特別編 コウ試合に出る 後編

「はあーー……」


 何でこんなことになったんだ。肩を落として控室に戻る。あの後佐々木会長に謝られたけど俺が負けたら藤堂さんと対戦をするってのは決定らしい(勿論対戦と言っても練習だけど)


 バンッ!


「いってぇ!」


 いきなり背中を叩かれる。


「なんだぁーコウ?試合前なのに暗い顔して?」


 後ろを見ると案の定、涼さんだ。


「誰のせいだと思ってるんですか!!」


「はぁ?そりゃさっきの奴のせいだろう」


 なに言ってんだ?って顔で俺を見てくる。


「そ、そうだけど!そうだけど違うでしょ!」


 こんな時にバキバキの正論で返してきやがる。


「ほれ、あんまり騒ぐな。只でさえ目立ってんだからよ」


 会長の声でハッと我に返る。周りを見ると俺と涼さんが言い合いをしてるような構図になっているからか、かなり注目を集めてた。


「おいおい、滅茶苦茶鎌田涼に文句言ってねーか?あいつ」


「やべーな。調子乗ってんのか?」


 つ、痛恨の極み。周りから見たら俺が涼さんにイキり散らす奴みたいになってる!


「……早く控室行きましょう」


 努めて冷静に涼さんと会長に話し掛ける。


「ガッハッハ!正義は我にありだな」


 くそっ!何も言い返せない!だって今言い返したらまた周りから…。



 ガチャン


 控室に何とか着いた。控室に着くまでにも涼さんが大人気で遠巻きから見られたり握手を求められたり大変だった。今日は俺のセコンドって事で全部断ってたけど。


 お陰で俺がすげー睨まれるし、涼さんはそれを見てずっとニヤニヤしてたし、この人もしかして今日俺の邪魔しにきたの?


「まったく!!」


「まあまあ、落ち着けよコウ!」


 だ、誰のせいで!!っと思って涼さんに一言言ってやろうとした時に控室に置いてあった俺のスマホが震えてるのが見えた。もしかして?


 涼さんなんて放っておいてスマホに駆け寄る。多分この時間ならそうだろう。


 スマホを見ると美咲からの連絡と俺達が挨拶に行ってる間に母さんからメッセージが残されてた。


 母さんからはそろそろ着きます頑張ってねと簡潔なメッセージが。美咲からは着いたよーってメッセージが来てた。


「あ、あの会長…」


 試合前なのに彼女なんかに現を抜かすな!とか言われるかな?そう思ってチラリと会長を見る。


「ん?美咲ちゃん達が来たのか?おう、行ってこい。アマチュアの大会だから人も少ないしすぐ見つかるだろ」


「い、行ってきます!!」


 流石会長!さっきボケたハゲジジイとか思ってごめんね!


「よし!俺も行ってやろうか!」


「来なくて良いです!!」


 ちゃっかり涼さんが付いてこようとしたからきっちり断った。だって美咲が涼さんばっかりになるし……。


 涼さんの返事は無視して会場の入口までダッシュする。モタモタしてたら何だかんだ付いてきそうだ。




「おーーい!!」


 会場の入口に着くとすぐに美咲達を見つけた。目立ってるし。


「コーーウ!!」


 パッと華が咲いたような笑顔で俺を迎えてくれる美咲。勿論他の友達も一緒に。少し小走りで駆け寄り俺も笑顔になる。


「今日は来てくれてありがとな皆」


 皆の顔を見ながら一応挨拶しとく。後ろに母さん達が居るから若干恥ずかしい。


「おうおう!改まってなんだよ!俺達親友だろ!?」


 タクはそう言いながら肩を組んでくる。


「そうだよね。他人行儀すぎるよ?」


 そう言いながら王子も反対側で肩を組んでくる。


「田中くん頑張ってね」


「………がんば」


 委員長も春川も応援してくれる。……春川は応援か?


「はいはい離れて!あたしのコウなんだから!」


 肩を組んでた王子とタクを引き剥がして俺にくっついてくる美咲、可愛い。


「まあまあ…!!」


「あのコウが……!」


 父さんと母さんは何に感激したのかわからんが口を押さえてこちらを見てる。父さんに至ってはスマホで写真撮ってる。コラ美咲、止めなさいポーズを決めるのは。


「うちのパパとかママも後で来るってさ!パパも絶対行くって気合い入ってたよ。仕事も全部終わらせるって言ってた。終わらなかったら途中で捨ててくるって……」


 おいおいお義父さん!大丈夫なんですか!!


