第8話 ニセモノ

「そうだよ。あんたの言う通りそれは造花だよ。生きている花を維持するのは難しいからね」


「へぇ」


 先生はアザミを持ったまま、おばあさんの前にまで歩いてきた。そして、その花をおばあさんの方へと近づける。



「造花なのに、毎日お世話しているんですか?」


「そう・・・だけど」



 先生は、笑顔ではあるけどいつもとは違う雰囲気だった。腰の曲がったおばあさんに詰め寄る様子はとても怖い。



「それにこの水、やけにぬるっとしていますね」


 

 先生はアザミが入れてあったペットボトルの方に歩くと、それを持ち上げて左右に振ってみせた。それからペットボトルの口元に鼻を近付けて、くんくんと嗅いだ。ボトルは、いつものように黒いラベルが貼られていて中身が見えないようになっている。



「造花は、油で育てるのが常識なんですか?」


「うるさいね。誰なのあんた」



 ガラガラとした声が響いた。唾が飛んで、先生にまで届きそうになっている。



「このアザミがね、教えてくれたんですよ。あなたの気持ちをね」


「気持ち?」


「そう。国語の授業でやったように花には花言葉がある。アザミの花言葉は、」


「復讐」



 そう答えたのは、おばさんだった。片方の口角があがっている。まるで、白雪姫にでてくる継母のような顔だ。



「あなた、この交差点でお孫さんを亡くされていますね」


「そうだよ。浩司は黒い車に轢かれたんだ。何メートルも引かれて、そのままにされたんだ」


「だからこのあたりの黒い車の家を燃やしてるんですか?」



 冗談にしては酷いし、事実にしてはあまりにもさらっと言いすぎている気がする。



「復讐を誓って、ここにいれた油で犯人を燃やそうとしたんですね」



 おばあさんは泣き出してしまった。声を抑えることもせず、大声で泣いている。周りにいた他の生徒がじろじろと見ている。



「お願い。邪魔しないで。私は、復讐しないといけないの。もうこれしかないの。頬っておいて」



「おばあさん。そんな花、綺麗じゃないですよ」



 それから先生は、鞄から一輪の白百合と小さな花瓶を出した。それに水をいれて、花を挿すと、アザミが置いてあったところに置いた。

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交差点を曲がると、アザミ @sunf

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