特別編 コウ試合に出る 中編
「い、いよいよか……」
俺は家の玄関で気合いを入れ直す。
「コウちゃん!お父さんとお母さんも後で行くからね!ケガだけには気を付けて頑張ってね!」
「うん、ありがとう行ってきます」
母さんが見送ってくれる。父さんは仕事で先に出社したけど昨日の夜に頑張れとの言葉を貰った。
父さんはわざわざ仕事を途中で抜けて応援に来てくれるらしい。父さんや母さんには中学や高校でも大会なんか出たことなかったから初めて息子の勇姿が見れると張り切ってた。気合いを入れて応援するらしい。
玄関を出ると会長が待っててくれた。自宅まで迎えに来てくれている。その横には
「どうも会長さん!今日はよろしくお願いします!それと──」
「どうもお母さん!息子さんの事は俺に任せといてください!」
キラリと光る笑顔で涼さんが喋ってる。誰だよ。
今日の試合は、なんと涼さんがセコンドに付いてくれるらしい。前回の試合で俺がセコンドの手伝いをしたからお礼だって言ってたけど…。
「コウなら大丈夫ですよ!……この通り緊張してるみたいですけど、なんたってスーパースターの俺と一緒に練習してるんですから!心配無用です!」
はぁ……いや、嬉しいよ?俺が緊張してることばらされたのはムカつくし自分でスーパースターとか言っちゃってるし、しかも強ち間違いじゃ無いのが余計にムカつく。
でもなぁ、絶対騒ぎになるよなぁ。格闘技やってる人なら涼さんの事は絶対知ってるだろうし。
「すみませんお母さん。コラ鎌田!うるせえぞ!コウ君は無事に帰しますので安心しててください」
うん、なんでかな?涼さんと会長の発言って同じなんだけど、信頼度が全然違うよね。
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。コウの試合なんて初めて見るもんですから主人と二人で張り切ってるんですよ」
そう言いながらオホホと笑う母さん。よし、何としてでも瞬殺されるのだけは避けよう。
「それじゃあ母さんそろそろ出るね」
「そ、そうね。ふぅー…コウちゃん、楽しんできてね」
やっぱり今から殴り合いに行く息子が心配なんだろうけど、気丈に振る舞ってくれてる。俺が少しでも楽になるように。
「じゃあ、会場で待ってるから」
ジムの車に乗り込み会場へ。車が走り出して暫くしてから、スマホにメッセージが届く。そこには
『今から皆で向かいます!!』
メッセージと共に美咲や王子達が集まって撮った写真が送られてきた。皆笑顔で撮ってるけどタクだけ目をつぶってる。絶対わざと送ってきただろ。
「ふふっ」
思わず笑ってしまう。そんな俺に涼さんが気が付いたのか
「お?なんだなんだ?可愛い彼女から何か届いたのか?」
こっちを見ながらニヤニヤしてる涼さんに
「美咲からですけど皆で撮った写真が送られてきたんでちょっと心が落ち着きました」
「ふーんさっきまでバレないようにしてたけどガチガチに緊張してたもんな?」
「そう言えば緊張してることばらしたでしょ!大体涼さんはデリカシーってものが無いんですよ!俺が両親に心配掛けまいと平然としてるように振る舞ってたのに!」
俺だって少しでも安心して欲しいから何時もと変わらない様にしてたのに、この人開口一番にばらしやがったんだよ。
「あ?俺はデリカシーの塊だろうが!大体親御さんもお前の緊張に気が付かないわけないだろ?それをデリカシーの塊の俺が間に入ってだな……」
デリカシーある人は絶対デリカシーの塊なんて自分の事は言わないだろ。
「おい、デリカシーがあんなら試合前のコウをあんまりおちょくるなよ」
会長の一言ですぐ黙る涼さん。この前会長をおちょくって本当に1日走らされてたからなこの人。
「…………」
涼さんが俺のせいで怒られたとでも言わんばかりに俺をガン見してくる。俺も負けじと目力を込めて見返す。
暫しの沈黙譲らない二人。そこでちょっと悪戯心に火が着いた俺は変顔してみる。
「ぶふぉおあ!!」
見事大爆笑で噴き出す涼さん。
「きったねえ!大事な試合前に何で唾なんて吹き掛けるんですか!!」
「お、お前それはずるいだろ!!」
唾吹き掛けてきたくせに逆ギレしてくる涼さん。やっぱデリカシーなんて無いじゃないか!
