都合の良い夜の物語
海沈生物
第1話
1.
真夏の夜、私は大切な親友の女を殺しかけた。私たちはその時、横断歩道の前で赤信号が変わるのを待っていた。都合の良すぎるぐらいに人気のない中、私はふと親友と「死別」したくなった。私は無意識のままに彼女の背中をポンッと押すと、ふわっと彼女の身体は浮き上がった。そのまま横断歩道の上に転がっていくと、大切な親友はちょうど通りかかった車に轢かれてしまった。
車は彼女を轢いたことに気付いていないのか、そのまま猛スピードで走り去っていった。私は急いで轢かれた彼女の元に駆け寄ると、骨でも折れたのか息をするのが苦しそうな姿を見つめる。彼女の頭からは垂れた血が頬を伝っていて、何やらパクパクと口を動かす口の中に入り込んでいた。
死にかけた彼女の目は、強烈な憎悪を抱いていた。まるで彼女の背中を押した私を非難するように、その三白眼の鋭い眼でぎょろりと睨んできていた。彼女の焦点の定まっていないその眼は、私を睨んできているように見えた。
私はそんな彼女の目に興奮した。大切な親友が私を恨んでいるという事実に胸の高鳴りを覚えた。今まで大切にしていた彼女との信頼関係も大切な日常も幼い日の夜に親友と誓い合った大切な約束も、全部が現在進行形で壊れていた。もう二度と戻らないものがそこにあるのだと思った。私は酷く絶望していた。それなのに、私はどうしようもなく興奮していた。
つい頬が紅潮して
周囲に人だかりが出てくると、段々と私の興奮も覚めてきた。やがて私ではない誰かが救急車を呼んでくれている姿を見ていると、現実の感覚を取り戻しはじめた。目の前で目も当てられないほどに傷ついた彼女の姿と自分の手を交互に見ると、段々と自分が大切な親友を酷い目に合わせた張本人であるという実感を抱きはじめる。いつしか「死別」に対するおぞましいほどの興奮はどこかへと消えて、代わりに私の心には消えない虚無感だけが残った。空っぽな喪失感だけが、そこに残った。
その虚無と喪失を抱えたまま、私は五、六年ほど灰色の日常を過ごした。誰も彼もが大切な親友を失った私が落ち込んでいると思っていた。私は落ち込んでなどいないのに、彼らは「可哀想な子だ」という偏見の目の元で私を見ていた。
私は彼らに「そうではない」とわざわざ自分の本心を訂正することはなかった。むしろ、周囲の人々が遠巻きに見てくれている方が楽だった。可哀想な人間という偏見扱われることが、あんなおぞましい興奮を覚えてしまった私が大切な彼女を殺しかけた事実を忘れないための罰であるように思えていた。
しかし、高校を卒業してすぐ社会人になった頃のことだ。私は今日も眠れなくて部屋のベッドの上を意味もなく死んだような顔をしていたが、さすがに四時を回ってくると不味さを感じて、不眠症用として貰った睡眠薬を今日も昨日より少し多めに飲んだ。数十分して気持ちいつもより早く心地よい睡眠衝動がやってくる。こうやって毎日睡眠薬の量を増やしていけば、いつかは私も中毒で死んでしまうのだろうなという淡い確信を持っていた。私は目蓋をつむると、強制的に肉体をシャットダウンさせようとした。
その時のことだ。その眠りを妨害するようにして、突然部屋のチャイムを連打する音が聞こえてきた。「今何時だと思っているんだ」と眠い
女は私の今にも寝落ちしてしまいそうな顔を見ると官能的な笑みを漏らし、ほっそりとした指先で私の頬に触れてきた。思わず心臓がドキドキしてしまう。それはただの睡眠薬の飲みすぎによる動悸であったのかもしれない。それでも、彼女の笑みが私にとって魅力的なものであるのは間違いなかった。
女は持ってきていたバッグを部屋に置くと、私の目を覗き込んできた。あと一歩で押し倒してきそうな距離まで顔を近付けてくると、顎をクイッと持ち上げてくる。
「貴女が”
「は、はぁ。詩別愛子で間違いありませんが……」
「そう、良かった。……それじゃあ、私も貴女の親友と同じように殺してくれるかしら?」
片手で背中を支えながらグイッと唇が引き寄せられたかと思うと、いつの間にかキスをされていた。これがファーストキスというわけではないので別に良かったが、いや良くない。良くないと思いながら、彼女は一瞬の内に舌まで入れて距離を詰めてくる。私はただ彼女の妙技に翻弄され続ける。私の口の中いっぱいを犯されるように、彼女は入念なディープキスをしてきた。
二つの唇が離れると、私と彼女の間に透明な糸が垂れていた。はぁはぁと呼吸を荒げている私の一方、慣れているらしい彼女はさも何事もなかったような顔で私に笑みを見せていた。
「ふふっ、今日はもう遅い時間だからね。具体的な私の殺害方法については、明日以降にまた考えましょうか。……それじゃあ、今日はおやすみなさい」
そのねっとりとして甘ったるい声を聞いた瞬間、ついに睡眠薬の効果が発揮されてしまったのだろうか。まだ玄関のドアの鍵も閉めてないのに、私は彼女に抱かれたまま意識を失ってしまった。
2.
