262話 神罰執行……?




 神聖ゴルディクス帝国。


 皇帝が座る玉座の間。

 そこは、他国に比べればかなり変わっていた。

 玉座というよりは、まるで会議室のようだ。皇帝が座るらしき椅子も場所も特別扱いの豪華な造りではあるが、その前には楕円形のテーブルが置かれてあり、合わせて10の椅子もある。

 確かにここは、玉座というよりは十聖者が会議をするための部屋と言える。


 何故ならば、ゴルディクス皇帝が誰かと顔を合わせる事はほとんど無い。

 他国からの使者は国内に足を踏み入れる事も許されず、皇帝自身も施政を行う際は自室より指示を与えるだけ。

 唯一、十聖者に直接指令を下す際にのみ、この部屋が使われることになっている。


 その部屋に、否、居城を貫くように雷鳴が轟く。

 そして、その雷に乗る形でその人物……いや、神は降ってきた。


 人神マンティオス。

 神聖ゴルディクス帝国に降臨である。


「やあ、君がゴルディクス帝国の皇帝だね。……お邪魔するよ」


 マンティオスはレイジたちに向けたような爽やかな微笑みではなく、眉間に皺を寄せた険しい顔つきで皇帝を見据えている。

 その身体からはバチバチと放電が走り、屋根や天井を突き破って降ってきたことで舞い落ちる破片や埃は、マンティオスに近づくだけで消し炭となって消えていた。

 それは、まるで神の怒りを表しているように見えた。


「これはこれは、ヒト族の神……マンティオス様ですね。ようこそおいでくださいました」


 対して、ゴルディクス皇帝に変化は全くない。

 マンティオスが降臨する前と同様に、ただ椅子に腰かけているだけだった。


「意外だね。神が直接降臨したというのに、驚いた素振りを見せないとは……」


「ええ。近いうちにいらっしゃるだろうことは把握していました」


 驚くどころか、体温すら変化が無い。

 それには、マンティオスたち神が持つ神眼によって感知が出来た。

 また、現在皇帝の顔は仮面によって隠れているが、神の目はその奥にある素顔も捉える事が出来た。

 それは、マンティオスにとって意外なものでもあった。


(こちらとしても、まさか皇帝を名乗る者が、これほどまでに幼かったとは……)


 15歳程の幼さを残した……いや、文字通り幼い少女が煌びやかな帝衣を着込み、豪華な椅子の上に座っていたのだ。

 これが、老獪な宰相等が傍に居るのならまだしも、この場には本当に彼女しかいないのだ。

 本当に彼女が、エヴォレリア最大の国の支配者なのかと疑いたくなる。


「それで……ご用件を伺ってもよろしいよろしいですか?」


 そして、髪が目の前に居るというのに、彼女の顔はなんら変化していなかった。

 多少は抑えているが、神としての威圧プレッシャーは健在だし、普通の人間であるならば長時間目を合わす事も出来ない筈。

 だというのに、彼女は凛とした瞳でマンティオスの目を見続けている。


(いや、この子が何者かよりも、まずは話し合いだな……)


 そう思い直し、改めて皇帝である少女を見据えた。


「単刀直入に言おう。君たちが行っている、他国……そして他種族への侵略行為……それを即刻止めてもらいたい」


「……何故?」


「!?」


 まさかそう返されるとは思っていなかったマンティオスは、思わず言葉を失ってしまった。

 が、気を取り直して言葉を続ける。


「……国力を増強させるために、近隣諸国を取り込んで国を大きくするのは仕方のないことだ。弱い国が淘汰され、強い国が残る。……認めたくはないが、これも摂理ではある。

 だが、この国の場合はもう良いだろう。

 国力は十分すぎるほどあり、国としての繁栄も今後100年以上は続くとみていい。

 これ以上、奪う必要がどこにある?」


 表向き、ゴルディクス帝国は他国に対する侵略行為を行っていない。

 実際、竜王国ディアナスティを除く、エメルディア、ルーベリー、シルバリア、アクアメリル、トルパスの五大国。

 ブローズ、ガーランド、アメイガス、バアル、レイピス、アラクサンド、エンバー、フローレイの中規模国家は、ひとまずの同盟を結ばれているが、そのうちの半分以上は同盟とは名ばかりの実質的支配下にある。


 神聖ゴルディクス帝国の歴史はそれほど古くない。

 建国したのはかつての大戦より以前の200年前。

 それまでは、小さな島国にある小国でしかなかったというのに、異世界からの機械技術を手に入れてからは、大戦で疲弊した他の国々を後目に急成長を遂げた。

 それは素晴らしい功績だ。

 だが、だからと言って今帝国がしている事を認めるわけにはいかない。


「君たちはいったい、何処へ向かおうとしている? このまま進んで、何をしようとしているんだ?」


「……そうですね。世界の平和を守る事でしょうか……」


「……何?」


「世界を一つにして、訪れた平和を守る。それは素晴らしい事ではないでしょうか?」


「―――――!」


 マンティオスは理解が出来なかった。

 どう考えても今帝国がしている事は、平和には繋がらない。


 奪われた、支配された国に住む者たちは、奪った者、搾取している者を恨む。

 今現在、国力の差もあって大きな争いには達していないが、ゴルディクス帝国が強引な形で同盟(という名の侵略)を結んだ国の者たち……特に、大切な者を奪われた者たちは、帝国の事を強く憎んでいた。