「はあ……全然緊張感ねぇな。まあガチガチよりは良いけどよ」
会長の静かな呟きは俺と涼さんの賑やかな声でかき消された。
「はあーーー!着いたかあ!」
何故か試合前の俺より元気に車から降りる涼さん。
「ほれ、行くぞ」
会長に促されて会場入りする。それにしても……
「おい、あれ鎌田涼じゃね?」
「はあ?そんなわけ──うおマジだ。じゃああっちは犬飼会長か?滅茶苦茶豪華じゃん」
「おいおい、あの二人が付いてる選手ってどんな───???」
「あれか?いや、あれは練習生か何かじゃねーの?」
「いやーでも選手っぽいぞ?ほら、顔写真出てる」
「マジかよ完全にモブ顔じゃねーか」
ほらね……涼さんが居たら必然的に会長もバレるんだよ。会長は涼さんと比べてメディアへの露出が少ないからそんなにバレないだろうって思ってたのに。
「ぐっ……クックッ……」
周りの声が聞こえたのか前を歩く涼さんが肩を震わせてる。絶対笑うの我慢してるだろこの人。
「会長、涼さんに何とか言ってやって──」
会長に怒って貰おうと会長を見るとなんと!!
「うぐぅ……クッ──」
会長も笑うの我慢してるし!
「くそ!二人とも馬鹿!」
俺は二人を追い抜いて先に会場に入る。だってこんな羞恥プレイ長く受けたくないよ!
「悪かったってコウ!な?許せよ!」
控室に着いて速攻で謝ってくる涼さん。
「ふん!どうせ俺はモブ顔ですよ!」
「まあまあ!言いたい奴には言わせとけば良いんだよ!ね!会長」
涼さんは自分だけじゃなく会長も巻き込むつもりだ。
「あ?そうだな。周りからの余計な声なんて気にすんな」
何か俺はなにもしてないみたいに喋ってますけど?
「そんな事言って会長だって笑ってたでしょ!」
そうだよ!二人して笑っちゃってさ!
「う……そのすまんなコウ」
罰の悪そうな顔で素直に謝る会長。なんかスッと謝られると怒りって持続しないよね。
「……はぁ、もう良いですよ。俺の顔がモブなのは事実ですし」
それに試合前にこんなことしてる場合じゃないし。
「どうします会長?アップします?」
この後どうするか会長に聞いてみる。あんまり早くに体温めすぎてもダメだしな。
「ん?おお。とりあえず相手方に挨拶に行くぞ。別に奪ったわけじゃないが、急に決まった試合だしな。顔見せだけでもしに行くぞ」
そんなもんなのかな?と思いつつ会長に着いていく。今回対戦する相手方のジムの会長さんとは何度か会ったことがあった。
ジムの人の試合を見に行った時なんかに挨拶させて貰ったこともある。うちの会長とは正反対の見た目で優しそうな人って印象だ。
コンコンッ
「失礼します」
会長の後に続いて部屋に入る。ちなみに面白そうだからと涼さんも付いてきてる。
「し、失礼します」
少し緊張しながら挨拶する。相手方の会長さんは前見た通りニコニコと笑顔でこちらを見てる。肝心の対戦相手は…
そう思ってるとアップ途中の対戦相手がこちらにズンズンと向かってくる。え!?なんだなんだ!?乱闘か!?
そして俺の目の前迄来て──
「あ、あのやめまし──」
俺の横を素通りする。あれ?どう言うこと?