「大丈夫なんか?お義父さん」


「ん?何か社員が優秀だし大丈夫だって言ってたけど」


「そ、そうなんか」


 一通り談笑した頃に


「それじゃあそろそろ控室行く?」


「そうね、私達も挨拶もう一度挨拶したいし」


 母さんがそう言うと


「父さんは朝挨拶出来なかったからなあ!」


 俺が行くまで会社に行かないとか言ってたからな父さん。会場で挨拶出来るからって何とか行かせたけど。


「ま、まあ行こうか」


 父さんの張り切りは置いといて、あんまりここで話し込むのも良くないだろうし移動しよう。




「ただいま戻りましたー」


 扉を開けて控室に入る。


「コウちゃーん!!」


 そして飛び込んでくる綾さん。勿論受け止める他ない。


「ちょ!綾さん危ないですよ!」


 俺に受け止められて?満足気な綾さんは


「コウちゃんなら受け止めてくれるって信じてた!」


 そんな満面の笑みで言われたら何も言えないじゃないですか…。


「コラ止めとけ綾、一応コウは試合前だかんな?」


「うーん……ごめんね?コウちゃん?」


 手を重ねて首を少し傾けてウインクしながら謝ってくる綾さん。


「いや、全然大丈夫で──」


 ガバッ!


 後ろから凄い勢いで美咲が抱きついてくる。あーこれはあれです……。


「ほら、美咲の好きな涼さんだぞ?」


「うん……でもまだ……」


「おい、バカップル!邪魔で入れねーじゃん」


 こんな時に容赦ないのはタクです。


「お、おう美咲ちょっと避けよう」


 美咲がガッツリ抱き付いたままだけど横にずれる。横を通っていく人が一様に生暖かい視線を向けてくる。約1名を除いて。


 控室では早速父さんが会長や涼さんに挨拶してる。王子はジムで会ってるから何時も通り。綾さんは涼さんに叱られてるみたいでしょぼんと落ち込んでる。


 いや落ち込んでねーわ俺の方を見てウインクしてきてるもんあの人。


 ようやく落ち着いた美咲が涼さんや会長に挨拶してる。付き合いだしてから、ちょこちょこジムに遊びに来てるしそこまで緊張はしてない様子だ。


 しかし会長はデレデレな顔してる俺達が見たことない様な、それを横目で涼さんが見て噴き出しそうになってる。止めてね涼さんまた面倒臭い事になるから。


「「「お邪魔しましたー」」」


 一通り挨拶もすんで皆が控室を出ていく。


「ちょっとそこまで一緒に行ってきますね」


「おう、戻ったらアップ始めるからな」


 会長の言葉に、はいと頷き部屋を出る。


「それじゃあ皆、俺頑張るからさ応援頼んだ」


「おう!任せとけ!」


「僕も久々に叫ぶよ!」


「友達が今から殴り合いをするって妙な気分ね?」


「田中くん……がんば」


 それぞれ個性豊かな応援です。


「コウちゃん頑張ってね?」


「コウ!父さんの息子だから少し心配だが母さんの息子でもあるんだ!きっと良い結果が残せるはずだ!」


 父さん、随分前に話した事をまだ覚えてたんだね。母さんはそんな父さんをニコニコ見詰めてる。


「コウ、あのね勿論勝って欲しいし、応援はするけど……ケガだけは気を付けてね?」


 少しだけ心配そうな顔でこちらを見詰める美咲にやっぱりドキリとする。こんなに可愛い彼女が応援してくれるんだぞ!