翌朝、リビングのテーブルに手作りの朝食が大量に置かれていた。冷蔵庫の中にこんな具材があったのかと思っていたが、エプロン姿でキッチンに立っていた彼女が「昨日閉店しかけのスーパーで安くなっていたものを買って来ておいたの」と教えてくれた。テーブルの上に置かれているオクラの肉巻きやカリカリベーコンの上に載った目玉焼きなど食べきれないほどの量を見ると、私は胃をキリキリと痛ませる。
やがて最後の一品であるゴーヤチャンプルーをテーブルの上に置くと、彼女は「どう?」とでも言いたげに自慢げな顔を見せる。私はその表情に苦笑いを浮かべる。
「あのー……ありがたいのですが、私、朝弱いのであんまり食べられなくて」
「あらそうなの? それじゃあ食べられる分だけ食べてしまって、あとは冷蔵庫に入れてお昼に回しましょうか」
私は急かされるように席に座ると、まだ食べられそうな味噌汁だけ頂いた。最近はずっとコンビニ弁当生活だけの生活だったせいか、手作りで味が濃くない味噌汁の味が懐かしく思える。この味はおそらく白味噌なので、彼女も関西圏出身なのだろうか。あるいは、私の舌に合わせてくれたのか。……いやいや、と思う。
いくら私が今関西圏に住んでいるからといって、関西生まれであるとは限らない。それこそ私の戸籍情報を調べるとか、身辺調査をするようなことをしてないと。私がハッとして味噌汁を飲んでいた顔を上げると、彼女はフフッと官能的な笑みを見せた。
「その顔はやっと気付いたようね。そうよ、私は貴女の全てを知っている。ゆりかごから今この瞬間まで、愛子という人間の全てを知っているのよ。例えば……そうね。”大切な友の背中を押して、殺しかけたことがある”とかね」
「それは……見ていた、ということですか? それとも」
彼女は私の唇に人差し指を当てると、頭を横に振った。
「そこは深く考えちゃダメ。考える愛子は可愛くないわ。もっと自己すらも焼き尽くしてしまいそうなその衝動に狂っていなさい? その方が数十倍も可愛いわ」
またキスをして来ようとしたのを見て、私は思わず身体を仰け反らせる。彼女はそんな私の行動に「そんなに逃げなくても良いのに」と眉を
食事が終わって冷蔵庫に料理を片付け終わると、彼女は椅子に腰を据えて私を見た。
「それじゃあ簡単にだけど、昨日のことを説明していくわね。……まず、私の目的だけど”意味のある死を遂げる”ことよ」
「意味のある死、ですか?」
「”誰かの幸せの糧になる行為をして死にたい”みたいなことね。だから、愛子。貴女なのよ。貴女は死別することに対して興奮するのでしょう? だったら、愛子に殺されたのなら、それは確実に”誰かの幸せ”に繋がるのよ。分かる?」
「な、なんでそのこ…………断ります。私は死別に対して興奮しません。残念ですが、貴女の期待に応えることはできないんです」
「あら、嘘をついても無駄よ。言ったでしょ? ”私は貴女の全てを知っている”って。貴女が親友である子を殺しかけた時、どうしようもないほどに興奮していたことも。別に私の依頼を断っても良いけど、その時は分かっているわよね?」
「……でも、人が死ねば誰かは苦しみます。それが肉親なのか、あるいは世界にいる他の誰かなのかは分かりませんが」
彼女は一瞬、意思のこもっていない冷めた目で私を見つめてきた。
「感情論で絆そうとしても無駄よ。私にとってはどうでもいいものなのよ、肉親も他の誰かも。”アフリカのどこかでは貧しい人が~”って理論と同じよ。確かに苦しむ誰かは存在するかもしれない。でも、その苦しむ人たちと今ここにいる私に何の関係があるの? どうして、彼らのために私が自分の感情や衝動を押し殺して生きる必要があるのかしら? ”世界にいる誰かが苦しむから、自分じゃない人間に死んでほしくない”なんて甘えた理想はやめなさい。本当に死んでほしくないと思うのなら、自分の人生をその相手に与えるつもりでいなさい。自分を悪役に仕立てあげたとしても、相手にとって都合の良い理想を見せてあげなければいけないの。どれだけの嘘を――――」
