第6話 生殺与奪
昨日は夕刻に着いたもんだから商売が出来なかった。だから街の宿に一泊した。宿の食堂にて新聞を読みながら朝食を取る。
「そうやって新聞を読みながら、朝食を食べるとすぐに老けておっさんになってしまうぞ」
目の前に座っているマリソルは不満げにそう言った。
「だけど情報収集は大事だからね。なにせうちの村には新聞が届かない。昔の仲間からの手紙にも限界がある。情報は収集できる時にしておかないと」
実際新聞には各地での難民絡みの争乱についてや、人種間対立などの過激化などを伝える暗いものが増えていた。
「戦争が起きるというお前の法螺話か。仮に起こってもうちの村にいてはどうしようもあるまい?」
「…そうなんだけどね…」
「もう肩の力を抜いてはどうだ?お前にも私にもできることはないのだ。適度にモンスター狩りをしてダンジョン潜って銭を稼いで生きていくのも悪くはあるまいよ。お前なら冒険者稼業でいくらでも出世できる。あるいは村の発展に寄与するとかな。それに言っていたではないか元の世界に帰るんだと。帰るならば戦争などどうでもいいだろう?なぜ備える?」
「…それは…念のためだよ。うん。それだけ」
「そうか?お前はこの世界に情が湧いてるのではないのか?だから放っておけないのでは?」
マリソルがどことなく寂し気な笑みを浮かべる。
「もしも放っておけないというのであれば、私や村のことなど振り切って旅立つべきだよ。お前なら受け入れてくれる国家や勢力は幾らでもあるだろう。そこで戦争に備えればいいのだ。お前は戦争の規模を少しでも小さいものにしたいのだろう。なら上へ行くべきだ。ここに残ってはいけないよ」
追放された身だけど、村から逃げ出そうと思えばいつでも逃げ出せた。だけど監視に知り合いのマリソルがついてしまい、また村の困りごとを見てしまうと、なかなか離れがたく思ってしまう。俺は半端ものだ。どうしようもなく。
朝食を終えた後、小売りの商人に持ってきた家具を売った。けっこうな金になった。そして驚いたのが冒険者ギルドでの出来事だった。
「先日、小野様が倒されたあの亀モンスターなんですが、なんと手配モンスターでした。各国の軍の英雄や貴族の子弟を食い殺してきて恨みを買ってたみたいですね。報奨金はなんと5億です!!すごいですねぇ!手配モンスターの報奨金には税金かからないんでまるまる手取りですよ!!羨ましいなぁ!!」
ギルドの受付嬢にそう告げられて驚きを隠せなかった。
「まじかよ??!」
いきなり億万長者になってしまった。その時ふっと思った。
「なあマリソル。5億あれば昨日のあの子たち全員買えるかな?」
「…ふぅ…。買えるだろうな。だが…それでいいのか?大金だぞ。この先遊んで暮らせる。商売の元手にしてもいい。それだけの額だぞ」
「あの子たちのあの顔見て、遊んで暮らすのはな…何か違う気がするよ。例えこの世界がそんな理不尽ばかりだとしても、見てしまった理不尽くらいは何とかしてみたい」
「ふふ。そうかそうか。ああ、召喚されてすぐに魔王を殺してしまったお前らしい優しさだな」
俺たちは報奨金を小切手にしてもらい、奴隷商のところへ向かった。だけどその途中憲兵に呼び止められた。
「小野令刻様ですね。ミケーレ・アクランド子爵がお呼びです。村の事について話したいそうです。領主公邸に出頭をお願いいたします」
アクランド子爵はこの街の領主であり、俺たちの住む第53開拓地区の代官も務めている。開拓地区は王家の直轄領であり、管理そのものは周辺の貴族が代わりに引き受けているそうだ。同時に住民相手に難癖付けて色々と搾取もやっているが王家は黙認している。
「大事な用事があるんだけど、あとじゃだめ?」
「だめです。今すぐに出頭してください。子爵閣下はそうお望みです」
要は今すぐ来ないいじめるよってことなんだろう。俺たちは渋々と公邸へと出頭した。
貴族の屋敷は嫌いだ。財を誇示するような悪趣味なギラギラした感じの内装がいやだった。現代人の感覚からするとダサくて品性にかける。そしてその公邸の応接間に俺たちは通された。
「やあ待っていたよ」
美食で肥え太った子爵は豚のように見える。そしてその豚さんの両脇に美しい女たちが侍っていた。愛人か娼婦かはわからないけど、上っ面だけの笑みが痛々しく見える。
