エピローグ

「それはそれとして、個人的にお礼がしたいのよね。……ねえ! 貴方たちのためにお茶会を開きたいのだけれど、きてくださるかしら?」


 少女のような笑みでそう提案するエルザ。彼女の願いを無碍むげにすることなど、誰にもできるわけがなかった。


 ユキトとアリスは食い気味にいきたいと宣言し、ジェイクとララはそういうことならとうなずいた。ブライトは何か言いたげだったが、自分も無茶を通している手前、承諾するしかなかった。


「それじゃあ、決定ね! すぐに開きたいけれど、その様子じゃあ無理よね」


 と、ユキトを見ながらエルザが言った。


 クロトと医療班の騎士が同時にうなずく。ユキトは、左腕を骨折しているうえに右足を負傷しているのだ、今は治療に専念するべきだろう。


 茶会の開催日時と正式な入団手続きは追って連絡するということになり、今日のところはお開きとなった。


 エルザが退室すると、ユキトが治療のため医療班の騎士に連れていかれた。ケガの程度が軽くないため、当分の間、城の医務室で静養することになるらしい。


「おばさんには、私から伝えておくね!」


 強制連行されるユキトの背中に、アリスがそう声をかける。返事はなかったが、聞こえてはいるだろう。


「団長、いろいろとありがとうございました」


 改めてアリスが言うと、


「いや、礼を言うのはこっちの方だ。ありがとな。ジェイクさんとララさんも、ありがとうございました」


 と、ブライトが頭をさげる。


「いや、あたしらは成り行きでついていっただけだから……」


 ねえ? と、ジェイクはララに同意を求めると、彼女は大きくうなずいた。


「そうだけど、かなり心強かったです」


 アリスが本音を告げると、ジェイクとララは少し照れたようにはにかんだ。


 ブライトは、もう一度三人に礼を言うと、城門まで送ると告げた。断る理由がなかった三人は、ブライトの申し出を受け取調室をあとにした。


 ブライトとは城門で別れ、三人はそれぞれ家路につく。アリスは、ユキトの家によって彼の両親に報告をしてから自宅へと向かった。ジェイクは、師匠であるデイビッドの工房へ向かい、無事に任務を遂行したことを報告する。まっすぐ帰宅したララは、仕事の依頼をちらりと確認すると、そのままベッドに倒れ込んだ。


 日常が戻ってくる。魔物に破壊された家や商店は、修理されたり建て直され、活気も戻りつつあった。


 まだ多少なりともいざこざはあるが、それも規模が小さなものばかりだ。


 クーレルが起こした事件――多くの人にとっては、治安が急激に悪くなっただけという認識だが――は、次第に人々の記憶の奥底に沈んでいくことだろう。滅んだ国や甚大な被害を被った国の人々はそうはいかないかもしれないが、少なくともラクトア王国の人々は日常を取り戻していた。


 ユキトが、クーレルを倒してから一ヶ月ほど経ったある日のこと。ユキトの自宅にとある招待状が送られてきた。女王エルザからの茶会の招待状である。


 城の医務室で半ば強制的にすごすことになったユキトは、約二週間ほどで自宅に戻ってきた。医療班の騎士の腕がよかったのもあるが、ユキトには珍しく、部屋でおとなしくしていたからというのもあるだろう。何にせよ、クーレルとの戦いで負傷した左腕と右足は、きれいに完治した。


 招待状を目にしたユキトの両親は驚きを隠せないでいたが、当のユキト本人はそんな二人を尻目に城へと向かった。


 城に到着すると、クロトに出迎えられた。どうやら、ユキト以外は全員揃っているらしい。


 クロトの案内で城内を歩いていくと、騎士とすれ違うたびに、今回の功績を称えられた。任務のことは、ごく一部にしか共有されていなかったはずなのだが、どういうわけか、ユキトがエルザを救ったという事実だけが広まったらしい。手離しでほめ称えられる機会があまりないユキトは、それが少しだけ気恥ずかしかった。


 茶会の会場である中庭に到着すると、


「ユキト! おっそーい!」


 と、アリスの声が響いた。


 声のした方を見ると、色とりどりの花が咲いている中にクリーム色の東屋があった。そこに、アリス、ララ、ジェイク、ブライトの姿があった。エルザはと見ると、ブライトの影に隠れて見えなかっただけのようで、何やら用意をしている。


 ユキトが遅れたことを謝罪すると、


「いいえ、ちょうどいいタイミングよ。焼きあがったクッキーを持ってきたところなの。さあ、座ってちょうだい。みんなで食べましょう」


 と、エルザがうながした。


 見ると、テーブルの上には、いろいろな種類のクッキーが大皿にきれいに盛られて置かれている。


 クロトとユキトが空いている席に座るのを確認して配られたティーカップには、甘く芳醇な香りがする紅茶が淹れられていた。その深く明るさのある赤が、白いティーカップに映える。


「本日は……お招きいただき、ありがとうございます」


 慣れない敬語で、ユキトはたどたどしくあいさつをする。


「今日は、堅苦しいのはなし。気軽に楽しんで」


 エルザは微笑むと、そう声をかけた。


 その一言でアリスたちの緊張も解けたようで、茶会は賑やかに始められたのだった。

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白黒エンカウント 倉谷みこと @mikoto794

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