「鎌田涼選手ですよね!!俺、日本では貴方しか尊敬出来る人居なくて!」
俺は完全無視で涼さんへの熱いラブコールが始まる。俺も会長もポカーンです。相手の選手は俺の方をチラリと見て
「ふんっ!あんな奴より俺の方が絶対強いんで!あいつに勝ったら俺と戦って貰えますか!!」
うおー!流石全日本チャンピオン!自信が違う!しかし、俺があんな奴なのは良いけど君のジムの会長さんに失礼じゃないの?
「……はぁ、止めなさい藤堂くんまずは挨拶が先ですよ」
少し呆れた様子で藤堂?さんを諌める。
「……わかりました会長」
とーっても不満気ですけど!こんな態度うちのジムでやったら絶対辞めさせられるわ。
「初めまして
そう言って軽く頭を下げる藤堂さん。
「どうも、田中浩一です。今日はよろしくお願いします」
俺も頭を下げる。会長同士は俺達の頭越しに挨拶してる。まあ二人は知り合いだしな。
「しかし、中々の…跳ねっ返りですな」
会長が苦笑いしながら話す。
「いやぁ実力がありますからね。若いとどうしても」
相手方の会長さんも苦笑いで返す。その間も藤堂さんは涼さんに釘付けだ。なんかムカついてきたぞ?
そりゃチャンピオンからしたらどこの馬の骨ともわからない高校生の相手をさせられるのは嫌だろうけどさ!
俺だって結構頑張ってきたし、初めての試合で気合い入ってんのに。
「どうも、佐々木会長!今日はこいつのセコンドに付きますんで」
そんな涼さんは藤堂さんの事なんて全然気にせずに会長に挨拶してる。てか佐々木さんなのか。
「鎌田さん!どうなんですか!?それとも…戦うのが怖いんですか!?」
えっ…ええええええ!!!怖っ!何か涼さんが相手にしなかったら煽ってきたよ?今流行りの煽り運転ですか?
「ちょっ!藤堂さんこんな人でも流石に失礼ですよ!」
普段だらしないし、綾さんにいっつも怒られてるし、練習サボろうとするし、涼さんのせいで会長に怒られるけど、流石に失礼だよな!
「あ゛?おめーは黙ってろよ。どーせ負けんだからよ」
ぐいっと詰めてくる藤堂さん。圧力が……あれ?あんまり凄くない。
「止めないか藤堂君。すみませんね犬飼会長、鎌田くんも田中くんも」
佐々木会長が間に入ってくれて、何とか引いていく藤堂さん。今にも掴み掛かりそうだったよな。
「お前面白いな?こいつに勝ったら考えてやっても良いぜ?」
涼さんがニヤニヤしながら俺の頭に手を置いてそんな事を言い始める。漫画とかで見たやつだ!でもそれって本当は強い奴のパターンの時じゃん!
「ちょ!止めてくださいよ涼さん!」
「へぇーこんな奴倒すだけで相手してくれるんですね?絶対ですよ?」
もう勝ったつもりの藤堂さんが涼さんへ挑発的な目線を送る。
「おうおう、何回でもやってやるわ良いですよね?会長」
良かった!一応会長に許可求めてくれた!断って!会長!!
「ん?ああ良いんじゃねーか?」
「はあ?」
おいおい!嘘だろ!!会長までなに言ってんの?あれ?このハゲジジイボケたか?
「……おいコウ、お前変なこと考えてんだろ」
「変なのは会長と涼さんでしょ??なんでこんな約束するんですか!」
ボケジジイ!
「なんだよ?勝てば良いんだろーが単純に」
そ・れ・が!難しいんでしょ!言葉には出さないけど!悔しいから!
「ふん、試合前からそれじゃあ対戦は決定だな。それじゃあアップの続きするんで」
そう言って藤堂さんは奥へ戻っていった。どうすんのよこれ!
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