 この積もりに積もった憎しみが、いつの日にか爆発する事はそう遠くはないだろうとマンティオスは踏んでいる。


 こんな事を繰り返し、どうやって平和を築くというのか。


 いや、皇帝はさっきこんな事を言っていた。


 世界を一つにする―――と。


 まさか……まさかとは思うが……


「君は、自分に従わない者……その全てを滅ぼし、終わった後に残ったものを平和と呼ぶつもりか?」


 マンティオスの問いに、またしても皇帝は即座に返答した。


「そうですね。そういう事になるでしょうか」


「―――!?」


 今度こそ、マンティオスは絶句した。


 そんなもの、子供の理論ではないか。

 嫌いなもの、見たくないものをすべて排除し、自分に従う……自分が綺麗だと思うものしか残さない。

 確かに、そこに残されたものは平和に違いない。


 だがそれは、当事者にとっての平和でしかないのだ。


「……であれば、このまま全ての国が帝国に……いや、君に従うまで、続けるつもりか?」


「そうですね。まだ目標には達していないので」


「ふざけるな!」


 淡々とした皇帝の口調に、マンティオスは激昂した。

 彼がここまで怒りをあらわにすることは、およそ数十年ぶりと言えたかもしれない。


「いいか。この世界には、ヒト族だけじゃない。獣族、海族、翼族、樹族、そして竜族までもが存在している。

 そのどれもがヒト族とは違った価値観を持っている。

 それを全て無視して一つにするなんて不可能だ!」


 だが、怒りをあらわにする神を前にして、皇帝は少しも臆する姿を見せなかった。

 普通の人間であれば、意識を保つことさえ困難な威圧プレッシャーの中、皇帝は淡々と言葉を続ける。


「いえ、可能です」


 そこでようやく皇帝は椅子から立ち上がり、つかつかと部屋の端まで移動し、壁にかかっていた布を引く。

 そこに広がっていたのは、巨大なビル群が建ち並ぶ、ゴルディクス帝国の街並みだった。


「この国がそうではないですか。

 かつて、この帝国にも争いがありました。

 帝位を継承する際、私自身も命を狙われた事は一度や二度ではありません。

 ですが、そういったよこしまな心を持つ者は排除され、今では争いなんて全くない国となりました。

 つまり、全てがこの国のようになれば、争いなんて無くなるのです。

 ただそれだけの事。それの何処が問題だというのでしょう?」


「………」

「………」


 皇帝と神、二人は沈黙し、しばしの静寂が流れた。


 やがて、深い失望と共にマンティオスは言葉を絞り出す。

 

「……それが……君の言う平和……なんだね?」


「ええ。私たちが目指すべき平和です」


 即答される言葉に、マンティオスはもう一度深く失望する。

 

 同時に、決断せざるを得なかった。


「……理解した。仮にもこの国は、私を信仰してくれているヒト族の国家だ。出来れば、君が心変わりをしてくれる事を願っていたけど、どうやら無理のようだ」


 マンティオスは右手を天に向けて掲げた。

 そして、意識を集中して


「この国の民を傷つけるつもりはない。だが、この国そのものは滅ぼさせてもらう」


 やるのは、国の重要施設を破壊するだけ。

 それだけで、この国は国家として機能を果たさなくなる。

 後は、神として他の国に協力を要請し、この国の民たちを救えばいい。


 願わくば、これが地上における最初で最後の神の怒りである事を願って……



「神・罰・執・行!!!」



 マンティオスは目を閉じ、勢いよく右手を大地に向かって振り下ろす―――







 ―――が、何も起こる事は無かった。


 マンティオスは閉じていた目を開き、周囲を見渡す。

 そこには、さっきまでと何も変わらない光景が広がっていた。


 此処は、帝国の会議室で、窓の外の街並みに変化は全く見られない。


「ど、どういう事だ? 何故、力が使えない?」


 もう一度、マンティオスは右手を掲げ、魔力を凝縮しようとする。

 が、魔力は一向に集まる気配もなく、何度やろうとも手応えすら感じられない。

 まるで、空気をそのまま手づかみしているかのような感覚だった。


 そんな筈はない。

 実際、マンティオスが神罰を執行するのはこれが初めての事であるが、神として生まれ変わった時から、歩いたり手を動かしたりといった事と同じく、やろうと思えば出来るものなのだという確信があった。