彼女は無意識に白熱してしまった自分の言葉に気付くと、顔を赤くした。その恥ずかしさを隠すように、こほんと咳払いをする。
「ともかく、貴女と私は互いに都合が良いの。死別に興奮できる人間と意味のある死を求める人間。利害の一致がしているの。そこは理解できたわよね?」
私は頭を縦に振らずにいたが、それを了承の意味として勝手に捉えたらしい彼女は、長い腕をグッと伸ばして立ち上がった。
「それじゃあ、詳しい日程は明日決めるとして……今日の所は仕事に行ってくるわね。貴女は大丈夫なの、時間?」
「えっ」と思って時計を見ると、もう八時になりかけていた。いつも電車は八時のものに乗っていて、ここから駅までは十分以上かかった。私が苦笑いして表情で訴えると、彼女は心底呆れたとでも言うように溜息をついた。
「車で裏道を通って飛ばせば、九時までに間に合うわ」
「えっと……それって、乗せていってくれるんですか? あるんですか、車!?」
「突然騒がないで、うるさいわよ。昨日ここまで来るのに乗ってきた車があるのよ」
ありがたさになむなむと拝む動作をする。彼女はまた溜息をつくと、「そんなことしてないで。早く準備しないと会社遅れるわよ?」と急かしてきた。私は「はい!」と彼女の声に応えると、大急ぎで出発の準備をはじめた。
3.
それから二、三週間が経過した。その頃には彼女……
打ち解けてきて分かったことだが、伊美さんは最初に抱いていた印象よりも不器用な人だった。料理だけは異様に上手いので気付いていなかったが、洗い物をすると必ず一皿はお皿を割っていた。また、掃除機をかけるのも毎回何か大きなものを吸って詰まらせていた。
最初の内は「せっかくやってくれているのだから」と思って任せていたが、次第に私がやるようになってきて、いつしか料理以外の家事は全部私がやることになった。私は料理が苦手だからコンビニ弁当やカロリーメイスで生き長らえていたので、料理だけでも担当してもらえるのは、本当に頼もしかった。
しかし、頼もしさと同時に伊美さんへの不信感も募っていた。段々と彼女と日常を過ごしていると忘れてしまいがちなのだが、彼女はいつでも私を無茶苦茶にできる「鍵」を持っているのだ。あの事故の真相を知っているのだ。
そのことに対して伊美さんは「深く考えちゃダメ」と言っていたが、あの事故の真相を知っているのは、私と私が背中を押した友人だけしかいないのだ。
私が今まで誰にも話したことがない以上、論理的に考えれば友人……
そんな風に悩んでいたある休日、家のポストに私宛の手紙が来ていた。それは宛先すら書いていないもので、ポストに直接投函されたものだと分かった。伊美さんは旧住所の方から住所を移していないというし、私宛のものだろう。中を開けてみると、そこには見覚えのある文字があった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
拝啓、御恨み申し上げます。私は計画を裏切ったあんたを許さない。この強烈な復讐心を燃やしてあんたを殺す。八つ裂きにして、私の手に「彼女」を取り戻す。もしもこの復讐心に応えるのなら、今日の深夜三時に既定の場所までやってこい。そこで全ての決着をつける。来ないのなら、あんたをこの家ごと燃やすから。 友恵より
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
