263話 再会……?




 夜も更けて……はいないが、とにかく予定時間に達したので、俺たちは九頭竜の一人、炎龍卿ゴートが所長を務める、ゲイルが捕らわれていた研究所へと潜入開始した。


 目的は当然、この研究所内部にあるゲイルの肉体。

 そして、エヴォレリアに戻るためのゲートを開くことだ。


 実際に潜入を開始したのは良いのだが、この研究所を実際に目の当たりにしたとき、俺は言葉を失った。

 なんとこの研究所……外見は、一見すると異世界だとは信じられないほどの見慣れた建物。鉄筋コンクリートで造られた病院そのまんまであった。

 研究所と言えばこういうイメージで間違いなかったのだが、本当にドラゴンが造ったのかと問いただしたくなるレベルの代物だ。


「物語によく出てくる悪の組織の研究所ってばさ、表向きは普通の製薬会社とかそういうバックボーンがあるから、見た目普通のビルって問題ないんだけどさ……」


『……まぁ、はい……』


「でも、本当にそのまんまって風情が無いよな。せめて、デザイン面どうにかならんかったか、これ」


 ドラゴンらしい角をつけろとまでは言わん。

 でも、もう少し近未来的なデザインにする事は出来ただろうに。

 逆に、中世の城っぽい造りでも可。


 そうやってゲイル相手に愚痴りながら、俺は潜入を進めていた。

 まぁ、潜入とは名ばかりで、ミラージュコートの透明化機能を使って堂々と入り込んで居るわけだが。


 とはいっても、視覚的に姿を消しているので、気配だけは存在している。

 不用意に人の傍に近づけば、その気配を察知されてしまうだろう。


「で、オッサンの方はちゃんと付いてきているか?」


『うるせぇ! ちゃんと付いてきているから安心しろ!』


 と言って声を荒げるのは、俺より数歩ほど後から付いてきている筈のラザムだ。実際には声を発さないバイザーによる通信なんだけど。


 元々、俺一人で潜入するはずが、俺一人だけではエヴォレリアへ移動するためのゲート開閉装置は動かせない事に気づく。

 なので、仕方なくラザムにもミラージュコートを貸し出し、付いてきてもらうことにした。

 魔力動力式ではなく、通常熱エネルギー動力式に変えたものが、2着あって助かった。

 尤も、ラザム自身の魔力を見えなくすることは出来ないため、あくまで俺が先行し、問題が無ければラザムを呼び込むという形をとっている。

 そのため、一人でやるよりも時間がかかっていたりする。


「しかし、今回はアンタ結構出番多いな。今まで、全然活躍していなかったくせに」


『ああん!? なんだその出番とか活躍って? 仕方ねぇだろう。ファティマが表立って動けない以上、つがいである俺が動くしかねぇんだ。

 ……それに、ゴートの奴とはちょいとばっかし、因縁もあるからな』


「ゴート……炎竜卿ってやつか。なんかあったのか?」


『昔、ちょっとな。

 俺もファティマに求婚した当時、アイツから事情を聞いてな。そんで、怒りのあまりにこの世界に飛び込んで、元老相手に大暴れしちまった。そんで、それを鎮めるべく現れたのが、ゴートの野郎だったって訳だ』


 あぁ……結婚を決めた相手の実家がとんでもない所で、怒りに任せて怒鳴り込んだって事かい。

 そんで、正式な婚約者の登場……と。

 恋愛系作品でよくありそうな話だけど、話のスケールは段違いだよな。


「ふぅん。で……?」


 なんとなく想像は出来るが、先を促すと少しだけためらった後に、続きを語ってくれた。


『……半殺しにされた。

 このまま滅してやりたいが、貴様はこの国とって大切な竜神の魂の欠片を持っている。我らがその身体から魂を取り出す法を編み出すまで、その身をせいぜい大切にすることだ……だとよ』