 それなのに、出来ないとはどういう事なのか。


「それはねー。元々君が力を発揮するだけのが、この地にはないからだよー」


 その時、困惑するマンティオスへ、ケラケラという嘲笑と共に声が飛んできた。


「はぁい。初めまして……人神マンティオス」


 声に驚いて振り返ると、そこには金と黒に彩られたコートを着込み、まるで道化師のような仮面をつけた男が立っていた。

 あり得ない事に、神であるマンティオスが、声を掛けられるまで気付けなかった。


「……何者だ、君は? いつから、そこに………」


「アウラム様!」


 それまで、厳かに佇んでいたゴルディクス皇帝であるが、その男……アウラムが現れた途端、被っていた仮面を脱ぎ捨て、まるで童女のような声を上げて飛びついた。


「アウラム様! 私、怖かったけどやり遂げたよ! 言われた通りやったよ!」


「そうかそうか」


 アウラムなる男は、幼子をあやすようにポンポンと皇帝の頭を撫でる。

 その名を聞いて、マンティオスも腑に落ちるものがあった。


「……アウラム。そうか、君が……レイジが言っていた存在か」


「おやおや。既に話を聞いていたか」


 確かにレイジから話を聞き、警戒はしていた。

 だが、対峙してみてその警戒が甘いものだったと認識し、酷く後悔した。


 得体が知れないなんてレベルじゃない。


 なのだ。


 神の持つ神眼があれば、その見た対象の素顔、精神状態、おおよその感情までもが分かるようになっている。

 だというのに、この男からは何も感じ取れない。


 例えるならば、全てを飲み込むような黒い影。

 そんなものが、目の前に存在しているような忌避感があった。


 それでも、こうして対峙した以上、逃げるわけにはいかない。

 自分は、ヒト族の神……マンティオスなのだから。


「皇帝に君の事も尋ねる予定だったが、その様子を見る限り、初めから協力関係にあったという事か。

 というよりも、黒幕は君……という事みたいだな」


 強い口調で睨みつけると、アウラムは仮面によって隠されていない口元をニヤリと歪める。


「まぁ、全てを裏で管理していた……という意味なら、確かに黒幕だねぇ。

 でも、僕の事を聞いていたのだとしたら、不用心だったね。

 何の対策も無しに来るべきじゃなかったと思うよ」


 痛いところを突く。

 実際、レイジに忠告されていたとはいえ、自分の力ならばなんとか出来るだろうという自惚れがあったのは事実だ。


「……かもしれないな。ところで、さっき言っていたね。どうして、神罰が執行できないのか。君は理由を知っているのかな? いや、そもそも君が何かしたから使えないのか」


 その問いに、アウラムは満足したように頷く。


「まあ、ある意味ではその通り。元々、神が降臨しても何もできないように準備はしていたからねぇ。それに、来るとしたら十中八九、君だと思っていたし」


「準備……だと?」


 するとアウラムは自分に抱き着いている皇帝を引きはがすと、スタスタと窓際まで歩き、窓の外に広がる帝都の光景を背にして両手を広げた。


「さあて質問です。元々、神が神罰を使える理由は何でしょう?

 それは、一定の場所から自らを信じる者……自分を同じ種族から魔力を少しずつ貰い、強大な一つの魔力とするもの。

 つまり、その場に自分を崇めているヒト族が居なければ、魔力は1mmだって集まらないのさ」


 自信満々に言うアウラムの言葉を、マンティオスは理解することが出来なかった。

 この男は、一体何を言っているのか。

 そんな訳はない。

 何故ならば……


「馬鹿な! 私はヒト族の神。ヒト族である以上、私を信じるのは当然の筈だ」


 この世界の神という存在は、信仰とは少し違う。

 自分たちの上位種であり、有事の際は自分たちを救ってくれる存在。

 どちらかと言えば、王という存在に近いかもしれない。


 何かあった場合、自分たちを救う神が存在する事は、この世界の誰もが知っている事。

 そのマンティオスという神を知っているという事実さえあれば、神罰を使用する事が出来るだけの魔力を集める事が出来るのだ。


 それが出来ないという事はどういう事だ。


「だから、このゴルディクス帝国という地では、ではないんだってば」


 そう言って、アウラムは自らの顔を覆っている仮面に手をかけ、その顔を露わにする。


 この仮面は、アウラムにとって正体を隠すためのものではない。

 勿論、この仮面をつける事で声も、印象も、全ての外見的データを隠蔽する事が出来るが、本質はそこではない。


 それは、コレを隠す事が目的だったのだ。


「まさか……これは……神気?」


 そう、仮面を外したアウラムより放たれるのは、神だけが纏う事が出来る魔力の鎧……神気であった。

 それも、聖術師マリードが使っていた疑似神気とは精度が違う……正真正銘の神気である。


「まさか……君は……神だとでもいうのか?」


 だが、そんなはずはないとマンティオスは脳内で否定する。

 この世界に存在できる神は、七柱のみ。

 唯一、魔神の存在だけは現時点では不透明だが、この男から発せられる神気は、魔神のものではない。

 さらに言えば他の神たちとも違う……八種類目の神気だ。


「そう。僕は、この世界に存在する……いや、新たに造られた……。

 機神アウラだよ。以後、お見知りおきを」


 アウラムは、遂に自身の本当の名を明かしたのだった。










~~あとがき~~


 という事で、主人公出てないにも関わらず、重要な情報続々登場です。

 ただ、次回からまた主人公パートに移動。

 なんで8柱目の神が存在するのか、機神とは何なのか……それについては、もうちょっとだけお待ちくださいませ。

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