第4話 キスと追放
革命より11か月前 ミトラス王国 王都ミスラ市 勇者軍団駐屯地 戦闘員休憩室
魔王が死んだことでこの世界に平穏が訪れた。とは言っても魔王四天王はまだ逃亡中だったし、モンスターも沈静化したとはいえ、数は多かった。対魔王連合軍はその後始末に追われていた。だがそれでも平和は平和だし、成果は成果だ。魔王を倒した勇者たちとそのパーティーメンバーは勲章と報奨、そして貴族への叙勲が認められた。なお俺たちサポートメンバーだった急襲偵察隊には何の勲章もおろか金さえもらえなかった。連合軍参謀本部はこの措置に対して上層部へ抗議してくれたのだが、各国の君主たちは俺たちサポートメンバーの功績を認めなかった。魔王と戦わず横で見てただけの卑怯者たちに与える報奨はないというのが、彼ら貴族の親玉たちの言い分である。ただ連合軍参謀本部の軍人たちは俺たち特殊部隊の貢献をよく知っていたので、非公式ながら報奨金だけは払ってくれた。金を渡すときの彼らの申し訳なさそうな顔は今でも鮮明に思い出される。
「いくらなんでも酷くないですか…!?あの措置って!今思い出しても腹が立つんですけど!!」
サザンカは俺たち急襲偵察隊になんの名誉も認められなかったことに、ひどく怒っていた。なお彼女自身は東雲の配慮か何かで勇者パーティー扱いとして叙勲の対象となった。最初は断る気だったが、俺が叙勲を薦めた。無理に喧嘩しても意味がない。貰えるものは貰っておけと諭しておいた。
「いいよ別に。上司が部下を適切に評価しないことなんて当たり前のことだからね」
「でも。先輩がいなきゃ魔王は倒せなかったのに…なんでこんなことに…そのくせ魔王が死んでも先輩たちはこき使われてたし…おかしいですよ」
「後始末は勇者の仕事じゃないからね。まあ見えないところで仕事をする人間は沢山いるんだよ。俺も一人ってことだよ」
急襲偵察隊は魔王なき世界でも各地に派遣されることになった。旧魔王軍統治地域の強行偵察、モンスター生息域の調査。新発見迷宮探索。なにより重要だったのが、魔王四天王の捕縛。なんとか四天王の1人だけはうちらの部隊が逮捕することに成功した。ガチガチに拘束してこの王都の研究施設に超厳戒監視対象下で封印措置を行っている。多少は力が弱まったころを見計らって尋問を行う予定である。それまではぐっすりと寝ていてもらうつもりだ。
「先輩は認めてもらえなくてもいいんですか?わたしは嫌ですよ…そんなの…」
「言ったろ?どうせ元の世界に帰るんだ。この地の名誉なぞいらないよ」
だけど案の定、俺たちを召喚した連中は元の世界に帰る手段などないと言いやがった。だけど学生たちはとくに不満も言わなかった。元の世界よりもこの世界の方が居心地がいいそうだ。
「だけどわたしはやっぱり帰りたくないです。だから先輩にもこの世界での名誉が…」
「失礼します!!小野先輩!帰ってきてたんですね!!」
サザンカが何かを言いかけた時だ、俺たちの休憩場に入ってくる学生服で眼鏡の女の子がいた。大人しそうで地味な印象だが、とても美少女だ。
「初江。ここは戦闘員専用エリアだよ。非戦闘員は遠慮してほしいんだけど」
どことなく不機嫌そうな顔でサザンカは入ってきた少女をジト目で睨む。だけど初江と呼ばれた女の子は気にしなかった。
「でも小野先輩って放って置いたら何週間も帰ってこなくなっちゃうじゃない!お姉ちゃんはいいよね!戦闘員だからいつも一緒だろうけどさ!」
初江はサザンカの二卵性の双子の妹だ。明るい茶髪のサザンカに比べると、髪の色や瞳の色は黒。2人とも美少女だが、顔はまったく似ていない。
「わたしだっていつも同じ任務なわけじゃないよ。…でせんぱいになんの用事?せんぱいはいそがしいんだけど?」
「だから会いに来たんでしょ!用事がなきゃだめなの?!お姉ちゃんはどうしていつも…!」
「おちつけおちつけ!2人ともけんかはやめて!今日は一日暇だ。何の用事でも理由がなくてもかまわないから!」
この二人はふたごだけどそりが合わない。いつも顔を合わせると言い争いをしがちだ。何か家庭の事情も絡んでいそうで、むやみに立ち入れ無さそうなのも歯がゆい。