 その後、ボロボロにされたラザムの身体は、数時間前に会った白竜卿ヴァイレルに預けられ、傷を癒すことになる。

 その過程でヴァイレルと交流を深めたようだ。


「うわ、むかつく……。って、アレ? もしかして、そのゴートって奴が、こんな大層な研究所を持っている理由って……」


 今の話でピンとくるものがあったが、それをラザムが肯定する。


『ああ。俺から、ファティマの魂の欠片を取り出して、正当な竜神の後継者になる。その為だろうな』


 なんでこんな世界観違いな研究所が存在するのかと思っていたら、そういった理由があったのか。

 だからと言って強引にラザムを監禁したり、実験の対象にしないのは、やったら現在の神であるファティマさんが何をするか分からないからかもしれない。


「……じゃあ全部終わったら、この研究所は破壊した方が良いか?」


 なんか、此処を残して置いたらロクな事になりそうもない。

 が、ラザムは首を横に振る。


『いや、研究したいならさせときゃいいさ。将来、俺の身体からファティマの魂の欠片が取り出されても、構わないと思ってるぜ』


「おいおい、良いのかよ」


『俺は別に竜神になりたいとは思ってないからな。余計な枷が無くなるなら、それでいい。ただ、同じく竜神の座から降りたファティマと、のんびり生きていけたらそれでいいのさ』


「……そういうもんか」


『そういうもんだ。俺自身、もう70を過ぎた老人だ。出来ることなら、静かに暮らしたい』


 尤も、ファティマさんと魂を共有してから外見上は年を取っていないようだし、立ち振る舞いもそれほど老いているようにも見えない。

 だが、彼の精神はあくまでも人間のもの。人間であるならば、そういう心理に至る事も不思議ではないのかもしれない。


 ちなみに、研究所に潜入してからというもの、研究員らしきヒト族には遭遇しているが、他の種族……特に竜族には未だに遭遇していない。

 こうなると、もっと堂々と動き回っても良いかもしれないが、未知の場所において自由気ままに動き回るのは危険極まりない。


 ゲイルの話によると、軟禁されていた部屋はもっと奥らしいが、こんな迷路みたいなところでいつになったらたどり着けるもんか……。




◆◆◆




「う……うん……」


 ひんやりとした冷たい感触を頬に受け、聖女ルミナは目を覚ました。

 思考がぼんやりとしていて、何があったのか思い出せない。

 なんで……なんで自分はこんな所に寝ているんだ?


 ようやく視界がはっきりしてきて、周りを見てみるとどうやらルミナが寝かされていたのは狭い部屋のようだ。

 訳の分からない部屋の壁一面に棚が置かれ、訳の分からない書類や、何が入っているのか分からないタンクのようなものが敷き詰められている。


「……倉庫?」


 パッと見の印象はそれだった。

 だが、なんでまた自分が倉庫なんかで寝ていたのか、その原因が思い出せない。


 試しに能力を発動させてみるが、問題なく使える。

 その気になれば、部屋のドアなんて吹き飛ばして脱出する事は容易いようだ。


『……まぁ、ここで待っていなよ。待っていたら、王子様が助けにくるかもねー……』


 ふと、脳裏にそんな言葉が蘇る。

 あれは……誰の言葉だったか? 顔も声質も思い出せない。


 その言葉に従って、ただ待っていれば誰かが助けに来るのだろうか?