手紙の裏に集合する場所が書かれていた。ここから歩いて三十分ほどの場所である。十分に辿り着ける場所だと分かったが、それと同時に明日が仕事である事実に頭を悩ませた。しかし、家の中から「ご飯できたわよ」と顔を出してきた伊美さんの姿を見ると、私は頭を横に振った。
仮にこの挑戦を受けなければ、私だけじゃなく伊美さんにまで迷惑がかかる。それはこの離れがたい大切な日常にとっての大きな損失となってしまう。それは避けたかった。それに、伊美さんと友恵が本当に接触したのか聞くこともできるのだ。不信感を晴らすためにも、一人で行くべきだと思った。
伊美さんにバレないようにして手紙をお尻のポケットに入れると、私はこの隠し事がバレないように彼女に対して何事もなかったように振る舞うことにした。
深夜一時過ぎになると、伊美さんと一緒に寝ていたベッドを抜け出した。スマホと鍵と財布だけ持って家を出た。夏本番はすぐそこということもあって夜でも暑かったが、最近夏服に衣替えをして半袖に変えたので、大分マシになっていた。
手紙の裏の地図に従って数十分歩くと、やがて廃工場へとやってくる。特撮に使われるような廃工場は実在するのだな、と感心を抱きながら中に入ると、そこには車椅子姿の友恵の姿があった。私がやってきたのを見ると、大きく目を見張った。
「な、なんで愛子が来ているのよ。それじゃあ、意味ないじゃない!」
「えっと……もしかして伊美さん宛だったの、あの手紙?」
「あ、当たり前じゃない! 私がどうして愛子に対してあんな酷い言葉をぶつける必要があるのよ。そもそも…………いえ、そうね。私の足が使い物にならなくなった原因だって、アイツのせいなのよ?」
「伊美さんの、せい……?」
伊美さんが友恵をこんな目に追いやった? いや、そんなことは有り得ない。あの時、友恵の背中を衝動から押してしまったのは私だ。私がやったのだ。私が友恵を殺しかけたのだ。その、はずなのだ。
私が頭を抱えてその場にへたり込むと、彼女は車椅子を動かして私に近付いてくる。そうして私の髪を撫でると、喉にキスをしてきた。私を捕食しているのではないかと思ってしまうほど濃密なキスに、思わず顔が熱くなってくる。それでもどこか、そのキスは懐かしい香りがした。唇が離れる時に甘嚙みされると、首元に歯跡が残った。私がその跡を気にしていると、友恵は優し気な目で見つめてきた。
「あの時の愛子はかなり動揺していたから、勘違いしたのかもしれないけどね。……あの時、愛子は私を助けてくれたのよ? あの女が乗って来た車に思いっ切り轢かれそうになったのを、咄嗟に後ろへ引っ張って助けてくれたの。それでも、結局轢かれたのには違いないんだけど、致命傷を免れたのは愛子、貴女のおかげなのよ?」
「でも、私は……あの興奮は……そんな都合の良いこと……」
「大丈夫、大丈夫だから。……貴女は何も悪くないから」
ギュッと彼女に抱きしめられると、思わず涙が出そうになる。虚無と喪失だけの私の心に、かつてあった懐かしい感情たちが蘇えってきた。世界が彩づきはじめた。しばらく友恵に抱きしめられたまま懐かしさに浸っていると、不意に彼女は抱きしめていた両手を離して、私の両肩に置いた。どうしたのかと思っていると、眉間に皺を寄せて真剣な表情をしてきた。
「愛子、あの女と別れてうちに来なさい。あの女は化け物よ。貴女を狡猾に騙して自分の欲求を見たそうとする化け物なのよ」
「ば、化け物って……確かに変な人ではあるけど、でも本当に友恵を轢いた人なのかな。美味しいご飯も作ってくれるし、悪い人じゃないと思うんだけど。……大切な友達、だと思う」
「そこが異常なのよ、そもそも。都合が良すぎると思わないの? 突然やってきた女が料理もできて自分のことを異常なほどに知っている。そんな原作が悲惨な作品の二次創作みたいな都合の良いことがあると思っているの? そこにはちゃんとグロテスクな裏側があるのよ」