 何が全日本チャンピオンだよ!すげーな!絶対善戦してやる!心の中でも弱気な自分は隠せないな。


「おう!かっこ良くとはいかないかもだけど、一生懸命頑張るから…美咲の為に」


「うん………」


 見詰め合う二人……どんどん近付く顔と顔…


「ストーーープ!!」


 間に入ってくる春川。そうですね、こうなると思ってました。


「そ、それじゃあ行ってくるから!」


 考えたら父さんや母さんも見てるのに何をしようとしてたんだ俺は。恥ずかしさが急に顔を出したので急ぎ足で控室に戻る。


「た、ただいま戻りました」


「おう、じゃあ始めるか」


「お?コウどうしたんだ?ちゅーのひとつでもしてきたか?」


 この人鋭いからきらーい。


「何言ってんですか!さあ!試合前ですよ!」


 勢いで流そう、そうしよう。


「え?まじで?おいおい!遂にかよ!」


 涼さんは俺の顔を覗き込んでくる。中学生かよこの人。その後は何だかんだ言いながらもアップの手伝いをしてくれて助かったけど。




「よし、行くぞ」


 試合は順調に進み、いよいよ俺の試合が始まる。名前を呼ばれたから、会長や涼さんと入場していく。


 入場と共に今日一番の歓声が会場に響く。そりゃそうだ。涼さんが居るんだもん。涼さんはファンサービスなのか、あちこちに手を降っている。


 やっぱり慣れてるなぁこの人。


「よし、準備すんぞ」


 いそいそと準備を始める会長と涼さん。その間に相手の藤堂さんも入場してくる。藤堂さんもやっぱり知ってる人は知ってるのか歓声が挙がってる。


 それに応える様に腕を上げてアピールする。そんな藤堂さんを見ていたら明らかにフンッと鼻で笑われた。やっぱり俺あの人嫌い。


「両者リングに上がってください」


 いよいよ試合が始まる。リングの上は照明のお陰で眩しく、そのせいで客席も目を凝らさないとあんまり見えない。


 照明の熱と観客の熱で気持ちもあがってくる。王子やタク、美咲の声は聞こえる。一生懸命応援してくれてる。


 ふと周りを見渡すと、やけにゆっくり動いてる様に見える。これが試合前のゾーン?的なやつなのかな。


 レフェリーも相手の藤堂さんもゆっくり近付いてくる。後ろを振り返ると、会長や涼さんが見える。


 お互い中央までくるとボディチェックが行われて注意事項が言い渡される。バッティング(頭突き)、後頭部への打撃など、まあまあ一般的なやつだ。


 藤堂さんは俺を見てる様で後ろの涼さんを意識してるのがバレバレだな。これ俺がやったら会長に殺されるわ。


 今回はヘッドギア無しで行われる。学生なんだからヘッドギアしろよ!って思うかも知れないけど近年はヘッドギアのお陰で脳震盪を起こしやすいって研究もあるそうで、今回は総合ルール(立ち技、寝技あり)でやるからヘッドギアも邪魔だしね。


 レフェリーにお互いのコーナーへ戻るよう指示を受ける。よし!始まるぞ。


「おう、大丈夫……だな?なんでぇ落ち着いてんじゃねーか」


 会長が意外そうな顔でこっちを見てくる。何だろう?相手の藤堂さんが俺なんて眼中にないって感じだし、胸を借りるつもり的な?


「そうですね、自分でも不思議ですけど藤堂さんがああいう態度だからですかね?逆に冷静になっちゃって」


 俺はただ全力でぶつかるだけだ!


「お、おいコウお前やり過ぎんなよ?」


 俺が喋ってると涼さんが少し動揺しながら声をかけてくる。


「な、なんですか?やり過ぎんなって大体相手はチャンピオンですよ?俺なんて──」


 セコンドアウト!セコンドアウト!


 話してるうちにいよいよ始まる。まあ涼さんの話しは後で聞こう。俺の初の試合だ全力で頑張るぞ。お互いにリングの中央に寄っていく。


 最後にチラリと美咲の方を見るとでっけぇ声でいけー!!!って応援してくれてる。


 ラウンドワン──ファイッ!!


 試合が始まった。藤堂さんは速攻俺を片付けるつもりなのか猛然と向かってくる。向かってきてるんだけど凄くゆっくりに見える。


 俺は練習通りにワンツー(ジャブとストレート)を決めてタックルでテイクダウンを取ってからの上からの打撃を思い描きながら藤堂さんへ突き進む。


 よし、俺の間合いだ。猛然と向かってきてる藤堂さんの顔面目掛けて渾身のワンツーを放つ。


 時間は相変わらずゆっくり流れてるけどそんな事は関係ない。相手はチャンピオンなんだ。一瞬も油断できない


 次は腰にタックルを決める!しかしやっぱり相手もチャンピオンだから即腰を落としてくる。くそ、このタイミング間に合うか?


 ギリギリのタイミングだが何とか間に合いそうだ!そう思ったとき──


「ストーーーッップ!!」


 レフェリーが俺と藤堂さんの間に入る。え?何?何かあった?


「え、あの……?」


「コーナーに戻って!」


 レフェリーからそう言われて藤堂さんを見ると──え?


 完全に失神してた。………あれ?