「どうも子爵様。今日はどのような御用でしょうか?」
「ああ、今日はね。代官として仕事をしようと思ってね。税金だよ税金!わかるよね?追徴課税ってやつだよ!」
「税金ならきちんと納めていますけど?申告漏れも所得隠しもないですよ」
「何言ってるんだい!?君はさっきギルドから5億もの大金を受け取ったよねぇ!これは所得隠しだよ!!」
「手配モンスターの報奨金は公益の観点から無税と王国法は定めていると記憶していますが?」
ふざけた難癖を吹っ掛けられたが、俺は法を一切犯していない。金を渡す必要なんてない。
「あれぇ?そうだったかなぁ?じゃあ僕が法律を間違えてるって事かなぁ?そんなはずないんだよなぁ。僕は法律に詳しいんだよ!だからね!それを今ここで証明してあげる!!」
そう言うと子爵はマリソルを人差し指で指さした。そして彼の指にはめられている指輪の宝石が怪しく輝く。
「ぐぁああ!ああああああああああああああああ!あああああああああああああああああああああ!!!」
マリソルが首を抑えて床に倒れ込む。俺は彼女を抱きかかえて声をかける。
「おい!おい!?大丈夫か、マリソル‼マリソル!」
「がはぁ!ああっ…ああっ…はぁはぁ…ぐうぅ…」
「子爵?!あんた何をやったんだ!!?」
子爵は苦しんでいるマリソルを卑しい笑顔で見下ろしていた。
「奴隷への懲罰だよ。なにせ彼女は戦闘奴隷なのに、ノルマの戦闘量をこなしていなかったんだ。毎日モンスターを10万体倒すように命じているのに、こなせていないんだよ。だからね死ぬほど苦しい痛みを彼女に与えたんだ。仕方ないよ。これは教育だからね!」
「ふざけるな!一日10万?!そんなの誰にもできっこないだろうが!」
「戦闘奴隷は他の奴隷と違っていろいろと自由が認められていて優遇されているけど、こと戦闘に関してはシビアなんだ。主に与えられた戦闘ミッションをこなせなかった場合は、懲罰を受けさせることが主人の権利として認められているんだよ」
「そもそも今の命令自体が無理だろう?!」
「なにを言ってるんだい?奴隷相手にどんな命令を出しても、主人の自由だろう?ちがうかね?くくく」
奴隷は所詮奴隷。戦闘奴隷は兵士として擂り潰されるまで戦わせられる。
「そもそもサキュバスのその美しい女が戦闘奴隷であることが間違ってるとは思わないかね?別にいいんだよ。僕としては戦闘奴隷をやめて、性奴隷になってもらってもかまわないんだ。くくく、あはははは!!」
これは脅しだ。俺はマリソルを人質に取られていたんだ。おかしいと思ってた。考えないようにしていた。マリソルが偶然俺と再会するはずなんてないんだ。だからこれを仕込んだやつがいる。
「なあ子爵。マリソルを俺につけたのは勇者の指示か?」
「おや?やっぱり頭がまわるんだねぇ。そうだよ。勇者様が戦闘奴隷になったマリソル君を僕のところに送って来たんだ。小野君に宛がって鎖にしろってね!君たちはもともと知り合いだったんでしょ!?情があるって悲しいね!顔見知りの可愛い子が今や奴隷として僕の掌の中にいる!!いつでも殺せる。いつでも犯せる。いいかい小野君?君は残念ながら英雄である勇者様にとってもとっても嫌われちゃったんだよ。だから僕を恨まないでくれよ。僕は勇者様がお忙しいから、代わりに君をいじめてるだけなんだからね!!仕方ないんだよ!仕方ないんだって!あはは!ひーはははははは!!!」
子爵はゲラゲラと笑い続けている。人を蔑んで辱めて楽しんでいる。なのに敵わない自分が一番悔しい。
「子爵。金は渡す。だから今すぐにマリソルへの懲罰をやめてくれ」
「やめてくれ?やめてくださいじゃないかな?」
俺はその子爵の挑発に我慢が出来なかった。それにこれ以上増長させるわけにはいかない。
「やめろ。いいからやめろ。金はくれてやる。だけどマリソルを苦しめるのをやめなきゃ、刺し違えてでもお前を殺す。忘れたのか?俺は魔王を殺すために勇者を顎で使った男だぞ?マリソルを俺から奪い傷つけたら、容赦はしない」
子爵は俺には向かわれた怒りと、同時に俺の覚悟を読み取ったのかどことなく恐れているような顔をしている。
「ちっ…まあいいよ。懲罰モード解除」
指輪の光が止まり、マリソルの顔色が良くなる。
