後編

(うーん、ちょっとは伸びてきたかな…髪もちっさくだけど結べるようになったし)

 夏の少年野球大会が迫ってきたある日、ミサキは鏡を見てそう思うが…動くとすぐほどけそうな、辛うじて結ばれているくりんとした後ろ髪を見ると溜息をつく。

(これじゃあポニーテールってよりは…犬のしっぽみたい。…と、そんなこと考えてる場合じゃないや。そろそろ練習行かなきゃ)

 ミサキは今にも結び目がほどけそうな髪から髪ゴムを抜き取り、駆け出して行く。

 


「ミサキ、お前、なんで髪切らねーの?」

 その日の練習後、タイチが突然ミサキに声をかけてくる。

「え、なんでって…?」

 ミサキはドキリとし、そう言った声が思わず裏返る。

「なんか…大会前なのにずっと長いまんまだからさ。それ、邪魔じゃねーの?」

「うーん、もうちょっと伸ばしたら結べると思うし。結んだら邪魔じゃないでしょ?」

 ミサキはタイチの言葉に対しそう返しながらも、なぜ突然髪のことを言ってきたのか思考を巡らせていたが…ふと一つの可能性を見つけ、それを尋ねてみる。

「あ…もしかして、変?似合ってないとか?」

「そういうんじゃねーけど…髪じゃなくて、ミサキが変だ」

「え…」

 ミサキは思ってもいなかったことを言われて戸惑う。

「だってさ、しばらく居残り練習してねーだろ?前までは毎日残ってたのに、おかしーよ。俺にエース奪われてもいいのかよ」

「それは…」

 正直エースの座を奪われるのは嫌だったが、ここ最近は…タイチにエースを奪われても仕方ない感じはしていた。最近のタイチはなぜだか、これまで以上に…傍から見ていて息を呑むくらい練習熱心で、それに比べてミサキは居残り練習もせずにいるため…追いつかれるのも時間の問題だと感じていた。

「最近タイチ頑張ってるからさ、奪われたら奪われたでしょうがないとは思ってるよ」

 ミサキは思ったことを口にする。タイチはそんなミサキを見て…ポツリと呟く。

「そうかよ。らしくないな」

 そしてタイチはミサキから目線をそらし、しばらくの間地面を見つめて黙っていたが…ミサキの方を再び横目で見ると、口を開く。

「髪伸ばしてるのってさ…前に俺の言ったことが関係あったりする?」

 ミサキは驚き、目を丸くしてタイチを見る。タイチは、少しバツの悪そうな様子でミサキから目をそらす。

「…あったら何?」

 ミサキは恋心を隠すと決意したことを忘れ、そう口を滑らせてしまい…それに気が付くとハッとする。

(そんなこと言ったら、関係あるって言ってるみたいじゃん…!)

 ミサキがそう思って慌てていると、タイチは驚いた様子でこちらを見、何を言おうか考えているようだったが…向こうも慌てた様子で言う。

「え、えっと…。あるとしても、ミサキは関係ねーから」

「関係ない?」

 ミサキはそれを聞いて、自分はタイチの眼中にないと言われてるのだろうかと考え、思わず表情がこわばる。タイチはそんなミサキの様子を見て、慌てて言い直す。

「…じゃ、なくて。ミサキは髪が短くても長くても、ミサキはミサキだからって言いたくて。…それじゃわかんねーか」

 タイチは右手で頭を抱えつつ、悩んでいる様子で言葉を選び…再び口を開く。

「ええと、まず髪が長い方がいいってあの時言ったのは…ケンジとか周りの奴らにいろいろミサキとのことこれ以上言われたくないから言ったんだ。のも限界だったから。それに…」

 タイチは顔を赤らめて言う。

「ミサキに関しては…髪が長くても短かかったとしても、それで俺の気持ちは変わるわけじゃねーから…短いのが好きなら今まで通りでいいってことだよ!」

「タイチの気持ち…?」

 ミサキはそうタイチに尋ねつつも、顔を赤くしているタイチの言わんとすることをなんとなくではあるが感じ取り、同時に、ほんのり心が温かくなる。

「あー、こっから先はダメだ、言わねーぞ!お前を超えるまで…エースになるまでは言わねーって決めてんだからな!」

「そっか…わかった」

 ミサキはそう言うと、タイチに笑いかける。

「心配してくれてありがとう、タイチ。話の続き、正直聞きたいけど…それでも簡単にエースは渡さないから。今日から大会までの間、あたしも毎日残って練習するから覚悟しなよ」

「ああ、望むところだぜ!本気のミサキでないと、俺も超えたくねーからな!」

 タイチはそう言ってグローブをばんと一発叩き、にんまりと笑う。



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