ショート or ロング

ほのなえ

前編

 ミサキは、地域の少年野球チームに所属している唯一の女の子だ。

 ミサキ以外のチームメイトは皆男の子だったが、そんな中でもミサキはこれまで投手として目覚ましい活躍をし、その活躍ぶりと針の穴を通すようなコントロールの良さを買われて、小学校6年生になってからはチームのエースを任されている。


 そんなミサキのライバルに、チームメイトで同じく投手をしている同学年のタイチがいる。タイチはミサキに対し「女のクセに」などと言っていつも憎まれ口を叩いていたが、素直にミサキの実力を認め、負けないようにそれ以上の努力をしようと一生懸命練習をしながら、虎視眈々こしたんたんとエースの座を狙っていた。


 とはいえミサキも練習の虫であったため、チームの練習が終わってから、二人で居残り練習をする日々が続いていた。お互い負けず嫌いであったため、どちらが遅くまで練習をするかで毎日競い合い、帰るのが遅くなりすぎて親に叱られることもしばしばだった。


 そのためミサキはチームの中で自然とタイチといる時間が多くなっていた。それを見かねたチームメイトからは、二人がいつも一緒にいることをよく冷やかされていた。


「お前らって、いつも一緒にいるよな。付き合ってるんじゃねーの?」

 ある日の練習後、打者でショートを守っているお調子者のケンジがにやにや笑いながら、いつものように二人の仲を冷やかしてきた。

「別に、お互い居残り練習してるだけだし」

 ミサキは冷やかされていることはわかっていたが、いつものことなのでタオルで汗を拭いながら冷静に対応する。

「お前らがさっさと帰るから練習後二人だけになるんだろ。俺、今のところ実力はミサキに負けてんだから、ミサキが居残るなら俺だって残らねぇとエースになれねーし」

 タイチは以前までは冷やかされるたびに怒ったように反論していたが、こちらも今ではもう慣れっこなのだろうか、グローブの手入れをしながらケンジの方には目もくれずに答える。

「えー本当にそれだけか?」

 ケンジは腕をウリウリとタイチに押し付けてくる。タイチはさすがにイラッとした様子で反論する。

「ったくしつこいな…違うって言ってるだろ?それに…」

 タイチはうつむいてグローブに視線を戻すと、ポツリと呟く。

「俺、女子は髪の長いのがタイプだし」

「え」

 ミサキは思いもしなかったことをタイチが突然言うので、思わず声を漏らしてしまう。ケンジはミサキが声を出したのに反応してミサキに視線を移すと、にやっと笑う。

「なんだ?ミサキ。もしかして…タイチの好みじゃなくて残念か?」

「ちげーよ。ただ…なんか意外って思っただけ」

 ミサキは咄嗟とっさにそう言い繕うも、内心では自分でもなぜだかわからないくらい動揺していた。

「タイチの好みが髪の長い女子なんて知らなかったぜ!じゃあ仲間だな!俺も髪は長い方が好きだし。ポニーテールとか髪結んでる女子もいいよな」

 ケンジはミサキからは視線を外してタイチの方に戻し、うんうんと首を縦に振っている。

「ああ、ポニーテールもいいよな」

 タイチはケンジに同調するも…なぜだかグローブを見つめる表情は先程から固まったままである。

「へへっ、じゃあさー…クラスの中では誰が好きなんだよ」

 ケンジはそう言ってタイチの肩に腕を乗せる。

「ああもう、うるさいな。そんなこと言ってる暇あるならお前もっと練習しろよ!今日も守備ちょっとミスってたろ」

 タイチはイラついた様子でそう言いながら、ケンジから離れようとしてか、グローブを持ったままその場を立ち去る。ケンジはまだ何やら話しかけながらタイチを追いかけていく。そんな二人の後ろ姿を見ながらミサキは考える。

(なんでショック受けてんだろ、あたし…タイチの女子の好みから外れてたってそんなの関係ないはずなのに)



 それからというもの、ミサキはタイチのことを少し意識するようになってしまう。ミサキはある日の練習中も、タイチの姿を見ながらぼんやりと考える。

(タイチは髪の長い子が好きなんだな。ってことは、女の子らしい子が好みなんだろうな…)

 そう思うと、男の子にたまに間違えられるくらいのショートヘアで、今も男の子に混ざって野球をしている自分はタイチの好みからかけ離れてるんだろうということに気が付き、なぜだか胸が苦しくなる自分がいた。

(タイチのこと好きなのか…?確かに、他の誰よりも練習熱心でいいライバルだし、他のチームメイトよりは好きなのかもしれない。うーん、でも恋愛ってなるとしっくりこないけど…)

 しっくりこなかったミサキは、試しにタイチが誰か髪が長くてかわいらしい女の子と手をつないで歩いている様子を思い浮かべてみる。すると、また心の奥がざわつき、鼓動が激しくなる。

(うわ…そんなの嫌だ。負けず嫌いだからなのかもしれないけど、他の女子にタイチを取られたくないや…ってことは、やっぱりタイチのこと好きなんだろな)

 これまで大して恋愛経験がないものの、そこのところににぶくはなかったミサキは、ついに自分の初恋に気づいてしまう。


「おつかれ。今日もお前、居残り練習すんだろ?」

 練習後、タイチがミサキに監督が皆に差し入れてくれたペットボトルの飲み物を差し出し、声をかける。それはこれまでよくある光景だったが…今日のミサキはタイチの姿を真正面から見るとドキリとし、心臓が跳ね上がる。

「や、今日は…やめとく」

 ミサキは、なんとか飲み物を受け取りつつも…この状態でタイチと二人きりで練習するなんて無理だと判断したのか、咄嗟とっさにそう口にしてしまう。タイチは不思議そうにミサキを見る。

「なんでだよ、用事あんのか?ま、いいやラッキー。俺今日ミサキが休んだ分だけ練習して上手くなってやるもんね」

 タイチはミサキとの差を埋められることに気が付くとほくそ笑み、グローブをばんと一回叩いた後向こうに駆け出していく。

 ミサキはタイチの後ろ姿を盗み見て、深い溜息をつく。

(はー…こんなはずじゃなかったのに。このままだと、タイチにエースを奪われるのも時間の問題だし…正直タイチを好きだって気づく前の元の気持ちに戻したいな。でもタイチへの気持ちを無視するだけじゃ、他の女子に取られるかもしんないし…)

 ミサキは実際にいるわけでもない女の子のライバルに向け、闘志を燃やす。

(ずっとショートヘアだったし、正直気に入ってたけど…こうなったら、髪の毛伸ばしてやる!そうしてタイチの好みに近づいたら、誰よりも早くにタイチに気持ちを伝えるんだ。タイチと一緒に野球できるのも残り一年だけだろうし…それまでに間に合えばいいけど。とりあえず、今は…)

 ミサキは決心したように立ち上がり、周りを見る。

(髪が伸びるまでは、この気持ちを誰にもバレないように…隠しきらないと)

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