 セコンドを見ると会長は頭痛がしてるのか頭を押さえてるし涼さんは両手を叩いて大爆笑だ。


 一瞬何が起こったか分からなかったがタクや王子が歓声を上げたことによって他の観客も一気に歓声があがる。


「うおおお!!なんだ今の!パンチ見えたか?」


「いやいや、やべーよこれ!相手の頭をぶれたと思ったら倒れてんだもん!しかも追撃しようとしてただろ!?」


 いやいや!追撃じゃなくてまだ全然戦うと思ってただけなんです!なんて事は言えずにレフェリーが近付いてきて俺の腕を上げる。


「WINNER!!」


 すっごく釈然としないけど俺の初めての試合はこうして幕を閉じた。




「まあ、なんだ無事に勝ったからとやかく言わんがこれで少しは自分の力が分かったか?」


 控室に戻り結構真剣な顔で会長が話してる。


「いやまあ……まぐれって事は……?」


「あるわけねーだろ?相手も一応は日本チャンピオンだぞ?まぐれで取れるようなもんじゃねーだろ。だから勝ったのもまぐれな訳ねぇ」


 ですよねー……何か自分が強いって言われてもいまいちピンと来ないなぁ。


「でもジムじゃあ涼さんにボコボコにされてますし…」


「おめーなぁ鎌田はこんなんでも一応日本のトップだぞ?そいつからたまにとは言え勝つ方が異常なんだよ。しかもお前はまだ高校生だろうが」


 そう言われたらそうなのかなぁ?


「でもですよ?それなら何で今まではっきり教えてくれなかったんですか?」


 当然の疑問だよな?


「あ?ああ、お前……中学の頃……変な感じになっただろ?なんだったか……ケイオス?とかなんとか」


「あああああああああああ!!」


 止めてくれ!俺の封印されし混沌ケイオス終焉フィーニスが……。


「うお!何だよびっくりすんな。まあそれがあって色々と調子に乗らせちゃ不味いなって話でな」


「そう……ですね。ありがとうございます」


 たしかにあの時期に自分が強いって分かれば調子に乗ってとんでもない事をやらかしそうだ。会長の英断だ。


「ほれコウ!勝ったんだから皆に挨拶してこいよ」


 涼さんは嬉しそうに俺を控室の外に出す。


「じゃあ行ってきますね!」





「コウーーーーーーー!」


 向こうから凄い勢いで美咲が駆けてくる。そして俺へダイブ。


「うお!何だよ美咲」


 俺に抱き付いたまんまうーうー唸ってる。そして離したかと思うと目を輝かせながら


「すぅぅぅぅぅごかった!!もう超凄い!」


 語彙力が無くなってるけど多分試合が凄かったって言いたいんだろう。


「そっか?何か俺は実感が無いというか…」


 実在速攻終わったし、まだまだ戦いたかったんだけど。


「でもでもでも!凄かったよ!かっこ良かった!何かあの人かあたしの彼氏で良いのかな?って位かっこ良かったんだから!」


 興奮冷めやらぬ様子でかっこ良かったを連発してる美咲。照れるな。


「あれ、さっきの試合の人じゃない?パンチで相手の顔吹き飛ばした人」


「うお!マジじゃん!てか一緒に居るの彼女か?レベル高杉ワロタやっぱり強いとモテんのかね」


 そうだろそうだろ!うちの美咲はレベル高杉なんだよ!!後、別に頭吹っ飛ばして無いから。吹っ飛ばしてたら藤堂さん死んでるから。


 その後もタクや王子、美咲のお義父さん達も祝ってくれて一様に興奮しててやっと試合に勝ったのかな?って実感が出てきた。


 そらとうみも来てて、うみは普通におめでとうって言ってたけど、そらは明らかに俺が仮面ライダーだと思ってた節がある。ずっとキラキラした目で見てたもん。


 父さんや母さんも俺が一発も殴られなかった事に安堵してた。


 ちなみに藤堂さんは病院に行って精密検査を受けたらしいけど、今のところ異常は無いそうです。


 一瞬で意識を刈り取られて最初は納得してなかったらしい、けれど映像を見せられて凄く落ち込んでたそうだ。


 その後は佐々木会長に頭を下げて練習に励んでるとか。格闘家って真っ直ぐな人が多いからね。良かった。


 そんなこんなで俺の初めての試合は呆気なく終わった。

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陰キャの俺がクラスカーストトップのいじめっ子ギャルに友達料金払ったら青春始まった。 へっぽこ @tetu20190809

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