 なんとなく、先輩である槍聖クロウあたりが率先して助けに来そうな気がするが、今の自分は神聖ゴルディクス帝国十聖者の一人、聖女ルミナである。

 相変わらずこの聖女という部分がくすぐったいが、それが自分の役職だから仕方ない。


 とにかく、一人で何とか出来る力を持っている以上、なんとかするために足掻くべきだ。


「うん。足掻こう」


 ルミナは立ち上がり、部屋のドアに向かって能力を発動―――しようとして、試しにドアノブに手をかけてみる。


「あ、動いた」


 ドアノブは動き、ガチャリと音を立てて扉は開いたのだった。

 ……特に閉じ込められてはいなかったらしい。

 少しだけ恥ずかしいが、とにかく先に進むことに決めた。


「……失礼しまーす」


 小声で断ったのち、扉を可能な限り静かに開く。


 そして飛び込んできたのは、意外な光景だった。


 薄暗い部屋の中、人間がすっぽり入りそうな大きさのカプセルが大量に立ち並んでいた。

 容器の中には液体が充満しており、ぼんやりとした明かりが灯っている。

 よく、映画やゲームとかで見る光景だ。

 培養して、何かを作っている。


 注意深くカプセルの中やその周りの装置を見てみると、ルミナはあることに気づいた。


「あ、これってオルソじゃん」


 ルミナはカプセルの中で何が培養されているのか、知っていた。

 というより、この装置自体を見たことがあった。


 彼女の言うオルソが何なのか……これは、まだ明かさないでおこう。

 申し訳ないが、少しだけ待っていて欲しい。


 だが、装置と何が造られているのか察したところで、ルミナに希望が湧いてきた。

 オルソとは、神聖ゴルディクス帝国……その生産棟で造られているものなのだ。


「って事は、やっぱり帝国内に居るのか。でも、なんでまた生産棟なんかに居るんだろ」


 しばらく考えてみるが、やはり答えは見つからない。

 ルミナは歩を進め、次の扉を発見する。


 今度は特に警戒もせずに開くと、そこには違った意味で予想外の光景が広がっていた。


 部屋に立ち並んだ装置も中の液体も一緒。


 だが、中身だけは違っていた。


「なに……これ……」


 立ち並んだカプセルの中に浮かんでいたのは、彼女の予想していたものと違った。

それは……ドラゴンだった。


 体表となる鱗の色はさまざまであるが、明らかにドラゴンと分かる存在……その幼体がカプセルの中に浮かんでいた。


「まさか、帝国内で新たにドラゴンのオルソを作っていたの? でも、そんな話は聞いたことも―――」


 その時だった。

 カプセルの中に意識を集中していた為、ルミナは扉が開く音にすぐに反応する事が出来なかった。


 そして、入ってきた存在は、側頭部より角を生やした長身の男……だった。

 白衣を着込んでいるが、あの角……確実にヒト族では無い!


 実際、男はルミナの存在を目に留めると、驚いた顔で即座に白衣の内側より一本の棒のようなものを取り出した。


「何者だ貴様!」


 取り出した棒は、伸びて槍のような形状となる。

 そして、その先端部をルミナに向けて突き出した。


「おとなしく……ふごっ!」


 言葉を言い終わるよりも早く、ルミナが能力を発動させて男を吹き飛ばすのが早かった。

 槍のように見えるが、アレはライフルのような武器だ。照準を合わせられるように早く鎮圧せねばならない。

 倒した男は、壁に打ち付けられてぐったりとしている。

 恐る恐る近づいて、角をちょいちょいと突いてみるが、やはり本物だ。


 帝国内に竜族が居るなんて聞いた事もない。

 ひょっとして、此処はゴルディクス帝国内では無いのだろうか?


 そうやって考え込んでいたせいで、ルミナは竜族の男が通ってきた扉の向こうで何が起こっているのか、気づけなかった。


 竜族の男には、付き従うヒト族の研究員が居たのだった。

 彼は、竜族の男に追随して同じく扉を通るつもりだったが、男が発した声と男が壁に激突する音を聞いて、慌てて身を隠したのだ。

 そしてルミナが急いで扉から出てくる様子も無かったため、急ぎその場から逃げ出し、この時間においての責任者の元へと駆け出す。


 何が起こったのかを聞いた責任者である竜族は、すぐさまその場で非常警報を鳴らした。


 けたたましく研究所内に鳴り響くサイレン。

 その音は、当然ルミナのもとに届く。


「やっちゃった!」


 自分がヘマをした事に気づいたルミナは、一応武器が必要だと判断し、床に寝ている男の手から槍に似たライフルを奪い取り、その場からの脱出を試みる。

 だが、逃げると言っても何処に逃げればよいのか……。

 通路に飛び出せば「いたぞ!」とこちらを指し示す警備員らしき男たち。そのどれもが角の生やしたヒト族……竜族の姿をしていた。中には、ヒトの姿はしておらず、そのまま竜の外見をした者もいる。


