第5話 目を背けたくなかったこと

 革命より10か月前 第53開拓開発区 通称ゴミ53



 ここに追放されてもう一月もたってしまった。ここは王国の端っこの未開拓地域のひとつだ。肥沃な大地と水源を持ちながらも、未だに開拓がおぼつかない大地。長く続いた対魔王戦争で人的リソースが取られてしまったこともあるし、この土地自体がそこそこ凶悪なモンスターの生息域と被っていたこともあった。手つかずなまま放置されており、主に政治犯とその家族の流刑地として利用されるだけだった。俺も扱いとしては政治犯みたいなもんなんだろう。だからこそ村人たちは政治犯の厄介さをよく知っている。この村は王国からは53地区を皮肉ってゴミ53と呼ばれていた。この村は王国の嫌われ者たちの集まりなのだ。そして自分たちがその政治犯の子孫きらわれものであり、未だに王国に敵視され続けていることもよく理解しているからこそ、俺の事をどこか遠巻きに疎ましく思っていることはよく伝わっていた。それでも俺になりには村に貢献したつもりだ。急襲偵察達のノウハウを使って自警団を組織してモンスターの巣を特定し、討伐し開墾可能エリアを増やしてやったり、良質の粘土層を見つけて陶芸を手取り足取り教えてやってという副収入産業を確立したり。我ながら健気に働いていると思う。だけどそれでも村人たちは警戒を続けている。それは俺が魔王を倒した勇者に睨まれていることを知っているからだし、もう一つは。


「おい!統領!おい!おい!木から下りてこい!!統領!」


 最近の俺は林業に嵌っていた。斧のスキルの真価はやはり林業にあるのだ。枝を間引いたり、植林したり、伐採して材木に加工したり、家具を作って売ったり、色々とやっていた。


「無視するなぁ!!ふん!」


 俺の登っていた樹が大きく揺れた。原因はわかってる。下を見ると首輪をして、頭に羊のような角の生えた金髪碧眼の女が木にケリを入れていた。俺はそいつの下に飛び降りる。


「マリソル。なんか用?俺めちゃくちゃ仕事してんだけど?」


 金髪の女の名はマリソル・ビニャーレス。連合軍の元軍人。戦略的要衝にある港湾都市国家の王女様。種族はサキュバス。なのに普段はエロさのかけらもない脳筋。そして彼女もまた元いた居場所を追放されたあげく、さらには陰謀によって戦闘奴隷に落とされた可哀そうな女である。


「仕事?!木を切ることがか?!お前はそれでも魔王を倒したあの奇跡の作戦の立案者なのか?!統領!戦闘だ!戦闘しよう!最近街の方で龍脈が暴走してモンスターが大量発生したらしい!それに新しいダンジョンも生えてきたとか!行こう!そして戦おう!戦士ならば戦場に身を置くべきだ!違うか!?」


「俺、戦士じゃないし。戦うのは仕事だから。戦士な君とは違うんだ」


 戦闘奴隷の彼女の主はここの正式な代官である。そして代官が俺につけた護衛兼秘書という名の監視役兼始末屋でもある。だけどそういう意味ではちっとも役に立ってない。マリソルは顔を合わせて速攻、『代官に隙あらばお前を殺せと言われた!はやく隙を見せろ!』と宣ってくるような真正のアホである。


「なにを腑抜けたことを!男ならば戦うべきだ!この村に来たばかりの頃のお前はよかった!自警団を率いてモンスターを狩り村の生存圏を大きく広げ、流通網の治安のために賊共を討伐して!なのに今となっては木を切っては女子供しか喜ばんような家具ばかり作ったり、爺のように盆栽したり!」


 ちなみにこのアホ、俺が化粧台をプレゼントしたら大層喜んでくれた。マジで阿呆である。


「盆栽はいい趣味だよ。素晴らしいよ木の成長を見守っていると心が洗われていくような感じがするんだ」


「そういうのがだめなのだ!本当にどうしてしまったんだ!?連合軍にいたころは歴戦の戦士さえも尻込みするような任務に率先して志願していたのに!」


 この女とは昔連合軍にいた時に何度か任務を共にした。だからここで再会した時かなり驚いた。同時に奴隷落ちしていたことに悲しさも覚えた。


「マリソル。暇なら村人の開墾の手伝いでもしてきなよ。体力有り余ってるんでしょ?重宝されるよ」


「それならもうやろうとした。だが断られたのだ」


「はぁ?なんで?」


「私は納得していないのだが、周りの男たちを惑わすから駄目だと言われた。私はまだ未通だからサキュバスとしての魅了の力はないはずなのに。納得がいかない…」


 この女、所作にはエロさがない。普段は凛として元軍人らしいはきはきとしたかっこよさがある。だけど屈むと谷間が見えちゃったり、しゃがめばパンツ見えちゃったり、バニラのアイスを食べれば手に白い液が溶けてそれを艶めかしい舌で舐めとったり。それはそれはラッキースケベを周りにばら撒くエロリストになるのである。農作業なんてやったらきっと水を被って透けブラするんだろう。見たいです。


