重い 三十と一夜を迎えられなかった短篇

白川津 中々

 疲れる暇もなく毎日はめまぐるしく、そして過激に過ぎていく。

 いつの間にか消える母を探し、叫びながら走り回る個性の強い下の子を追いかけ、寝たきりの父の世話をし、上の子の送り迎えをしつつ、炊事洗濯家事に内職。旦那が帰ってきたら風呂を焚いて晩酌の準備。その後に片づけをして、母を探して、子供を追いかけ、旦那が風呂に入っている間に晩酌を片付け、風呂に入り、内職をして、床に就くのは日付が変わってしばらくした後。朝も早く、眠れる時間は極僅か。暇なんてあったもんじゃない。



「大丈夫かい?」



 時折、隣の床から旦那がそんな事を聞いている。大丈夫か大丈夫じゃないかでいえば、大丈夫ではない。ふとした瞬間、紐が切れてしまいそうな気分になる日もあって、恐らく限界は近いように思う。



 けれど。



「大丈夫大丈夫。私は、頑張れるから」





 私は、決まってそう返すようにしている。

 それは半ば自分に言い聞かせているようなものだった。

 虚勢を張っていないと本当に自分が駄目になってしまいそうだった。

 本当はもう全て投げ出してしまいたかった。でも、それはできない。私は、そんな事をしたくない。



 少し前に、こういう強迫観念のようなものを呪いと形容する流行があった。あまり好きな表現ではないのだけれど、多分私は、この呪というやつにかかっているのだろう。しっかりやらなければならない。ちゃんとしていなければならない。そんな風に思ってしまって、毎日毎日、こんな風に生きている。いつか駄目になるかと思いながらも、ずっと、ずっと。





「お義母さんを施設に預けよう。それで、下の子も面倒見てくれる人を雇ってさ。そうすれば君も楽になるだろう」



 旦那の言う事はもっともだったし、いざとなればそうするつもりでいる。母を預けられる場所も、下の子をみてくれる仕事も、全部調べて、どうにかなるようにはしてる。




「もう少し、まだ、大丈夫」




 だけど私は、やはり自分に言い聞かせるように、そう呟く。

 先に延ばして何かが解決するわけでもなし、やるなら早く実行した方がいいのだろうけれど、私は、もう少し、この生活を続けなければならないような気がしてしまう。



「そうかい」




 旦那は強要しない。強要されると、私が参ってしまう事を知っているから。

 でも、無理やりにでも変えてくれたら、きっと楽になるだろうなと思わなくもない。



 駄目だなぁ。


 

 心の中でそう嘆く。

 どうにも自分の人生が、重い。

 そして、この重さは多分、死ぬまで消えないだろう。


 こんな事を思いながら私は眠り、そしてまた、毎日が始まる。

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