NAUGHTY GIRLS
空がなんだか高くにあるような気がした。あたしは駅の東口からタクシーに乗ってホテルへ向かった。ときおり信号を待って停まる車内で、窓外から差すカラオケボックスの灯がビニール地のシートカバーを照らしていた。
ロビーに足を踏み入れると、ずっと遠くに夏世ともうひとり誰か男が立っていた。近づいていくと、静かに荒げられた声が耳に触れた。
「——まともじゃあないよ、きみは。いきおくれのような仕草でぼくを騙した。それなのに子供、子供がいるだって? きみはとんでもない女だ。ぼくは本気だった。本気できみをもらってやるつもりだったんだ。きみのような浮気な女、心から愛してやれるのはぼくぐらいだと、ああ、そうさ、ぼくが馬鹿だったんだ。だけど、だけどね、きみはどうかしてる、どうかしてるよ。」
男は傍のテーブルへ叩きつけるように小さな箱を置いて、足早に去っていった。あたしが歩み寄るのに気がついた夏世はわずかに身じろぎしたようだったけれど、それきりだ。男が置いていった箱に収まっていたのは大粒のダイアモンドが嵌まった指輪だった。何気なくつまみ上げてみて驚いた。あたしの指にさえ余り、まともにつけていられやしない。
彼女が何も言わなかったから、あたしも何も言わなかった。けれど部屋に上がり、浴室のドアの内に立ったとき、悟るように理解できたことがあった。彼女は大人になる必要がないまま今日まで生きてきたのだろう。
適当に髪を乾かし、湯を張りなおして、入ってきたらと彼女に勧める。彼女は素直に浴室へ消えた。
あたしは意味もなく部屋を歩き回った。その一角で足が止まった。派手なルビーやらエメラルドやらのあしらわれたアクセサリーが鏡台を占拠する中に、ただひとつだけそっけないデザインの小さな指輪が混じっている。それだけのことにふと気を取られた。あれはきっと彼女の薬指にぴったり合うのだ。
ベッドに身を伏せていると、彼女が寝室に戻ってきた。手招きして隣に呼び寄せる。あたしは尋ねた。
「子供がいるの?」
「うん。いるよ。」
それはなんでもないことのようであった。いや、事実なんでもないことなのだ。彼女はやはりまっすぐにあたしを見ていた。
「びっくりしちゃった。」
それだけ言って、あたしは彼女の背筋に指を滑らせた。部屋の隅では空気清浄機が静かな音を立てている。彼女の白い肌ばかりが暗がりに輝いているらしかった。
だだっ広いベッドの上でふたりは眠らないまま、やがて東の空が美しい赤色に染まるのを見た。
異邦人たち クニシマ @yt66
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