「ああ、そうかぁ。うーん。もしかして街に行くまで俺のこと邪魔する気?」


「無論である!!」


「わかったよ。街に連れていく。だけどモンスターとは一人で戦いなよ」


「なぜだ!?お前も戦え!指揮をしろ!!得意だろう?!」


「もうやめたんだよそういうの。俺の仕事は林業と家具屋さんです」


「むぅーーー!…ふぅ、まあいいだろう。何があったかは知らんが、お前は本調子ではないようだしな」


 マリソルは納得してくれた。ぶっちゃけ街に出るのはめんどくさいけど、造った家具も置き場がなくなってきたし、売りに行こうと思う。俺とマリソルは魔力で動くトラックの背に家具を乗せて、街へと向かった。車で5時間近くかかるが、わりとおしゃべりなマリソルのおかげで退屈はしなかった。街を囲う城壁の前についた頃には夕方だった。夜型の凶悪なモンスターが出始める時間帯だ。


「あれ?あーいやだー!モンスターマジで沢山湧いてんじゃん?!」


 城壁近くで冒険者たちとモンスターの群れが戦っていた。マリソルが言っていたモンスターの大量発生は本当だった。


「やったぞ!久しぶりの戦闘だ!!統領!車をとばせとばせ!」


 マリソルは窓から出てトラックの屋根の上に立つ。そして愛用の二対の大剣を召喚して構える。俺はアクセルを思い切り踏み込んでモンスターの群れに突っ込む。


「マリソル・ビニャーレス!!元軍人!平和を乱すモンスター共はこの私が許さない!!とおぅ!!」


 マリソルはトラックの屋根からジャンプして近くにいた大きな飛竜の背に飛び乗り、その首を片手の剣だけで切り裂いた。


「うわー。ていうか自分で飛び乗ってすぐに殺すのアホじゃない?足場にすればいいのに」


「むっ?!浮力がなくなった?!ええい!龍のくせに首を落とされた程度で堕ちるのか!能無しめ!」


 彼女は首のなくなった竜の背を蹴って、地面の方にいるモンスターの背に降り立つ。そして殺すたびに次の奴に飛び移りということを繰り返し続ける。


「いや本当に強いな。終るまで放っておこうかなぁ…?ん?あれは?」


 八台ほどのトラックで編成された隊商がモンスターに囲まれていた。特にヤバいのは真後ろにつけている巨大な亀。亀のくせに車と同じくらい足が速い。そのうち追いつかれるし、なにより護衛の魔法使いがシールドを張っているけど、長くはもちそうにない。


「しゃーないか。見捨てると目覚めが悪い。…あいつがいなくても元の世界にまだ未練があるんだな俺は」


 ハンドルから手を離し、ライフルの銃口をモンスターに向ける。そしてフルオートモードで弾をばら撒く。


「おら喰らえや!チートスキル連中が造ったチート弾丸だぞ!ひゃははは!!」


 気分はトリガージャンキー。チートスペックな俺のライフルの放った銃弾はモンスターを次々と肉塊に変えていく。そして最後に残った大きな亀のモンスターの近くに肉薄する。そこから俺はトラックを加速させて、近くのモンスターの死体を利用して車体を一瞬だけ浮かせる。そしてトラックはカメさんの甲羅の上に乗っかった。俺はそのまま甲羅の頂上を目指して走る。そして頂上について、すぐにドアを開けて、甲羅に向かってライフルの銃剣を思い切り刺した。まるで水に指を入れるような抵抗のなさだった。銃剣はそのまま甲羅にずぶずぶと突き刺さっていく。ライフルの銃口は甲羅を突き破って内部の肉にまでたどり着いた。