「…ハルトキ…私なんかのために、怒るなよ…金だって出さなくてもいいんだ」
「今は何も言うな。休みな」
マリソルはそのまま俺の腕の中で気絶してしまった。子爵は溜息をついた。どことなくやるせなさげな不可解な様子だ。
「ふぅ。君って本当にバカだよね。何でそれだけの器を持っていて、勇者みたいな小物相手にてこづっているのやら。甘いんだよ君。もっとズルく立ち回ればいいのに。まったく…」
俺は子爵に小切手を渡す。彼はそれを懐にしまう。
「そうそう。これは独り言なんだけどね。勇者、そろそろ君に直接何か嫌がらせをする気みたいだよ。第53地区はもともと僕の領地じゃない。王家の直轄地だ。もともと僕はただの管理人でしかない。だから何が起きても僕は一切関知しないし関係ないからね。恨むなら勇者と国王だけを恨めよ。いいね?」
子爵は明後日の方向を見ながらそう言った。これはいったいなんだ?なにを言いたいのか?だけど無視したらまずいことだけはわかった。俺はマリソルを抱きかかえて部屋を出た。今にも泣きそうな気持ちのまま、廊下をフラフラと歩く。その時正面から誰かが来たことに気がついた。それは紫色のドレスを着た女だった。虹色に光輝く髪の毛に、闇よりなお深い黒の瞳の美女。両脇に顔も見えないフルプレートの騎士を従えていた。子爵の娘か、それとも子爵に会いに来たお客の貴族か何かか?俺たちがすれ違いそうになった時、向こうは自然と俺の横にそれていって、恭しく頭を下げた。そのしぐさにひどくイラついた。
「俺はどこぞのお嬢様にわざわざ足を止めてもらって頭を下げてもらうほど偉い人間じゃないんだけど」
「いえいえご謙遜を。あなたは斧を持つ者。生殺与奪の全権を持つお方ではありませんか」
俺が役に立たない斧の使い手であることは有名だ。なにせ勇者パーティー共が俺を蔑むために積極的にその話を噂しているんだからな。間抜けなで最弱の斧使い。それが世間での俺の評価だ。
「はっ!斧なんて何の役にもたちやしないよ!生殺与奪の全権?むしろ握られている側だっつーの!」
虹色の髪の女は顔を上げる。息を呑むほどに美しい女だった。だけどどこか闇を感じさせる不気味さも備えている。
「いえいえ。斧ほど役に立つものはありますまい。斧は罪人の首を刎ねることができるのですからね」
女は狂気を帯びているような微笑を浮かべる。
「あいにく罪人っていうのは大抵俺なんかよりも強いんだよ。俺に罪人の首を刎ねることなんてできない」
「ええ、今のままでは無理でしょう。ですがいずれあなたは弱者たちの祈りを束ねて、強き罪人たちの首を刎ねる。そして贖われた血より新たなる世界は生まれるのです」
どことなくうっとりと酔っているかのように女は語る。言っていることの意味が解らない。こういう手合いは相手にするからつけあがる。貴族のお嬢様の相手なんてごめんである。
「オーケーオーケー。お前は頭がおかしいやつなんだな。もう失礼させてもらうよ」
「ああ!お待ちになってください!せめてわたくしの名を覚えておいてください!わたくしの名はルーレイラ!いずれまた近いうちにお会いしましょう。我が君よ!!」
ルーレイラは優雅なカーテシーをして俺を見送る。俺は構わずにそのまま子爵の家から出て、町はずれの駐車場に止めてあったトラックに乗り込む。そして街から逃げるように村へと帰っていった。
「やあ、処刑を司る文明の魔女様。ようこそお越しくださいました。ええ、ちゃんと準備は整えておりますよ。新たなる文明を啓く斧の覇皇の為の準備はね」
「ありがとうございます。ミケーレ。わたくしもやっと準備が整いました。あとはハルトキ様が斧の真の意味に気づくだけ。斧は剣よりも先にヒトの傍にあった原初の道具の一つ。斧は森を切り拓いて、人々に文明を与えました。それは星さえも食いつぶす罪深き行い。だけどだからこそ素晴らしい。そしてその刃は同胞にさえ向かうのです。それはすべて秩序の為。より多くの弱者たちが生き延び幸せになるための聖なる罪を犯すために斧はあるのです。ハルトキ様。早くわたくしの王様になって。全ての罪人の首を刎ねて、人類を黄金の時代へと導いて…ああっ」
革命まであともう少し…。
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