「ふぅ。甘いなぁ。せっかくの休みなのに…せんぱい。わたしは失礼しますね。初江とおしゃべりでもなんでもどうぞ。初江。せんぱいのこと疲れさせるような事はさせないでね」
「当たり前だよそんなの。わかってるよ…!」
サザンカは初江の顔も見ないで休憩室から出ていってしまった。
「小野先輩に久しぶりに会えてうれしいです!あの!これえお!先輩に!!」
初江はポケットから鞘に包まれた銃剣を取りだして、俺にそれを差し出してきた。初江は錬金や機械工作のチートスキルの持ち主だ。ヘリやライフル、爆弾も彼女が造ってくれた。あの魔王暗殺作戦の技術面における勲一等は間違いなく彼女だろう。
「新しい銃剣かい?へぇ…刃紋が綺麗だね」
「ありがとうございます!前の銃剣は東雲のバチクソエロゴミ陽カス野郎の血で汚れたってこの間、聞いて!言ってくれればすぐに新しいのをご用意したのに…」
「え?今、東雲の事なんて言った?」
「小野先輩!あんなバチクソゲロカスウンコチキン陽カスチリアクタ弱弱租チン野郎の事なんてどうでもいいじゃないですか!」
「んん?!長くなった?!…ま、まあいいや。初江も元気そうでよかったよ。もう少ししたら任務も落ち着くからさ。そしたら何処かに遊びにいかない?元の世界に帰る前に色々と観光くらいはしておこうよ」
「嬉しいです!楽しみにしてますね!確かに帰る前に思い出はいっぱい作らないと。せっかく来たのに勿体ないですからね」
「そう言えば初江はこの世界に残りたいとは思わないの?」
「私はどっちかって言うと帰りたいですね。ここは楽しい世界です。スキルも魔法も面白いです。でもお父さんとお母さんには会いたいです…寂しいから…」
「まあそれが普通だよね。なあ、サザンカはどうして帰りたくないっていうのかわかるか?」
「…それは…すみません…お姉ちゃんに聞いてください。私が話したって知ったらきっとガチギレするんで…」
困ったような苦笑いを浮かべている。ふれない方が良さげな感じだ。
「お姉ちゃんには私もなんども元の世界に帰ろうよって言たんですけどね。ほら、小野先輩の予測が正しいならあと数年以内に人類同士の大戦になるわけでしょう?」
「ああ。龍脈はまだ不安定だ。それに連合軍の解散によって武力による安定に空白が生まれる。魔王によって皮肉なことに人類が結束していたからいままで国家間や民族間、宗教間。様々な対立が覆い隠されていたんだ。それがこれから一気に吹きだす。もう兆候は見え隠れしてる。今はまだ流通が安定してるけど、そのうち滞り始めるだろう。そうしたら終わりの始まりだ。もう鼻の利く奴なら動いてるはずだよ。俺たちも備えないとな」
「私は正直に言えば大戦になる前にこの世界から元の世界に帰りたいです。いやですよ。人間同士の戦争に巻き込まれるなんて…魔王よりそっちの方がずっと怖いですから…」
どんよりと空気が重くなる。間違いなくこのまま行くと人類間戦争が勃発する。一応初江を中心とする錬金工作班にはそれに備えるようにお願いはしている。商業系の連中にも資金や資源の備蓄を頼んでる。みんな俺の言うことには半信半疑だが、備えには協力してくれている。
「小野隊長!王国政府から出頭命令が出ました!すぐに王宮に行けとの事です!」
「はぁ?なんだ?…ええ…めんどくさ」
だけど行かないともっとめんどくさいことになりそうだ。俺は立ち上がり初江にいう。
「すまないけど、王宮に行くよ。夜にでもどう?サザンカと三人で街に食べに行かない?」
「三人でですか…?…そうですね。…たまにはいいかもしれませんね。楽しみにしてます!行ってらっしゃい!」
「行ってきます」
俺は駐屯地から出て王宮に向かった。そして…。
「小野令刻!!汝を王都より永久追放処分とする!!」
「はいぃ?ええ?えええ?!」
王宮に言った途端、国王のいる広間に通されて、列席する貴族たちと勇者パーティーメンバーたちの前でいきなりそう告げられた。ひどく意地わるそうな顔で、東雲が俺を嘲笑っているのが見えて、全部あいつの仕込みだと気がついた。だけどもう遅い。そしてそのまま俺はその場で兵士たちに拘束されて王都中央にある駅まで連れていかれた。ホームで拘束を解かれて、辞令らしき紙を渡された。ゴミ村という辺境の村の代官補佐補助員なる謎の役職が俺に与えられた仕事らしい。
