ロミオの部屋にて


 一目惚れってもんじゃない。僕はこれまで誰かを好きになったことはある。いやもちろんロミオみたいなプレーボーイみたいなやつじゃなくて。小学校や中学校。節目というか適当な間隔で。隣の席で毎日顔を合わせ長く話してるうちにとかそんなきっかけで。良くあるやつだ。だから、たった一目見ただけで理解できないほどの想いに駆られたのは、初めてだった。それこそ僕の意志を無視した誰かの執念のような……。

 だって僕がこんな、一目惚れみたいなもの。まるでロミオそのものだ。


 ってふと思い出す。僕はそう言えば高校生になったくらいで体調を崩し、入院したんだった。あまりハッキリ覚えてないけど、多分僕は死んだんだろう。それとも意識不明か。異世界転生なんてにわかに信じられないけど、この世界から出れないことだけは確かだ。


「……って、ごめんなさい。走らせてしまって」


 やっと冷静になったのか、ジュリエットと名乗った彼女は頭に被った布を取ると、じっと僕を見つめ目を見張った。真っ直ぐに向けられた瞳は、輝きを増し僕の中の血が燃え出した。ジュリエットにそんな風に見られると恥ずかしさや照れ、もっと熱いものが底から湧き上がるようだった。全身が堪らなく熱い。


「……っ」

「……あ、貴方は……」

「……」


 名前を言えば多分、君は僕が何者なのか気づく。終わってしまうんじゃないかと思い、名乗れなかった。ジュリエットまでもが、僕を見、惚けたように立ち尽くす。少なくても僕にはそう見えた。物語通りに進む意志がこの世界にあるのか。そうなら、僕がここでジュリエットの手に触れても拒まれやしないはずだ。


「良いよ。少しなら匿っても」


 言いながら僕は彼女の手首をつかみ、暗く狭い隙間から出た。ジュリエットは僕の指の先一本が触れた瞬間だけ、静電気にあうかのように避ける反応を見せたけど、手首を完全に掴まれてからは大人しく収まっている。


「とりあえず、僕の家へ」

「え……。でも私は」

「キャピュレット家のジュリエット」

「……っ」

「僕の家ならとりあえずは、君の者たちも探しには来ない」

「貴方は」


 どうして僕は、こんなことをしているんだろ? ジュリエットに関わったらいずれ死ぬことが分かっているのに。それでも僕が彼女を連れて走った。念の為彼女には布を被らせる。途中、友達に「そいつは誰だよ。彼女でも連れてるのか」とからかわれ、屋敷では使用人が廊下を曲がるのを見届けながら、その隙に走り抜けるなど、いろいろと僕の手腕と度胸が試された。


「ロミオ様、今誰かお連れでは?」

「気のせいだ!」


 そう言って急いで自室の扉を開け、ジュリエットを押し込むみ、すかさず閉めた。さっきから人の目を盗み走ってばっかだ。こういうのって、心臓が高まりやすいもので、恋に拍車をかけるとかなんとか。吊り橋効果が働いててもおかしくない。


「ロミオ、って言われてましたよね。今、たしかにロミオって」

「……ずっと隠すつもりでは無かったけど」

「でもすぐには教えてくれなかった」

「なぜだと思う?」

「隠されなくても変わりません。だって私は、貴方を一目見た時から……っ」



 ジュリエットは急に泣きそうなに目に涙を貯める。君も痛感したんだろうか。僕らは大人たちに認められる恋が出来ないことを。なぜだ。だって君は僕を一目見ただけで。恋に落ちるはずなんて無いわけで。一目惚れが本当にあったとしても、叶わない恋を嘆くほど深い愛を感じるほど時間を共にしたわけでもなく。普通はありえないのに。


「まさかとは思ったけど……っ」

「そうだ。モンテギューの家名を持つ、ロミオだ」

「あぁ……なんてこと!」


 ジュリエットは両手で顔を覆う。足が振るえ崩れ落ちそうになった彼女を、寸前で受け止め僕の腕の中に収めた。普通は出会ってその日に、ましてや一時間も経たずに人を抱きしめることなんて、おかしいことなのに。僕はなにも躊躇うことなくそれをやり遂げてしまった。……普通は、普通は。本当に普通じゃないくそみたいな世界だ。やっぱり相当、僕はこの世界の毒牙にかかっている。まがい物の気持ちだと分かっているのに。どんなに、厄介なことがあっても、誰にも認められなくても。たとえそれが死だとしても、離したくはない。ジュリエットのことを、こんなにも愛おしく思っているんだから。


「……好きだ」

「はい」


 抱きしめたまま、力が抜けたジュリエットは床にぺたりと座る。僕も引きづられるように腰を下ろすと、同じ高さほどになった僕の背中の上。首あたりに腕を回し、ひしと抱きしめ返す。


「私もです」


 泣きながらジュリエットは言った。

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ロミオに転生した僕はジュリエットを好きになる呪縛から逃れられない 発芽 @plantkameko

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