そういうと、彼女は私の手を掴んできた。無言のまま睨んできた。手を振り払おうとしたが、思った以上に握力が強い。あるいは、私の握力が弱すぎるのか。ともかく、彼女は手を離してくれる様子がなかった。このまま本当に友恵に連れ去られていくのかと思っていると、もう片方の手を誰かが掴んだ。
「あら、そんな都合の良いことが許されると思っているのかしら?」
一体誰なのかと見上げると、それは伊美さんだった。私は両手に華、いや両手に「大切」を持ちながら、一体どうしたものかと顔を歪める。
「この子はね、私が手に入れた子なの。今更実質死んでいるような子が盗みに来ないでほしいのだけど」
「はぁ? 盗みに来たのはあんたの方じゃない! ”私を愛子に会わせてあげる”と約束した癖に、最初に情報を教えてあげてから一切の連絡をよこさない。なんとか私があんたの跡を付けて辿ったら、何? どうして愛子とあんたが同棲しているのよ。ふざけないで!」
「あら、でも今こうやって貴女は私の愛子と会うことができているじゃない? それに、甘嚙みなんて計画にないことを勝手にしているし。確かに連絡をよこさなかったのは悪いけど、結果的に会えたのだから良くないかしら?」
二人の口論が過熱してくると、段々と私の手を掴む力が強くなる。両者ともに私よりも握力が強いせいか振り払うことができない。さすがに骨が折れそうになってくると、私は過熱する二人に対して「ストップ!」と叫んだ。
私の声に二人は口論をやめると、三白眼と狐目が同時に私の目を睨んでくる。蛇に睨まれた蛙のように動けなくなったが、同時にそんな二人がどうしようもなく愛おしくなってくる。心が高鳴ってくる。このおぞましい興奮には覚えがあった。あの時と同じ興奮だった。
てっきり「死別」に対して抱いていると思っていたその興奮が、今そんなものとは無縁の状況下において起こっている。その意外性に驚きながらも私は深呼吸すると、二人の顔を交互に見る。
「……分かった。二人とも、私が欲しいんだよね。私にはその感情がよく分からないけど、多分一緒にいたいんだよね。だったらさ、”三人で一緒に暮らす”のはどうかな」
二人はお互いの顔を見合わせると、同時に「愛子の元親友さんと?」「こいつと?」と言った。その妙な重なりに私は頬を緩める。
「私の家は三人ぐらいなら十分に住める広さがあるしさ。それに、階段とかないから友恵も住みやすいと思うんだけど……どう、かな」
「…………私は、貴女が意味のある死をくれるのならそれで良いわ。キスしたくなったら、元親友さんのことなんて無視してすれば良いしね。元親友さんがどうなのかは知らないけど」
「今も親友だが? 私ももちろん良いよ。この女と一緒に住めば計画外のこと……じゃなくて、何か怪しい事を企んでいても愛子を助けてやることができるしな。なにより……愛子と一緒に住めるなら、それだけで私は構わないわ」
私は指の骨が折れそうなほど握りしめてきている二人の手を握り返すと、二人の顔を見る。平等に頬へキスしてあげると、二人は俯いたまま顔を赤くした。二人の掴んでいた手が緩む。
その隙に手を離すと、スマホで今の時間を見た。もう既に五時を過ぎている。私は俯いている二人に発破をかけると、会社へ行くまでに少しでも眠るため、大急ぎで家へと帰っていった。廃工場の天井に空いた穴からは、昇る太陽の光が差し込んできていた。
背後で「……”自分の人生をその相手に与える”、ね」と小さな呟く伊美さんの声がしたような気がした。
都合の良い夜の物語 海沈生物 @sweetmaron1
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