「…ごめんなさいせんぱい。わたしもあいつがここまでするなんて思わなかったんです。…これ、先輩の私物と装備です。中に生活に困らないくらいのお金も入れておきました」
ホームにはサザンカがいた。俺にリュックを渡してきた。
「なあ追放っていくら何でもおかしい!このままだと大戦が起きるんだ!準備をしなきゃいけない!追放されてる暇なんてないんだ!」
「それがダメだったんですよ。みんながみんなせんぱいの話を聞くほどいい人ばかりじゃなかったんです。閃里くんたち勇者パーティー派閥は大戦の話なんてちっとも信じてません。それどころか先輩のやっていることを勇者軍団予算の無駄遣いだって言ってます」
「あいつ等こそ予算を無駄遣いしてるだろうが。くそ!貴族共と遊び惚けて、娼館で乱痴気騒ぎ、奴隷なんかを買って虐待しているようなクズもいたな。それでどれほどの金を無駄遣いしているのか」
「軍団の予算は勇者のものっていうのが、彼らの考えですから。だからその予算で起きるかどうかもわからない大戦の準備をしている先輩は予算を勝手に使い込む背任者だと彼らは思っています。だから無駄ですよ。彼らはバカですけど暴力は本物です。錬金とか商業みたいなインテリ組はその暴力で黙らせられるだけです。魔王討伐の権威もあります。彼らを止められるものなんていませんよ」
サザンカはやるせなさげに溜息を吐く。
「せんぱい…。もうよくないですか?頑張らなくても…無駄なんだから」
「無駄じゃない。帰る手段が現状見つからないんだから、大戦を生き延びなきゃいけない。その努力は惜しまない。無駄になんかしない」
「そもそもなんでそんなに帰りたいんですか?ご家族に会いたいですか?それともお友達とか?…あるいは女とか?」
何かを諦めたような悲し気な瞳で俺を見詰めている。サザンカは冗談めかしていたけど、本気でこの世界から元の世界に帰る気がないようだ。その理由はよくわからない。言ってくれない。言って欲しいのに。
「俺は…元の世界でお前に告白した」
「ええ、断りましたけど。でも言ったじゃないですか。この世界ならワンチャンありますよ」
どこか皮肉気な笑みを浮かべる。これが本当なら喜ぶべきなんだろう。好きな子と付き合えるんだ。幸せなことだろう。だけど。
「俺はあの世界でお前を好きになったんだ。だからあの世界でお前と付き合って、あの世界で一緒に幸せになりたいんだよ!!この世界じゃないんだ!あの世界で!あの世界じゃなきゃ駄目だ!だってお前!あの世界で生きるの楽しくなかったんだろう!!」
サザンカはふっと寂し気に微笑む。彼女は元の世界でときたまひどくつまらなさそうな顔をしていた。
「でもあの世界でお前を好きになったんだよ!だから俺にとってはあの世界は最高の居場所なんだよ!ここじゃないんだ!なんだってする!どんな努力だって出来る!あの世界でお前と共に過ごしたい!お前をあの世界で笑顔にしてみせる!!だから帰ろうよ!!あの世界に一緒に!!」
俺は泣きながらサザンカにそう告げた。きっと二回目の告白だった。
「ごめんなさい、せんぱい。気持ちは嬉しいけど…無理なんですよ…ぐっす」
サザンカも涙を浮かべていた。彼女は俺に正面から抱き着く。
「ありがとう。こんなわたしを好きになってくれてありがとう。ごめんねぇごめんねぇ。わたしもいっしょにいたいよぅ…!」
そして彼女は俺の唇にキスをした。柔らかくて暖かくて甘くて悲しい。
「さようならせんぱい」
唇を離したサザンカは兵士たちを呼び寄せて、俺を汽車に押しこませた。そしてすぐに汽車はホームを離れていく。俺は窓に顔をつけてホームにいる彼女の姿を見つめ続ける。小さく手を振っていた。だからわかった。もう二度と彼女には会えないんだって。俺はもう彼女のところに帰れない。追放されたしまった俺は汽車の中で目的地に着くまでずっとずっと泣いて過ごした。
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