 間違いない。

 此処はゴルディクス帝国ではない。

 高い確率で、竜王国……ディアナスティ王国だと推測される。


 事実、その推測は当たっているが、だからといって危機が解決するわけではない。

 竜王国は、この世界において唯一ゴルディクス帝国と同盟を結んでいない国なのだ。


 つまり、捕まったとしたらどうなるか分からない。

 自分の力に対して自信は持っていても、魔力には限界がある。

 こんな場所で孤軍奮闘なんて事になれば、すぐに魔力は尽きてしまうだろう。


 つまり、早く逃げる必要がある。

 そう判断してすぐさま逃げ出すのであるが、やはり見知らぬ場所での脱出劇は、無理があった。

 能力を駆使し、なんとか食い下がったのであるが、やがて時間と共に袋小路へと誘い込まれてしまう。


「さ、流石に……もう無理かな」


 廊下を走るルミナであるが、前方には竜族の警備員が待ち構えているのが確認でき、背後を振り返れば同じく警備員の一団がこちらに向けて迫ってくる。

 いい加減、観念するべきかとルミナは項垂れた。

 降伏するのは良いとして、弁明が難しすぎる。

 どうやってこの地に来たのか、それも厳重に管理されているだろう、この研究所内に忍び込めたのか……。

 その原因がさっぱり理解できなかったからだ。


 正直に話したところで、絶対に嘘だと思われる。

 きっと手ひどい拷問を受けるはずだから、その時の為にも魔力は残しておかねばならない。

 そう判断し、降参の証に両手を上げようとしたら―――


「もしもし。今から助けようと思いますが、良いですか?」


「はい……。え? え? え?」


 反射的にはいと答えてしまったが、今の声ってどこから飛んできた?


 すると、前方と後方にまるで風景に色がつくように、人影が出現する。

 赤いコートと緑のコートを翻し、それぞれ前方と後方の一団へと駆け出していく。


「オッサンは別に手を出さなくていいのに」

「うるせぇっ! ここまで来たら、一蓮托生だ!」


 現れた赤と緑のコート男たちは、一人は徒手空拳、一人は魔法を駆使して警備員たちを次から次へとばったばったとなぎ倒していく。


 そんな中、ルミナの目は現れた二人のうち、一人に注がれていた。




「――――――!!!」




 髪の色こそ赤色で違うが、その下にある顔つきは間違いようもない。


 会えた。

 ついに会えた。


「やれやれ、まさか俺たち以外に侵入者が居るとは……」


「まぁそう言うなってば。明らかにヒト族だし、女の子が一方的になぶられる様は出来れば見たくない」


 そう言って少年の面影を残した青年……チーム・アルドラゴのリーダーことレイジは、一歩一歩とルミナに近づいてくる。


 ドクドクと、心臓ははちきれんばかりに鳴り響いている。


 ずっと……ずっと恋焦がれていた人が、目の前に居るのだ。

 そして、はっきりと彼の顔を確認して、確信した。


 やはり、彼だ。


「……待っていた」


「ん?」


「この日をずっと待っていた! 貴方に……貴方に会える日をずっと待っていました……」


 ルミナはガバッと抱き着かんばかりの勢いでレイジに迫り、驚いて目を丸くしている彼の手を握りしめる。


「お、おいおい。知り合いかよ。しかも、なんだか只ならない雰囲気……。意外と手が広かったんだな、お前」


「………」


 険しい顔つきでルミナを見据えるレイジ。

 果たして、彼の第一声は―――


「……ごめんなさい。どちらさまでしたっけ」


「………え?( ゜д゜)」









~~あとがき~~


 聖女ルミナ……その正体は、プロローグにてレイジこと彰山慶次に告白し、混乱した慶次が発した言葉「好きな人が居るんです(大嘘)」によって玉砕したと思い込んだままとなっている、柳久美那やなぎくみなその人である。

 しかし、残念なことに髪の色と化粧の違いによって、印象が全く変わり、レイジ本人は気づけなかったのであった……。


 元々、この二人を再会させるのは終盤近くで……と決めていたものの、よもやここまで時間がかかってしまうとは……。

 此処まで読んでくれて来た方ならずっと思っていたでしょうが、なんでまたレイジ以外に同じ日本人が異世界転移して、帝国内で強者になっとるんじゃという疑問!

 その疑問が、次回以降ついに明らかとなります。……すいません、ここまで引っ張って。

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鋼鉄のアルドラゴ~異世界で宇宙船拾いました~ 氷山 鷹乃 @hiyama43

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