「逃げるって。逃げてどうするんですか?村はもうだめです。それに街へ落ち延びても手配されてまともな仕事にもつけない。何もできないですよ」


「今はそんなことを考えるな。いいかウェリントン。女たちとここの友人たちを助けたくないか?」


「そりゃ助けたいですけど」


「俺が全部何とかする。だから俺についてくるんだ」


「ほんとうになんとかできるんですか?」


「ああ、だからついてこい」


「わかりました。すぐにまともな奴を集めます」


 ウェリントンは静かにまともな奴を集めてきた。ポーチから簡易のガスマスクをそいつらに渡す。


「まずここにいる奴らを眠らせる。密告されてもかなわんからな」


 俺は催眠ガスのつまった缶の栓を開ける。すぐにガスはトラックに充満して、他の奴らは眠ってしまった。そしてトラックの床にあるメンテナンス用のハッチを開ける。そこから部品をいくつか分解して取りだし、車体の下に穴が開いた。地面が見えている。充満していたガスはそこから外へと拡散していった。俺はガスマスクを外して、起きている脱出メンバーに声をかける。


「ここからトラックの外に出る。すでに5時間近く走ってる。もうすぐ夜になるはずだ。その時に脱出だ」


 全員がコクリと頷く。そしてすぐに夜になり、車は止まった。俺がまず最初にトラックの下に出て外の様子を確認した。どうやらここはアクランド子爵のあの街のようだ。運がいい。ここならすぐに街の闇の中に隠れられる。俺はメンバーたちに指示を出しながら見張りの目を掻い潜り、トラックから脱出し、路地裏の闇の中に隠れることに成功した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る