「いくら表面が硬くても内側はどうかな?ファイヤーーーーーーーーーー!!」


 俺は思い切り引き金を弾く。銃弾が亀の体の内側をズタズタに食い破る。


『GOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!』


 亀モンスターから断末魔の叫びが聞こえた。そして亀モンスターは足を止めてその場で息絶えた。


「これもしかして、この亀の死体高く売れるかな?」


 甲羅に少し穴は開いたけど、大部分は無事だ。この甲羅は錬金術師とか鍛冶職人に高く売れそうな気がする。俺はトラックで甲羅から地面に下りる。その頃にはモンスターの群れはあらかたマリソルが片付けていた。


「統領!こんな大きくて強そうなモンスターを殺すなんて!貴様!やる気があるならなぜ言わん!そんなに私と一緒に戦うのが嫌だったのか…?私はかなしいぞ。それにさみしい…」


 どことなくシュンとしたマリソルの顔に罪悪感を覚える。


「いやそっちの隊商さんを助けるための緊急措置だよ」


「そうか?あれ?統領にやる気を出してほしかったのに、実際にやる気を出してしまったら、私がしょげるのはなんでだ?」


 それはお前がアホだからだよ。と言いたかったけど黙っておく。


「ありがとうございます、戦士様!!」


 俺の方へ隊商のリーダーらしき恰幅の良いおっさんがやってきた。いいスーツを着ていて、華美な指輪や腕時計やらをゴテゴテとつけていた。


「おかげで商品の方も無事です!是非ともお礼をさせて欲しい!どうでしょう?」


「まあ。そうですね。適度に報奨が戴けるならそれにこしたことはありません」


 別に見返りを求めたつもりはないが、相手のお礼の気持ちを断るのも気まずい。黙って受け取っておくことにする。


「ええ!うちの商品はそちらの金髪のサキュバスにも負けぬ品質ですよ!どうぞどうぞ!お好きなモノ・・を選んでください!!」


 トラックのシャッターが開けられた。そしてその中に沢山の商品がいた・・。マリソルはそれを見て嫌そうな顔で横に目を逸らした。


「どうです?!素晴らしいでしょう!?私は亜人女専門の奴隷商を営んでおりましてね!エルフ、獣人、ドワーフ、人魚、鬼人、竜人、なんでもござれですよ!!」


 そこにいたのは美しい亜人の女たち。いずれもが希望を失った暗い瞳をしていた。俺はその光景を黙ってみているしかできなかった。


「戦士様!男の器は持っている女の数と質で決まるものですよ!それにね、亜人の女って種族ごとにあそこの具合が違うんですよ!サキュバスとはまた違った感触が楽しめますよ!!がはははは!」


 俺はその営業トークが不愉快に感じられた。奴隷制度。この異世界にはそんなものが普通に存在している。街中で奴隷を見ることは珍しくない。だけどこんな風に本当に物と同じ商品として扱われている風景に俺はグロテスクな気持ち悪さしか覚えなかった。同じ学校の中には奴隷を買う奴もいた。女の奴隷を相手に自分の欲望をきっとぶつけていたんだろう。それはとても不愉快だった。やっぱりそうだ。こんな風景認められない。俺はライフルの引き金に指をかける。目の前の商人は商品について熱く語っているので俺のやろうとしていることに気づいていない。だがふっと手に柔らかな感触を感じた。


「やめろ。それはやめろ。統領。この風景は仕方がないこと・・・・・・・だ」


「だけど見ちゃったよ。俺は見ちゃったよ」


「だけど目を逸らせ。統領。ハルトキ。お前の優しさは嬉しい。だけどやめろ。どうしようもない。この世界はこのように出来ているんだ。受け入れろ」


 マリソルの手が震えていた。彼女もまた奴隷だ。その気持ちは推して知るべきだ。そのマリソルがやめろと言ったのだ。やめるしかないのだ。俺はトリガーから指を離す。


「すみません。いきなり奴隷を下さると言われても、俺はただの零細業者なので人手は足りています。あはは。申し訳ないですが、世話をする環境がないのです」


「そうですかぁ。それは残念ですねぇ。では相場以上の護衛費をお支払いいたします。どうぞお納めください」


 そう言って商人は金貨がパンパンに詰まった袋を俺に礼儀正しく渡してきた。そこに嘘偽りはない。俺に本当に感謝していて、商人として誠実に恩義を返そうとしている。何なんだよそれ。なんでその気持ちをそこにいる奴隷たちに向けてやれないんだよ。貰った金貨は酷く重たく感じられた。そして俺たちはトラックに乗り込み、城門を潜って街へと入った。

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