第7話 綺麗
「あらおじょうちゃん、今から学校かね」
登校途中、交差点であのおばあさんに会ってしまった。信号待ちをしなければいけなかったから、避けることができなかった。昨日ママにあんなこと言われたばかりだし、あまり話したくない。それに、やはりこのおばあさんは怖い。喋る度に見える隙間だらけの黄色い歯は、やけに強そうで、私の指を嚙みちぎってしまいそう。
「そうです」
それだけ言うと、おばあさんはにっこりと笑った。
「今日もアザミ、綺麗でしょう」
「はい。綺麗ですね」
結構冷たく返しているはずなのに、おばあさんは全然引いてくれない。
「おじょうちゃん何歳?」
「十歳です」
「まぁ、あの子と同い年だわ」
「あの子って?」そう聞こうとしたけどやめた。だってママにあまり質問しちゃいけないと言われたから。おばあさんはまだぶつぶつ言っていたが、私は聞こえないフリをした。怖い。早く信号を渡りたいけれど、おばあさんと話している間に青信号を逃してしまった。
「いやぁ綺麗なアザミですね」
急に後ろから声がした。聞き覚えのある、ゆっくりとした声。おばあさんとの二人きりの空間が怖かったから、すごく安心する。
後ろを振り返ると、佐伯先生が立っていた。
「佐伯先生? どうして」
「おはようございます横井さん。通学路のパトロールです」
先生は優しく笑った。おばあさんは少し困ったような顔をしていた。片方の小鼻を上げて、先生のことを見つめている。
「この花、本当に綺麗だ」
「あぁ、どうも」
「ずっとここに咲いているらしいですね」
「そうですけど」
「今の季節はもう旬じゃないのに、すごく綺麗ですね」
そう言うと先生は、花に近付いて目の前にしゃがんだ。おばあさんは明らかに先生のことを睨んでいた。目尻の皺が濃くなっている。
「四月からずっとこんなに綺麗に咲いているなんて、」
先生は、スッと花に手を伸ばした。
「まるで生きていないみたいだ」
先生の手にはアザミが。その茎はピンと真っ直ぐである。水が滴り、道路に落ちている。
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